警視庁
| 警視庁 けいしちょう |
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|---|---|
|
警視庁千代田庁舎
|
|
| 役職 | |
| 警視総監 | 樋口建史 |
| 副総監 | 高橋清孝(警視監) |
| 警務部長 | 三浦正充(警視監) |
| 組織 | |
| 上部組織 | 東京都公安委員会 |
| 内部組織 | 総務部、警務部、交通部、警備部、地域部、公安部、刑事部、生活安全部、組織犯罪対策部 |
| 概要 | |
| 所在地 |
東京都千代田区霞が関2丁目1番1号 北緯35度40分37.3秒 東経139度45分8.3秒 / 北緯35.677028度 東経139.752306度 座標: 北緯35度40分37.3秒 東経139度45分8.3秒 / 北緯35.677028度 東経139.752306度 |
| 前身 | 国家地方警察東京都本部 |
| ウェブサイト | |
| 警視庁 | |
警視庁(けいしちょう、英称:Metropolitan Police Department, MPD)は、東京都の警察を管轄する警察本部である。東京都内に102の警察署を配置し、2010年4月1日現在の所属警察官数は、43,156人。
概要
東京都公安委員会の管理の下、「都警察の本部として警視庁を置く」(警察法47条1項抜粋)と定められている。法律上は東京都の警察は飽くまで東京都警察(同法36条1項参照)であり、警視庁はその本部にあたる。警視総監がその事務を統括するが、給与支払者は東京都知事である。他の府県警察のように管区警察局の管理下に置かれておらず、広大な面積を有する北海道警察と同じく、警察庁の直接の監督下にある。
警視庁は本部名として道府県警察とは異なる名称を法的に認められており、また一般的には東京都警察全体を警視庁と呼称することが多い[1]。他の道府県警察及び本部と同様にしない理由は、日本の首都である東京都を管轄している他に、天皇・皇族の警衛、立法府、行政機関、駐日大使館、総理大臣官邸等の重要施設の警備、内閣総理大臣等要人(国務大臣、主要党首、与党幹部)の警護にも当たっているからである。すなわち、「警視庁」という語は、他の道府県警察と同様の「東京都を所管する警察本部」という意味と、他の道府県警察と異なる「日本国の首都警備を担う警察」という意味を併せ持つといえる(ただし皇宮警察本部は警察庁の所管である)。パリ、ロンドンの首都警察呼称の日本語訳にも「警視庁」が用いられる。
本庁の所在地[2]は東京都千代田区霞が関二丁目1番1号。本部の所在地付近の旧称「外桜田門」から、通称あるいは隠語として「桜田門」と呼ばれることもある。
沿革
- 1874年(明治7年)1月15日:内務省管轄の東京警視廳として創設
- 1877年(明治10年):警視隊抜刀隊を編成、西南戦争西郷軍鎮圧に参加
- 1931年:警視庁本部庁舎竣工
- 1947年1月1日:皇宮警察部設置
- 1948年3月:警視庁 (旧警察法)が特別区を管轄する自治体警察となったため、皇宮警察部を国家地方警察本部に移管
- 1948年5月25日:警視庁予備隊を発足
- 1954年7月1日:警察法の制定により国家地方警察や自治体警察の統合や整理が行なわれ現在の体制になる
- 1957年4月1日:予備隊を機動隊に改称
- 1977年:庁舎立替にあたり、物産館を仮庁舎として使用(1980年まで)。
- 1980年:現警視庁本部庁舎竣工。
- 2007年:パトカーのデザインを52年振りに「POLICE」のロゴ入りのものに変更。東京マラソン2007より使用され、その後、地域課や交通機動隊等のパトカーを順次新デザインに変更している。
予算
警視庁の運営費用は、他の道府県警察と同様に、警察法第37条や警察法施行令第2条、第3条の規定にあるものは国庫が支弁し補助し、それ以外のものについては東京都が支弁する。
人事
警視庁における警視正以上の警察官(地方警務官)の任免は警察法の規定により国家公安委員会が東京都公安委員会の同意を得て行う(警察庁が補佐する)。警視総監の任免については、国家公安委員会が東京都公安委員会の同意を得るとともに、内閣総理大臣の承認が必要である。
警視以下の警察官については、警視総監が東京都公安委員会指導の下任免する。警部以上の人事は警務部人事第一課で、警部補以下の者は人事第二課が担当している。
警視総監、副総監、本部部長、参事官、方面本部長、主要課長、大規模署長など、警視正以上の人事権は東京都にはない。
組織
所属警察官
出向者
警視庁は東京都の警察機関であるが、主要管理職の多くが、国家公務員採用I種試験に合格し、警察庁に警察官として採用された、いわゆるキャリアによって占められる。このキャリアは、警察庁からの出向者であり、その出向者の絶対数は警視庁が日本で最多である。
