銃器対策部隊

機動隊の機能別部隊の一つ。銃器等を使用した事案への対処を主任務とし、SATなどとともにテロ対処部隊に位置づけられている。

銃器対策部隊(じゅうきたいさくぶたい、英語: Anti-firearms squad)とは、日本の警察機動隊[注 1]に設置されている専門部隊の一つ[2][3]。警察内部で銃対と略称される[4]

銃器対策部隊
創設 1996年
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 都道府県警察本部
兵科 警備警察
兵種/任務/特性 テロ対策
人員 約2,100名[1][2]
所在地 日本全国
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銃器等を使用した事案への対処を主任務とするほか、重要防護施設に対する警戒警備も任務としている[2]特殊部隊(SAT)の出動を要するような重大事案に対しては、SAT到着までの初動対処を行うとともに、到着後はその支援に回る[5]。このことから、SATやNBCテロ対応専門部隊等爆発物対応専門部隊等とともにテロ対処部隊に位置づけられている[6]。なお近年では、刑事部特殊事件捜査係と共に、事件現場に出動する例も見られる[7]

来歴 編集

 
緊急時初動対応部隊(ERT)

特殊銃の配備と狙撃班の編成 編集

1968年に発生した金嬉老事件を契機として、翌昭和44年度より特殊銃狙撃銃)の整備が開始され、昭和48年度までに全国都道府県警察に所定の配備が完了した[8]。これに伴い、特殊銃を運用するための狙撃班の編成も進められており、大阪府警察のライフル隊は、さっそく1970年瀬戸内シージャック事件で出動している[4]。また1972年あさま山荘事件でも、警視庁の部隊が威嚇射撃を行った[9]

これらの部隊は常設ではなく、指定された機動隊員が訓練を行い、事件発生時に召集されるというパートタイムの部隊であった[9]。その後も三菱銀行人質事件など、銃器を用いた凶悪犯罪が多発したことから、特殊銃隊は単なる狙撃班にとどまらず、立てこもり犯人逮捕のための突入訓練なども行うようになっていった[4][注 2]。警視庁の部隊は、銃器を使用した犯罪に対処する特殊警備部隊として機動隊観閲式に参加していたが、この際には防弾帽・防弾衣を着用し、ガス筒発射器を携行していた[9]

銃器対策部隊への改編・増強 編集

1996年4月1日、警察庁は都道府県警察に通達を出し、臨時編成部隊であった特殊銃隊を、機動隊の常設の機能別部隊として再編成し、部隊名称を銃器対策部隊に改めた[11]

この改編により、銃器による犯罪に対処するだけでなく、対テロ作戦も所掌するようになり、けん銃、狙撃銃、防弾帽・防弾衣や防弾盾、特型警備車などの資器材の整備が図られた。その後も、2001年アメリカ同時多発テロ事件に伴って重要防護施設警戒が強化されたほか、2002 FIFAワールドカップを控えて機関けん銃も配備されるなど、充実強化が進められた[9]

また2015年4月、サミット警備を控えた警視庁では、銃器対策部隊から選抜した要員によって緊急時初動対応部隊Emergency Response Team, ERT)を設置した[12]。従来は、警視庁の各機動隊の銃器対策部隊が持ち回りで当番を割り当てられていたが、これでは複数箇所で事案が発生した場合の初動対応に難が生じることから、専任の部隊を設置したものであった[13]。またパリ同時多発テロ事件を受けて、2016年春には、大阪府警察も銃器対策部隊を3個小隊から4個小隊に増強して、ERTと同様の任務を担うARTArmed Response Team)を設置している[14][15]

編制 編集

原子力施設の近くに特型遊撃車を駐車し、MP5を携行して警戒にあたる隊員
 
特型警備車より降車展開し、MP5と防弾盾を構えて前進する隊員

組織 編集

上記の通り、銃器対策部隊は機動隊等の専門部隊の一つと位置づけられており[注 1]、警視庁機動隊では各機動隊ごとに、また大阪府警察機動隊でも各機動隊に1個小隊ずつが配置されてきたが[注 3]、少なくとも大阪府警では、上記のARTの編成に伴って計4個小隊に増強されたものとみられている[14]。これらの部隊のなかには、警視庁第七機動隊や宮城県警察埼玉県警察RATS福岡県警察の部隊のように、レンジャーに準じたラペリングに対応できる部隊もある[9][17][18][19][20]

