長勢

平安時代中期の仏師

長勢(ちょうせい、寛弘7年(1010年) - 寛治5年11月9日1091年12月21日))は、平安時代中期の仏師円派の祖。定朝の弟子。仏師初の法印

略歴 編集

初め定朝の弟子だったと伝えられる。長勢の仏師としての事績はまず、康平7年(1064年)に広隆寺の日光・月光菩薩立像(重要文化財)、及び同寺の十二神将立像(国宝)を造立したことが挙げられる(『広隆寺来由記』)。また長勢は、法成寺天喜6年=1058年に焼失していた)の再興にも参加し、治暦元年(1065年)に金堂の造仏賞として、法橋に叙された。延久2年(1070年)には円宗寺金堂の造仏をも担当し、高さ二丈の毘盧遮那仏、一丈六尺の薬師如来一字金輪、その他梵天帝釈天四天王の、合わせて9体の巨像群を同年10月から12月末にかけてのわずか2ヶ月間で作り上げ、大仏師覚如(円宗寺講堂の造仏を担当)とともに法眼に叙せられた。長勢の最も名高い業績は法勝寺の造仏で、まず講堂・阿弥陀堂の諸仏によって承暦元年(1077年)法印に昇叙され、応徳2年(1085年)に常行堂九体阿弥陀仏も造立した。寛治5年11月9日、82歳で没した。

作品 編集

弟子 編集