組織
警視庁本部には、警視総監、副総監の監督の下、9つの部が置かれている。
- 総務部
詳細は「総務部 (警察)」を参照
- 警務部
詳細は「警務部」を参照
- 交通部
詳細は「交通部」を参照
- 警備部
詳細は「警視庁警備部」を参照
- 地域部
詳細は「地域部」を参照
- 公安部
詳細は「警視庁公安部」を参照
- 刑事部
詳細は「刑事部」を参照
- 生活安全部
詳細は「生活安全部」を参照
- 組織犯罪対策部
詳細は「組織犯罪対策部」を参照
- 警視庁警察学校
- 警視庁警察学校は、警視庁警察職員の教育・訓練を行う機関。1879年に東京府東京市麹町区(当時)に開学し、その後新橋、九段、中野と移転した後、2001年8月6日に府中市へ移転し現在に至る。上級幹部教育を行う警察庁警察大学校が隣接する。
全ての学科試験及び技能試験を実施している。
大型・中型・大特・けん引の一種及び二種の技能試験は、実施していない。
技能試験は、実施していない。
方面本部
- 第1方面本部 - 千代田区霞が関二丁目1番1号
- 第2方面本部 - 品川区勝島一丁目3番12号
- 第3方面本部 - 目黒区大橋二丁目21番6号
- 第4方面本部 - 新宿区市谷本村町6番1号
- 第5方面本部 - 文京区春日一丁目5番12号
- 第6方面本部 - 台東区東浅草二丁目27番11号
- 第7方面本部 - 江東区新木場四丁目2番31号
- 第8方面本部 - 立川市緑町3280番地
- 第9方面本部 - 八王子市大横町14番20号
- 第10方面本部 - 北区西が丘三丁目4番7号
警察署
102の警察署を有す(【 】内は警察署所在地)
第1方面
第2方面
第3方面
第4方面
第5方面
第6方面
第7方面
第8方面
第9方面
第10方面
歴代幹部
警視総監
「警視総監#歴代の警視総監」を参照
副総監
| 氏名 | 在任期間 | 前職 | 後職 |
|---|---|---|---|
| 槇野勇 |
1969年(昭和44年)10月23日 - 1972年(昭和47年)6月24日 |
警視庁警務部長 | 警視総監 |
| 富田朝彦 |
1972年(昭和47年)6月24日 - 1973年(昭和48年)11月27日 |
警察庁警備局長 | 内閣官房内閣調査室長 |
| 三井脩 |
1973年(昭和48年)11月27日 - 1975年(昭和50年)2月1日 |
警視庁警務部長 | 警察庁警備局長 |
| 綾田文義 |
1975年(昭和50年)2月1日 - |
警察庁交通局長 | 自動車安全センター理事 |
| 今泉正隆 |
1976年(昭和51年)5月10日 - 1978年(昭和53年)6月1日 |
警視庁警務部長 | 警察庁警務局長 |
| 中島二郎 |
1978年(昭和53年)6月1日 - 1979年(昭和54年)11月17日 |
関東管区警察局長 | 退職 |
| 福田勝一 |
1979年(昭和54年)11月17日 - 1980年(昭和55年)8月18日 |
警視庁警務部長 | 内閣官房内閣調査室長 |
| 山田英雄 |
1980年(昭和55年)8月18日 - 1981年(昭和56年)6月2日 |
警察庁長官官房長 | 警察庁警備局長 |
| 鎌倉節 |
1981年(昭和56年)6月2日 - 1982年(昭和57年)5月20日 |
警視庁警務部長 | 内閣官房内閣調査室長 |
| 柴田善憲 |
1982年(昭和57年)5月20日 - 1984年(昭和59年)9月26日 |
警視庁公安部長 | 警察庁警備局長 |
| 大堀太千男 |
1984年(昭和59年)9月26日 - 1985年(昭和60年)8月27日 |
警察庁警務局付 | 警察庁警務局長 |
| 椿原正博 |
1985年(昭和60年)8月27日 - 1988年(昭和63年)1月22日 |
警視庁警務部長 | 警察庁警務局長 |
| 岡村健 |
1988年(昭和63年)2月5日 - |
警視庁警務部長 | 内閣官房内閣広報官兼内閣総理大臣官房広報室長 |
| 安藤忠夫 |
1989年(平成元年)6月30日 - 1991年(平成3年)1月11日 |
千葉県警察本部長 | 警察庁警務局長 |
| 上野浩靖 |
1991年(平成3年)1月11日 - 1992年(平成4年)1月20日 |
警視庁総務部長 | 関東管区警察局長 |
| 齋藤正治 |
1992年(平成4年)1月20日 - 1993年(平成5年)1月18日 |
警視庁総務部長 | 関東管区警察局長 |
| 前田健治 |
1993年(平成5年)1月18日 - 1994年(平成6年)7月14日 |
警視庁警務部長 | 大阪府警察本部長 |
| 廣瀬権 |
1994年(平成6年)7月14日 - 1996年(平成8年)8月27日 |