警察庁は銃器対策部隊のほか、特殊部隊(SAT)NBCテロ対応専門部隊等爆発物対応専門部隊等テロ対処部隊と位置付けており、銃器対策部隊の任務として「銃器等を使用した事案への対処を主たる任務とし、原子力関連施設の警戒警備にも当たっている。 また、重大事案発生時には、SATが到着するまでの第一次的な対応に当たるとともに、SATの到着後は、その支援に当たる」としている[2]。また原発特別警備部隊などにも銃器対策部隊に準じた要員が配置されている[21][22]

装備 編集

銃器 編集

上記の通り、銃器対策部隊の前身となる部隊は、もともと、特殊銃を運用するために設置された。警察官等特殊銃使用及び取扱い規範では、警察官が所持する銃のうち、警察法第六十八条の規定により貸与されるもの(けん銃)以外のものを「特殊銃」と規定している[23]。特殊銃としてはまず狙撃銃が配備され[8]、当初は豊和ゴールデンベア、後にはこれをフルモデルチェンジした豊和M1500が用いられた[24]

上記の経緯により、2002年からはH&K MP5機関けん銃(短機関銃)の配備も開始された[4][9]。その後、パリ同時多発テロ事件を受けて、2015年には大都市を抱える警察本部の銃器対策部隊を対象として自動小銃の配備も決定された[25][注 4]

けん銃としては、当初、一般の警察官と同様にニューナンブM60が主流であり、MP5の配備開始後の演習でも登場していた[27]。その後、SIG SAUER P230S&W M3913ベレッタ92 VertecP2000の配備も確認されている[9]。また2020年東京オリンピック関連警備の際に各地でH&K SFP9の目撃例があり、2021年3月の東京マラソンでは警視庁機動隊の銃器対策部隊でも配備されていることが確認された[28]

その他の装備 編集

発足当初、防弾衣などの個人装備については試行錯誤・自助努力の時期もあったが、その後、防弾帽と特殊防弾衣という組み合わせで全国的に統一が進んだ。また突入型防弾衣を着用している部隊もあるほか、警察本部独自の予算でタクティカルベストやゴーグル、サングラスなどを装備した個性的な部隊もみられる[9]

車両として、装甲車である特型警備車特型遊撃車が配備されている[27][9]。また平成27年度補正予算より、トヨタ・ランドクルーザーなどをベースに防弾防爆加工を施した小型遊撃車も導入された[14]

降車後の防弾装備として、金属製の銃眼付き防弾盾が使用されているほか、突入時に携行するための透明な小型防弾盾もある[9]

活動史 編集

陸上自衛隊との合同訓練 編集

 
第44普通科連隊と共同訓練を行う福島県警機動隊

1996年江陵浸透事件1999年能登半島沖不審船事件などの北朝鮮工作員関連事案を通じて、ゲリラコマンド事案の脅威が認識されるようになった。これを受けて、2000年2月に国家公安委員会防衛庁(当時)とで「治安出動の際における治安の維持に関する協定」が締結されたのに続いて、2001年2月には警察庁および防衛庁とで細部協定が締結され、2002年4月までに、各都道府県警察と陸上自衛隊の各師旅団とで現地協定が締結された[29]

そして共同図上訓練を経て、2004年9月に警察庁と防衛庁とで「治安出動の際における武装工作員等共同対処指針」が策定されたのを受けて、2005年3月には各都道府県警察と陸上自衛隊の各師旅団とで「治安出動の際における武装工作員等事案への共同対処マニュアル」が作成された。これに基づき、同年10月より、共同訓練が開始された。第一弾として北海道警察と陸上自衛隊北部方面隊とが行った共同実動訓練では[29]、警察側からは道警のSATが参加したが、以後の各地の訓練では、各都道府県警の銃器対策部隊も頻繁に参加している[30]

他機関との合同訓練 編集

2005年前後から警察、海上保安庁税関入国管理局などが合同で、港湾空港を対象としたテロ対策訓練を実施しており、一部の地域では銃器対策部隊も参加している。この訓練は、「水際危機管理対策訓練」と呼ばれており、テロリストの入国を水際で阻止することが目的である。

