認識票

軍隊における兵士の識別札

認識票(にんしきひょう)は、軍隊において兵士の個人識別用に使用されるものである。アメリカ軍のスラングでは、これを指してドッグタグ (Dog tag) と呼ぶ。近年ではIDタグ (ID tag) へ呼び名が変わり始めている。

第二次世界大戦中のアメリカ陸軍兵士の認識票

歴史 編集

 
スウェーデンで発行された犬用の鑑札

古代から兵士の身元確認は人相入れ墨などで判別されていた。

歴史上知られる最初の認識票はポリュアイノス英語版が『戦術書』にて言及した、スパルタ人が左手首に結びつけた名前を記した棒だとされている。またローマ軍シグナキュラム英語版と呼ばれる鉛の小板に個人情報を刻んで首から下げたとされており、良心的兵役拒否によって処刑された殉教者であるテベッサのマクシミリアン英語版がシグナキュラムを首から下げる事を拒んだという逸話が残されている。

今日知られる形状では、プロイセン軍1870年から普仏戦争のために導入した認識票が世界初とされる。同じころに首都ベルリンで導入された犬用の鑑札(: Hundemarken(複数形))と比較され、自嘲気味にHundemarkenと呼ばれた、これが英語になったものがdog tagドッグタグである[1]

内容 編集

 
戦死者の葬儀の様子。バトルフィールド・クロス(戦場で作成される簡易墓標)を形作る小銃に認識票がかけられている。2006年10月、イラク戦争にて

第二次世界大戦中のイギリス軍では、切れ目のついた円形の金属板を手首にチェーンで巻きつけ、アメリカ軍では長円形の金属板に穴を空けチェーンなどに通して首から提げて使用した。大日本帝国陸軍では小判型の真鍮板を上下の穴に紐を通して胴体にたすき掛けにして装着していた。米軍では首から下げた認識票をの鑑札(狂犬病予防の法律に基づく登録票)になぞらえて「ドッグタグ」と呼ばれるようになった。その意味合いとして、自嘲的な皮肉が多分に込められている。

認識票の形状や材質、打刻される兵士の情報は各国のによって異なる。多くは5センチメートル程度の大きさのアルミニウム製やステンレス製で、氏名生年月日性別血液型、所属軍(国籍と同義)、認識番号、信仰する宗教などが打刻される。たとえ戦死時に遺体が原形を留めないほど損壊しても、認識票が無事ならば個人識別が可能である。

使用する枚数も国によって異なるが、二枚式の場合は両方に、一枚式の場合は折り取れるようにしておきその上下双方に、同じ内容を打刻する。戦場において戦死した際に一方を回収、これを戦死報告用とし、残りは判別用に遺体に付けたままにする[2]。二枚式の場合、相互に触れ合って金属音を立てるため、サイレンサーと呼ばれるゴムの外周カバーをはめる場合がある。

近年は一般人の装身具としても用いられる(普通は卑金属製だが、この場合は18金など貴金属が用いられる)。また、事故や災害に巻き込まれた人が、認識票を付けていたことで身元確認が容易となった事例も存在する。

各国の認識票 編集

日本 編集

 
航空自衛隊の認識票

自衛隊にも認識票が存在する。ステンレススチール製の二枚式であり、基本的な形状は第二次世界大戦時のアメリカ軍の形状に類似しているが、米軍の認識票が専用タイプライター(刻印機)を用いて、キャッシュカードクレジットカードの様に裏までエンボスとなるように打刻するのとは違い、レーザーによる細いエッチングの浅い彫り込みである。内容は自衛隊名、氏名、認識番号、血液型が英大文字・数字で表記されるが、下記の様に刻印内容と順に差異がある。米軍との違いは材質がステンレススチールのため若干重いこと、氏名が「名・姓」の順でミドルネームの記載について定めがないこと(ミドルネームがあるのは欧米系の人々だけ)、血液型は “BLOOD TYPE” と前置されRh式の記述が無い事、宗教の記載がないことが挙げられる。

自衛隊の認識票は現在でも本体に欠けのような切り込み(切り欠き)が施されている。これは、戦場などでの殉職の際に所有者のをこじ開けるためのもので、認識票に関する通達でも明文化されている[3]。この切り込み加工は米軍でも、ベトナム戦争までの形式には存在したが、歯をこじ開けるためのものでは無い[4][5]。なお、陸上自衛隊のみサイレンサーとして透明ビニールの全体カバーが掛かっている。