警視庁警務部長 | 大阪府警察本部長 |
| 滝藤浩二 |
1996年(平成8年)8月27日 - 1998年(平成10年)3月28日 |
兵庫県警察本部長 | 退職 |
| 林則清 |
1998年(平成10年)3月28日 - 1999年(平成11年)1月18日 |
警視庁公安部長 | 警察庁刑事局長 |
| 漆間巌 |
1999年(平成11年)1月18日 - 2000年(平成12年)1月11日 |
警察庁長官官房付 | 大阪府警察本部長 |
| 奥村萬壽雄 |
2000年(平成12年)1月11日 - 2001年(平成13年)5月18日 |
警視庁警務部長 | 大阪府警察本部長 |
| 属憲夫 |
2001年(平成13年)5月18日 - 2002年(平成14年)1月18日 |
警察庁長官官房審議官(交通局担当) | 警察庁交通局長 |
| 人見信男 |
2002年(平成14年)1月18日 - 2003年(平成15年)8月5日 |
警視庁警務部長 | 警察庁交通局長 |
| 岡田薫 |
2003年(平成15年)8月5日 - 2004年(平成16年)8月20日 |
兵庫県警察本部長 | 警察庁刑事局長 |
| 末綱隆 |
2004年(平成16年)8月20日 - |
神奈川県警察本部長 | 宮内庁東宮侍従長 |
| 米村敏朗 |
2005年(平成17年)8月26日 - 2006年(平成18年)7月28日 |
大阪府警察本部長 | 警察庁警備局長 |
| 和田康敬 |
2006年(平成18年)7月28日 - 2007年(平成19年)8月24日 |
警察大学校副校長 | 退職 |
| 高石和夫 |
2007年(平成19年)8月24日 - 2008年(平成20年)8月25日 |
警視庁公安部長 | 退職(病気) |
| 植松信一 |
2008年(平成20年)8月25日 - 2009年(平成21年)3月31日 |
警視庁公安部長 | 大阪府警察本部長 |
| 樋口建史 |
2009年(平成21年)3月31日 - 2010年(平成22年)1月18日 |
警視庁警務部長 | 警察庁生活安全局長 |
| 岩瀬充明 |
2010年(平成22年)4月1日 - 2011年(平成23年)8月5日 |
警察庁警備局外事情報部長 | 警察庁生活安全局長 |
| 高橋清孝 |
2011年(平成23年)8月24日 - |
内閣官房副長官補付内閣審議官 =危機管理審議官 |
警務部長
| 氏名 | 在任期間 | 前職 | 後職 | |
|---|---|---|---|---|
| 小野裕 |
- 1955年(昭和30年)10月15日 |
警視庁人事部長 | 科学捜査研究所長 | |
| 小倉謙 |
1955年(昭和30年)10月15日 - 1958年(昭和33年)9月19日 |
愛知県警察本部長 | 警視総監 | |
| (小倉謙) |
1958年(昭和33年)9月19日 - 1958年(昭和33年)12月5日 |
(警視総監が事務取扱) | ||
| 原文兵衛 |
1958年(昭和33年)12月5日 - 1961年(昭和36年)2月24日 |
警察庁保安局長 | 警視総監 | |
| (原文兵衛) |
1961年(昭和36年)2月24日 - 1961年(昭和36年)4月1日 |
(警視総監が事務取扱) | ||
| 中原歵 |
1961年(昭和36年)4月1日 - 1963年(昭和38年)5月31日 |
警視庁総務部長 | 警察庁警務局長 | |
| 秦野章 |
1963年(昭和38年)5月31日 - 1965年(昭和40年)3月12日 |
警視庁公安部長 | 警察庁警備局長 | |
| 本多丕道 |
1965年(昭和40年)3月12日 - 1967年(昭和42年)7月21日 |
警視庁刑事部長 | 警察大学校長 | |
| 槇野勇 |
1967年(昭和42年)7月21日 - 1969年(昭和44年)10月23日 |
警視庁刑事部長 | 警視庁副総監 | |
| 山口広司 |
- 1970年(昭和45年)7月10日 |
警察庁警備局警備第一課長 | 警察庁警備局長 | |
| 土田国保 |
1970年(昭和45年)7月10日 - 1972年(昭和47年)6月24日 |
警視庁刑事部長 | 警察庁警務局長 | |
| (富田朝彦) |
1972年(昭和47年)6月24日 - 1972年(昭和47年)7月17日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 国島文彦 |
1972年(昭和47年)7月17日 - 1973年(昭和48年)11月2日 |
京都府警察本部長 | 警察庁長官官房長 | |
| 三井脩 |
1973年(昭和48年)11月2日 - 1973年(昭和48年)11月27日 |
