覚超

960-1034, 平安時代中期の天台宗の僧。俗姓は巨勢氏。号は兜率僧都。勅撰集『後拾遺和歌集』に1首入集

覚超(かくちょう、天徳4年(960年) - 長元7年1月24日1034年2月15日))は平安時代中期の天台宗の僧。俗姓は巨勢氏。出身は和泉国。兜率先徳とも称される。

比叡山良源源信について天台教学を学び、慶円のもとで密教を学んだ。初め兜率院その後横川首楞厳院に住し、著述に励んだ。また、最勝講の講師や東三条法華八講の聴衆をつとめ、1029年長元2年)権少僧都に任じられた。密教教学に秀で、密教関係の著作を多く残し、その後覚超の流派は台密川流と称された。