阿賀沖油ガス田(あがおきゆガスでん)とは、かつて新潟県新潟市新潟東港約15km沖合に2箇所にわたって存在していた海上油田ガス田である。2つのプラットフォームの設置深度は80m程度であった。

日本において、本格的にプラットフォームを設置して洋上掘削を行った草創期の油田の一つである[1]日本海洋石油資源開発出光石油開発アコモジャパンにより共同開発が行われた。東新潟火力発電所にも天然ガスを供給していた実績がある。

歴史 編集

  • 1972年 - ボーリング調査により海底2,000m付近で油田、ガス田が確認される。
  • 1974年 - プラットフォームが設置される。
  • 1975年 - 洋上から新潟東港に至るパイプライン輸送管が敷設される。
  • 1976年 - 生産が開始される。
  • 1977年 - 日平均生産量が最大期を迎え、日生産量原油333キロリットル、天然ガス17万立方メートルを記録した。
  • 1998年 - 資源の枯渇により生産が中止された。
  • 1999年 - プラットフォームを撤去し閉山する。累計生産量は原油1,433千キロリットル、天然ガス4,072百万立方メートルであった[2]

脚注 編集

  1. ^ 社史:石油開発に進出し、新潟沖で出油に成功 - 出光昭和シェル
  2. ^ 沿革 - 日本海洋石油資源開発株式会社

関連項目 編集

外部リンク 編集