警視庁公安部長 | 警視庁副総監 | |
| (三井脩) |
1973年(昭和48年)11月27日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 今泉正隆 |
1976年(昭和51年)1月13日 - |
防衛庁人事教育局長 | 警視庁副総監 | |
| (中島二郎) |
1978年(昭和53年)6月1日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 福田勝一 |
1979年(昭和54年)8月18日 - 1979年(昭和54年)11月17日 |
兵庫県警察本部長 | 警視庁副総監 | |
| 金沢昭雄 |
1979年(昭和54年)11月17日 - 1980年(昭和55年)8月18日 |
警視庁総務部長 | 警察庁長官官房長 | |
| 鎌倉節 |
1980年(昭和55年)8月18日 - 1981年(昭和56年)6月2日 |
警視庁公安部長 | 警視庁副総監 | |
| (鎌倉節) |
1981年(昭和56年)6月2日 - 1982年(昭和57年)5月20日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (柴田善憲) |
1982年(昭和57年)5月20日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (大堀太千男) |
- 1985年(昭和60年)8月19日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 椿原正博 |
1985年(昭和60年)8月19日 - 1985年(昭和60年)8月27日 |
警視庁総務部長 | 警視庁副総監 | |
| (椿原正博) |
1985年(昭和60年)8月27日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 岡村健 |
1988年(昭和63年)1月22日 - 1988年(昭和63年)2月5日 |
警察庁長官官房審議官(警備局担当) | 警視庁副総監 | |
| (岡村健) |
1988年(昭和63年)2月5日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (安藤忠夫) |
1989年(平成元年)6月30日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (上野浩靖) |
1991年(平成3年)1月11日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (齋藤正治) |
1992年(平成4年)1月20日 - 1992年(平成4年)9月18日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 前田健治 |
1992年(平成4年)9月18日 - 1993年(平成5年)1月18日 |
警視庁公安部長 | 警視庁副総監 | |
| (前田健治) |
1993年(平成5年)1月18日 - 1994年(平成6年)7月1日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 廣瀬権 |
1994年(平成6年)7月1日 - 1994年(平成6年)7月14日 |
警察庁長官官房長 | 警視庁副総監 | |
| (廣瀬権) |
1994年(平成6年)7月14日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (滝藤浩二) |
1996年(平成8年)8月27日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (林則清) |
1998年(平成10年)3月28日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (漆間巌) |
1999年(平成11年)1月18日 - 1999年(平成11年)8月26日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 奥村萬壽雄 |
1999年(平成11年)8月26日 - 2000年(平成12年)1月11日 |
警視庁公安部長 | 警視庁副総監 | |
| (奥村萬壽雄) |
2000年(平成12年)1月11日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (属憲夫) |