落合畯によれば海上自衛隊には認識票を常時身につける習慣がなく、落合が指揮官となった自衛隊ペルシャ湾派遣では万が一に備え掃海母艦「はやせ」の乗組員に認識票を配布したところ隊員達の表情が曇ったため、苦し紛れに「ただの迷子札」と説明したという[6]

航空自衛隊では、航空機搭乗員は墜落に備え飛行時に必ず身につける。しかし整備職種の隊員含むその他の隊員は、認識票を紛失した際にFODの原因となる事を危惧し、航空機への搭乗時や海外派遣時などを除き常時身につける習慣は無い。そのため空士の階級では配布自体が行われない。(配布自体が行われないのは、空士は数年の任期で大多数が退職してしまうから、という理由もある)


航空機へ体験搭乗する民間人にも臨時の認識票が配布される[7]

アメリカ軍 編集

1974年認識番号が廃止されてからは社会保障番号や「国防総省認識番号」が刻印されている[8]。以下は現在のフォーマット

  • アメリカ空軍 フォーマット1
    • 姓、名前、ミドルネームの頭文字
    • 社会保障番号の末尾に空軍所属を示す “AF” が付く
    • 血液型
    • (4行目は空白)
    • 宗教
  • アメリカ空軍 フォーマット2
    • 名前とミドルネームの頭文字
    • 社会保障番号の末尾に空軍所属を示す “AF” が付く
    • 血液型
    • 宗教
  • アメリカ海兵隊
    • 名前とミドルネームの頭文字、血液型
    • 社会保障番号の末尾にダッシュ記号と空白が付く
    • 所属 (USMC)、ガスマスクサイズ (S-small, M-medium, L-large)
    • 宗教(未申告と記載する場合あり)また、アレルギー保持者は「レッドメディカルタグ」と呼ばれる赤く着色したプレート
  • アメリカ海軍
    • 姓、名前、ミドルネームの頭文字
    • (2行目は空白)
    • 社会保障番号の末尾にダッシュ記号と血液型が付く
    • (4行目は空白)
    • 宗教
  • アメリカ陸軍
    • 名前とミドルネームの頭文字
    • 国防総省認識番号
    • 血液型
    • 宗教
  • アメリカ沿岸警備隊
    • 姓、名前、ミドルネームの頭文字
    • 社会保障番号と所属 (USCG)
    • 血液型
    • (4行目は空白)
    • 宗教

脚注 編集

  1. ^ Law, Clive M. Article in Military Artifact, Service Publications
  2. ^ ジュネーブ第1条約第16条の4:「紛争当事国は、死亡証明書又は正当に認証された死者名簿を作成し、且つ、捕虜情報局を通じて相互にこれを送付しなければならない。紛争当事国は、同様に、死者について発見された複式の識別票の一片又は、単式の識別票の場合には、識別票、遺書その他近親者にとって重要な書類、金銭及び一般に内在的価値又は感情的価値のあるすべての物品を取り集め、且つ、捕虜情報局を通じて相互にこれらを送付しなければならない。それらの物品は、所属不明の物品とともに封印して小包で送らなければならない。それらの小包には、死亡した所有者の識別に必要なすべての明細を記載した記述書及び小包の内容を完全に示す表を附さなければならない。」
  3. ^ 認識票に関する達
  4. ^ ドッグ・タグの歴史”. Aviation Assets. 2020年9月23日閲覧。 “第2次大戦以降、アメリカ全軍の認識票には、一方の端に切り込みがあった。歴史家によれば、それは刻印に用いていた機械の都合により必要で、歯をこじ開けるためのものでは無いとされる。1970年代に機械が更新されたため、今日の認識票には切り込みがない。”
  5. ^ 在日アメリカ海兵隊の2006年2月10日更新のインタビュー記事によれば、五大湖軍事史博物館教育収集所長はドックタグの切り欠きで歯をこじ開けるというのは"神話"にすぎず、実際は刻印を行う機械にセットするための位置決めのための切り欠きであると述べている。
  6. ^ 河北新報 2015年5月27日号 27面 『ペルシャ湾掃海・元海自指揮官「法整備必要、でも……」』
  7. ^ 命のタグ! - 海上自衛隊 搭乗レビュー 写真 | FlyTeam(フライチーム)
  8. ^ ドッグ・タグの歴史”. Aviation Assets. 2020年9月23日閲覧。 “陸軍においては、2015年に社会保険番号から国防省認識番号への変更が開始された。これは、兵士たちの個人情報を保護し、情報漏洩を防止するための措置である。”

外部リンク 編集