登場作品 編集

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ a b 警察本部の機動隊のほか、千葉県警察成田国際空港警備隊および警視庁東京国際空港テロ対処部隊に設置されている[3]
  2. ^ 三菱銀行人質事件の際には、大阪府警察第二機動隊に常設されていた特殊部隊である零中隊(SATの前身部隊)が出動・突入した[10]
  3. ^ 例えば管区機動隊の場合、各小隊は、小隊長(警部補)のもと、伝令(巡査)および3個分隊(巡査部長1名および巡査3~4名)から編成される[16]
  4. ^ 麻生 2016ではこの自動小銃をM4カービンとしており[要ページ番号]、2021年2月の陸上自衛隊との共同訓練では、岡山県警察機動隊の銃器対策部隊がM4カービンのように見える装備を携行して参加した[26]

出典 編集

  1. ^ 警察庁 令和元年版警察白書 - 第1部第2節第2項 警察におけるテロ対策
  2. ^ a b c d 警察庁 2013, pp. 38–39.
  3. ^ a b 警察庁警備局長 2019.
  4. ^ a b c d 柿谷 & 菊池 2008, pp. 65–78.
  5. ^ 菊池 & 有村 2021.
  6. ^ 国家公安委員会警察庁 編「第6章 公安の維持と災害対策」『平成26年版 警察白書』ぎょうせい、2014年。ISBN 978-4324098516https://www.npa.go.jp/hakusyo/h26/honbun/html/q6120000.html 
  7. ^ 菊池 & 有村 2021b.
  8. ^ a b 警察庁警察史編さん委員会 1977, pp. 520–522.
  9. ^ a b c d e f g h i j ストライクアンドタクティカルマガジン 2017, pp. 60–63.
  10. ^ ストライクアンドタクティカルマガジン 2017, pp. 37–45.
  11. ^ 警察庁通達「銃器対策部隊の編成について」平成8年4月1日丙備発第50号
  12. ^ 銃器対策部隊の実射訓練を公開 警視庁、伊勢志摩サミット前に」『日本経済新聞』、2015年9月24日。
  13. ^ ストライクアンドタクティカルマガジン 2017, pp. 58–59.
  14. ^ a b c 大塚 & 篠原 2018.
  15. ^ 大阪府警銃器対策部隊「ART」テロ対策訓練」『毎日放送』、2017年2月23日。
  16. ^ 福島県警察本部 (2012年2月6日). “福島県警察管区機動隊運営要綱の制定について(通達)”. 2019年5月19日閲覧。
  17. ^ ストライクアンドタクティカルマガジン 2017, pp. 52–57.
  18. ^ 特集 機動隊の素顔 第5回 警視庁第七機動隊」『はげまし』、一般社団法人 機動隊員等を励ます会、2003年11月。 
  19. ^ 福岡県警察 (2018年12月26日). “第一機動隊 レンジャー小隊”. 2019年5月19日閲覧。
  20. ^ 福岡県警察 (2018年12月26日). “第二機動隊 レンジャー部隊”. 2019年5月19日閲覧。
  21. ^ 警察庁 2016.
  22. ^ 朝日新聞「羽田空港警備に専従部隊 国際便拡大受け、警視庁新設へ」『朝日新聞』、2012年。
  23. ^ 国家公安委員会 (2019年5月24日). “警察官等特殊銃使用及び取扱い規範(平成十四年国家公安委員会規則第十六号)”. 2019年10月17日閲覧。
  24. ^ 大塚 2009.
  25. ^ 銃撃戦を想定、大都市の部隊に自動小銃…警察庁」『YOMIURI ONLINE』、2015年12月18日。オリジナルの2015年12月20日時点におけるアーカイブ。
  26. ^ 日本原駐屯地 (2021年2月9日). “令和3年2月3日(水)岡山県警察との共同訓練を実施しました”. 2022年12月8日閲覧。
  27. ^ a b 柿谷 & 菊池 2008, pp. 28–50.
  28. ^ 大塚 2022.
  29. ^ a b 警察庁 2007, p. 189.
  30. ^ 柿谷 & 菊池 2008, pp. 52–64.

参考文献 編集

関連項目 編集