2001年(平成13年)5月18日 - 2001年(平成13年)9月3日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 人見信男 |
2001年(平成13年)9月3日 - 2002年(平成14年)1月18日 |
警察庁長官官房付 | 警視庁副総監 | |
| (人見信男) |
2002年(平成14年)1月18日 - 2003年(平成15年)1月17日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 岩橋修 |
2003年(平成15年)1月17日 - 2004年(平成16年)6月18日 |
警視庁総務部長 | 警察庁長官官房審議官(警備局担当) | |
| (岡田薫) |
2004年(平成16年)6月18日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| (末綱隆) |
2004年(平成16年)8月20日 - 2004年(平成16年)8月30日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 佐藤正夫 |
2004年(平成16年)8月30日 - |
警視庁総務部長 | 警察庁長官官房付 | |
| 池田克彦 |
2005年(平成17年)8月12日 - 2007年(平成19年)8月16日 |
埼玉県警察本部長 | 警察庁警備局長 | |
| (和田康敬) |
2007年(平成19年)8月16日 - |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 金高雅仁 |
2007年(平成19年)8月24日 - 2008年(平成20年)8月7日 |
警視庁刑事部長 | 警察庁長官官房総括審議官 | |
| 樋口建史 |
2008年(平成20年)8月7日 - 2009年(平成21年)3月31日 |
警察庁長官官房政策評価審議官 | 警視庁副総監 | |
| 坂口正芳 |
2009年(平成21年)3月31日 - 2009年(平成21年)6月26日 |
警視庁交通部長 | 警察庁長官官房総括審議官 | |
| (樋口建史) |
2009年(平成21年)6月26日 - 2010年(平成22年)1月18日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 辻義之 |
2010年(平成22年)1月18日 - 2012年(平成24年)1月20日 |
警察庁刑事局刑事企画課長 | 警察大学校副校長兼長官官房審議官=生活安全局付 | |
| (高橋清孝) |
2012年(平成24年)1月20日 - 2012年(平成24年)3月5日 |
(警視庁副総監が事務取扱) | ||
| 三浦正充 |
2012年(平成24年)3月5日 - |
警察庁長官官房人事課長 | ||
総務部長
| 氏名 | 在任期間 | 前職 | 後職 |
|---|---|---|---|
| 古屋亨 |
- 1955年(昭和30年)7月1日 |
警視庁刑事部長 | 内閣総理大臣官房調査室長 |
| 金谷信孝 |
1955年(昭和30年)7月1日 - 1958年(昭和33年)1月17日 |
警視庁刑事部長 | 中部管区警察局長 |
| 小杉平一 |
1958年(昭和33年)1月17日 - 1959年(昭和34年)7月1日 |
警視庁刑事部長 | 中国管区警察局長 |
| 中原歵 |
1959年(昭和34年)7月1日 - 1961年(昭和36年)4月1日 |
警察庁警務局人事課長 | 警視庁警務部長 |
| 平井学 |
1961年(昭和36年)4月1日 - 1962年(昭和37年)8月10日 |
警察庁警務局人事課長 | 建設省道路局長 |
| 大津英男 |
1962年(昭和37年)8月10日 - 1963年(昭和38年)5月31日 |
警察庁人事課長 | 警察庁保安局長 |
| 今竹義一 |
1963年(昭和38年)5月31日 - 1965年(昭和40年)5月19日 |
警察庁会計課長 | 警察庁保安局長 |
| 山口広司 |
1965年(昭和40年)5月19日 - |
警察庁警備局警備第一課長 | 警視庁警務部長 |
| 綾田文義 |
- 1972年(昭和47年)7月14日 |
警視庁交通部長 | 警察庁長官官房審議官 |
| 秋山進 |
1972年(昭和47年)7月14日 - 1973年(昭和48年)6月1日 |
警視庁防犯部長 | 内閣総理大臣官房交通安全対策室長 |
| 下稲葉耕吉 |
1973年(昭和48年)6月1日 - 1974年(昭和49年)10月26日 |
警察庁長官官房会計課長 | 警察庁長官官房長 |
| 佐々木英文 |
1974年(昭和49年)10月26日 - 1977年(昭和52年)2月18日 |
警察庁刑事局参事官 | 中国管区警察局長 |
| 中平和水 |
1977年(昭和52年)2月18日 - 1978年(昭和53年)8月4日 |
警視庁刑事部長 | 愛知県警察本部長 |
| 金沢昭雄 |
1978年(昭和53年)8月4日 - 1979年(昭和54年)11月17日 |
警察庁警務局人事課長 | 警視庁警務部長 |
| 大堀太千男 |
1979年(昭和54年)11月17日 - 1981年(昭和56年)8月21日 |
警察庁警務局人事課長 | 警察庁刑事局審議官 |
| 椿原正博 |
1981年(昭和56年)8月21日 - 1985年(昭和60年)8月19日 |
警察庁警務局人事課長 | 警視庁警務部長 |
| 依田智治 |
1985年(昭和60年)8月19日 - 1986年(昭和61年)6月10日 |
警察庁警務局付 | 防衛庁教育訓練局長 |
| 安藤忠夫 |
1986年(昭和61年)6月10日 - 1987年(昭和62年)6月16日 |
警察庁警務局人事課長 | 千葉県警察本部長 |
| 上野浩靖 |
1987年(昭和62年)6月16日 - 1991年(平成3年)1月11日 |
警察庁警務局人事課長 | 警視庁副総監 |
| 齋藤正治 |
1991年(平成3年)1月11日 - 1992年(平成4年)1月20日 |
警視庁交通部長 | 警視庁副総監 |
| 中田恒夫 |
1992年(平成4年)1月20日 - 1993年(平成5年)1月18日 |
警察庁長官官房企画課長 | 警察庁刑事局保安部長 |
| 武居澄男 |
1993年(平成5年)1月18日 - 1994年(平成6年)2月1日 |
警察庁長官官房審議官(交通局担当) | 広島県警察本部長 |
| 加藤孝雄 |
1994年(平成6年)2月1日 - 1995年(平成7年)9月8日 |
警視庁交通部長 | 福岡県警察本部長 |
| 黒澤正和 |
1995年(平成7年)9月8日 - 1998年(平成10年)1月9日 |
警察庁長官官房総務課長 | 警察庁刑事局暴力団対策部長 |
| 坂東自朗 |
1998年(平成10年)1月9日 - 2000年(平成12年)1月11日 |
警視庁警備部長 | 警察庁交通局長 |
| 末綱隆 |
2000年(平成12年)1月11日 - 2001年(平成13年)9月3日 |
警察庁長官官房会計課長 | 警察庁長官官房首席監察官 |
| 岩橋修 |
2001年(平成13年)9月3日 - 2003年(平成15年)1月17日 |
警察庁長官官房付 | 警視庁警務部長 |
| 佐藤正夫 |
2003年(平成15年)1月17日 - 2004年(平成16年)8月30日 |
宮城県警察本部長 | 警視庁警務部長 |
| 加地正人 |
2004年(平成16年)8月30日 - 2005年(平成17年)8月12日 |
警察庁長官官房付 | 埼玉県警察本部長 |
| 東川一 |
2005年(平成17年)8月12日 - 2007年(平成19年)1月19日 |
宮城県警察本部長 | 千葉県警察本部長 |
| 岩瀬充明 |
2007年(平成19年)1月19日 - 2008年(平成20年)4月10日 |
警察庁長官官房総務課長 | 警察庁警備局外事情報部長 |
| 高橋美佐男 |
2008年(平成20年)4月10日 - 2009年(平成21年)8月5日 |
警察庁長官官房付 | 警察庁組織犯罪対策部部長兼刑事局付兼生活安全局付 |
| 小谷渉 |
2009年(平成21年)8月5日 - 2010年(平成22年)8月26日 |
長野県警本部長 | 警察庁刑事局組織犯罪対策部長兼生活安全局付兼刑事局付 |
| 種谷良二 |
2010年(平成22年)8月26日 - 2011年(平成23年)8月5日 |
警察庁長官官房総務課長 | 内閣官房副長官補付内閣審議官=危機管理審議官 |
| 室城信之 |
2011年(平成23年)8月24日 - |
警察庁刑事局刑事企画課長 |
公安部長
「警視庁公安部#歴代部長」を参照
警備部長
「警視庁警備部#歴代部長」を参照
体制
(2010年4月1日現在)
- 警察官 43,156人
- 一般職員 2,841人
- 専務的非常勤職員 2,917人
- パトカー 1,314台
- 白バイ 951台
- 水上警備艇 24隻
- ヘリコプター 14機
- 警察犬 40頭
- 馬 15頭
- 警察署 102署
- 交番 829ヶ所
- 駐在所 255ヶ所
- 地域安全センター 85ヶ所
特科装備
- 機動隊・広域街宣車輌 55台
- 機動隊・爆発物処理班特科車輌
- 機動隊・10t積載型大型トレーラー 37台
- 交通機動隊・道路交通取締支援車輌 50台
- 公安情報収集工作指揮車 台数非公開
- 公安監視カメラ配備車輌 台数非公開
マスコットキャラクター
主なイベント・運動
- 警視庁主催水曜コンサート - 演奏は警視庁音楽隊が務める。
- 交通安全パレード
- 芸能人による一日署長・110番の日の一日通信指令本部長
- 交通安全運動
- 全国交通安全運動
- 歳末特別警戒運動
- 薬物取締強化運動
- 暴力団追放運動
- 交通安全教室 - 管内の小学校に警察官を派遣し、交通安全指導を行う。
- 常時防犯運動
- 年頭部隊出動訓練 - 神宮外苑で行われる。日時は発表しないが、一般公開されているので見学できる。
- 機動隊観閲式 - 同上。
- 警視庁主催納涼大会 - 警察と市民の交流活動。警察署で開催される。
- 携帯電話使用ドライバー摘発取締最強化警戒運動
- 警視庁主催・柔道大会 - 警察官限定の内部イベント。柔道の腕を各署対抗という形で競う。
- 警視庁主催・射撃訓練 - 警察官限定の内部イベント。
- 一日署長もちつき大会 - 一日署長イベントが冬季に行われる場合のみ実施される。見学のみできる。
- 警視庁主催・歌謡大会 - 警視庁幹部主導で行われる。アイドル歌手を招いての親睦イベント。
- 警視庁騎馬隊パレード - 交通パレードと併合して開催する。
- 警視庁見学ツアー
- 警視庁白バイ安全運転競技大会
- 警視庁慰霊祭 - 殉職者を偲んで慰霊するために実施する。全国的に実施されており、国家公安委員長・警察庁長官・警視総監も出席する。
給与・手当
平成22年1月1日現在
- 初任給
1類採用者 - 245,300円 2類採用者 - 225,300円 3類採用者 - 206,800円 一定の勤務経験のある者は左記の額に所定額が加算される。
- 諸手当等
扶養手当、住居手当、通勤手当、また、勤務に応じた特殊勤務手当等が支給され、期末・勤勉手当として、年間を通じ給料月額の4.15か月分が支給される。
備考
23区及び狛江市などの市外局番03エリアで110番通報した場合は、桜田門の本部庁舎に繋がる。多摩地域の市外局番03エリア以外で110番通報した場合、立川の多摩庁舎に繋がる(但し、044エリアは神奈川県警察に、048エリアは埼玉県警察に繋がる)。
南方諸島で110番通報した場合、それぞれの所轄警察署に繋がる。ただし、携帯電話から110番すると受信した基地局の回線が収容されているNTT局舎や携帯電話事業者のネットワークセンターに依存するため、県境などでは適切な警察に繋がらないことがある。例えば、多摩川の東京側から110番しても川崎側の基地局で受信し神奈川県警察へ繋がったり、神奈川県の座間市は東京都町田市のNTT局舎で接続されているため神奈川県警察ではなく警視庁に繋がる。他県でも同様のことが発生する。
ギャラリー
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警視庁(右)と警察庁がある中央合同庁舎第2号館(左奥)
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警視庁に導入されたエスティマのパトカー(犯罪抑止対策活動車)
警察官の不祥事・出来事
- 1978年1月 制服警官女子大生殺人事件。北沢警察署外勤課(現・地域課)の巡査が勤務中、巡回連絡先で清泉女子大学の学生を強姦し抵抗されたため殺害。土田國保警視総監が引責辞任。“警視庁開闢以来の不祥事”と話題になった。
- 2001年1月 板橋警察署副署長や国際組織犯罪特別捜査隊長を務めた警視正を犯歴漏洩容疑で書類送検(武富士事件)[3]。
- 2006年5月 公安部公安第二課長の警視が、5月27日にホームセンターで万引きをした。同庁は警視を停職1ヶ月としたが、事件から2日経つまで発表しなかった。警視は29日付で依願退職。
- 2007年8月 立川警察署地域課の巡査長が知人女性を拳銃で射殺後自らも拳銃で胸を撃ち自殺。当初無理心中とみていたが後の調べで被害者の女性にストーカー行為をしていたことが判明した。
- 2008年11月 茨城県稲敷市市内で警視庁総務部施設課管理官の警視が道交法違反(酒酔い運転)の疑いで現行犯逮捕された。後に同庁は警視を懲戒免職とした。
- 2008年12月 玉川警察署留置係巡査長が、同署に勾留中の男に携帯電話で通話をさせるなどの不正な便宜を図った上、男から「ばれたらクビだ」などと脅迫され、現金を渡していた[4]。
- 2009年5月、第10方面交通機動隊白バイ隊員の巡査部長が、実際の速度より速い速度の違反切符を捏造して交付し、虚偽有印公文書作成・同行使などの容疑で東京地検に書類送検された[5]。
- 2009年6月 警視庁航空隊のヘリコプターの窓が飛行中に落下した。
- 2010年2月13日玉川警察署内で、刑事組織犯罪対策課の巡査部長が傷害容疑で逮捕された被疑者に拳銃を奪われた。被疑者は発砲し、弾が巡査部長に当たり軽傷を負った。
- 2010年3月15日 中央大学教授殺害事件や押尾学事件などを指揮した捜査第一課長・西沢康雄警視正が、鑑識課長当時から女性警察官(退職)と不倫関係にあり、トラブルになっていたことが発覚し、警務部付に更迭。後に警察庁交通局付に出向し自動車安全運転センター安全運転中央研修所研修部長に就任。後任は鑑識課長・若松敏弘警視(福生署長、交通捜査課長を歴任。本人事にあたり警視正昇任)[6]。
- 2010年7月2日 第4方面本部長(警視長)が割引価格でゴルフ場を利用していたとして減給1ヶ月の処分。8日付で依願退職。
- 2010年7月10日 総務部理事官(聴聞官)の男性警視が男性を殴り軽傷を負わせたとして千葉県警に逮捕された。
- 2010年10月 国際テロの捜査情報などが記載された大量のPDF形式での文書が、インターネット上に流出した。また、文書には、公安部、外事第3課や警察外部の個人情報も含まれていた。ファイル交換ソフトを通じ、故意に流した可能性が高まった。また、海外のサーバーを経由してる為に流出元を辿るのは困難になった。[7][8]
- 2010年12月 公安第二課の巡査部長が捜査協力者との接触を装い、受け取った捜査費を女性との交際や深夜帰宅の際のタクシー代などに費消していた事が判明。懲戒免職処分と共に詐欺と業務上横領の容疑で書類送検される[9]。
- 2011年6月 葛飾警察署刑事組織犯罪対策課長の警部が当直勤務中に署を抜け出して、女性と飲食店で会っていたとして警視庁は17日、この課長を警部補に降格する処分を行った。
- 2011年7月 品川美容外科の医療過誤事件の捜査を担当していた捜査第一課の警部が同院に再就職していたOBに捜査資料のコピーを渡していた疑いでOB2名とともに逮捕された。直属上司の一課調査担当(警視)、特殊犯罪対策官(警視)と一課長・若松警視正も監督責任を問われ9月に減給や戒告の処分。
- 2011年12月 オウム真理教事件で特別手配されていた平田信が、警視庁本部に「平田信です」と名乗った上で出頭してきたが、出頭に応対した本部機動隊員が、悪質ないたずらと判断し、丸の内警察署に出頭するよう案内していた。再逃亡される恐れがあったなどとして、本部の対応が批判の対象となった。
- 2012年3月21日 昭島署地域課所属の男性巡査部長が、世田谷区内の交差点で右折しようとした際、女性の運転する自転車と接触し、女性は打撲などを負った。事故を起こした巡査部長は、女性に虚偽の電話番号を伝えた上、事故を通報せず立ち去った。警視庁はひき逃げの疑いで事情を聴いている状況である[10]。
脚注
- ^ 日本の自転車の防犯登録ステッカーが「xx県(府・道)警(察)」「警視庁」となっていることや、報道での「xx県(府・道)警と警視庁が合同捜査本部を設置」といった表現などが例として挙げられる。
- ^ 警察法47条1項では、警視庁は特別区の区域内に置くことを定めている。
- ^ asahi.com (2003年12月4日). “警視庁元警部、犯歴漏らした疑いで書類送検 武富士事件” (日本語). 朝日新聞社. 2010年4月30日閲覧。
- ^ 「拘置中の男が巡査長を恐喝、500万円脅し取る・警視庁玉川署」読売新聞
- ^ MSN産経ニュース (2009年9月2日). “白バイ隊員、スピード違反の記録ねつ造で書類送検 警視庁” (日本語). マイクロソフト. 2010年4月30日閲覧。
- ^ 不倫でコケる人、コケない人…組織トップが女で失敗するワケ夕刊フジ
- ^ 国際テロ情報ネット流出=内部文書か、交換ソフトで拡散[1]
- ^ 警視庁:テロ捜査資料流出 海外サーバーを経由 流出元の捜査困難に[2]
- ^ 公安部捜査費詐取の疑い=巡査部長を書類送検、免職-交際女性と飲食・警視庁 時事通信2010年12月17日
- ^ 警視庁巡査部長、事故の相手にウソの電話番号 読売新聞 2012年4月12日
参考文献
- 『警視庁百年の歩み』、警視庁創立100年記念行事運営委員会
関連項目
- 東京都監察医務院
- 警視庁国際テロ捜査情報流出事件
- 警視庁 (内務省)
- 警視庁 (旧警察法)
- 国家地方警察東京都本部
- 警察庁
- 警察署
- 刑事
- 山岳救助レンジャー部隊
- 警視庁皇宮警察部(1947年-1948年)
- 警視庁フォートファイターズ
- 田宮榮一
- 平塚八兵衛
- 岡田新一
- 千葉仁
- 内村良一
- 警視隊抜刀隊
- 警視流
- 弥生慰霊堂
- 東京消防庁
- 交通安全協会
- 町奉行
- 火付盗賊改方
- 首都警察
外部リンク
※警視庁の組織については
を参考にしている。
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