青柳 昴樹(あおやぎ こうき、1997年5月19日 - )は、大阪府泉大津市出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打。

青柳 昴樹
DeNA時代
(2016年3月5日、横須賀スタジアムにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府泉大津市
生年月日 (1997-05-19) 1997年5月19日(26歳)
身長
体重
182[1] cm
84[1] kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2015年 ドラフト6位
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴

経歴 編集

プロ入り前 編集

泉大津市立宇多小学校1年からソフトボールを始め、小5から庭代台サニーズに所属。泉大津市立誠風中学校では泉北ボーイズを経て忠岡ヤングでプレーした。ポジションは投手と遊撃だった。

大阪桐蔭高等学校進学後、外野手に転向する。大阪桐蔭では2年時の夏から外野手レギュラーとなり、同年出場した夏の選手権大会で優勝を果たした[2]。3年生となった翌春の選抜大会でも4強に進出している[2]。野球部の1学年先輩に香月一也正隨優弥、同学年に福田光輝、1学年後輩に高山優希、2学年後輩に徳山壮磨泉口友汰がいる。

2015年プロ野球ドラフト会議横浜DeNAベイスターズから6巡目指名を受け、11月21日に契約金2500万円、年俸500万円(金額は推定)で仮契約した[3]。背番号は「57」。

DeNA時代 編集

2018年オフ、オーストラリアン・ベースボールリーグ(ABL)のキャンベラ・キャバルリー今永昇太三上朋也国吉佑樹とともに派遣され[4][5]、ABL公式サイトの特集「2018-19シーズンで注目すべき若い選手たち」で青柳の名前が挙げられた[6]。しかし、36試合に出場し、打率.155という結果に終わった。

入団1年目から4年目まで毎年、二軍において1割後半から2割前半の低打率でシーズンを終えており、一軍公式戦の出場を果たせないまま、2019年10月1日にDeNAより戦力外通告を受けた。翌日に現役を引退することを表明した[7]

現役引退後 編集

自身のSNSにて、オーストラリアへ留学することを表明したが、新型コロナウイルス感染症流行の影響で実現しなかった[8]

その後は地元である大阪の土壌関係の企業に入社し、コンサルティング営業職に就いた[9]。また大阪の軟式草野球チーム「ボンバーマン」に所属してプレーを続けている。

選手としての特徴 編集

高い身体能力を誇る大型外野手[10]。長打力を秘める勝負強い打撃に加え[11][10]、俊足を生かした広い守備範囲と強肩も魅力[10][11]

詳細情報 編集

年度別打撃成績 編集

  • 一軍公式戦出場なし

背番号 編集

  • 57(2016年 - 2019年)

脚注 編集

  1. ^ a b 青柳昴樹 週刊ベースボールONLINE 2021年1月17日閲覧。
  2. ^ a b 2015年ドラフト”. スポニチ Sponichi Annex. 2015年12月5日閲覧。
  3. ^ DeNA、ドラ6の大阪桐蔭・青柳と合意”. スポニチ Sponichi Annex (2015年11月21日). 2015年11月21日閲覧。
  4. ^ DeNAが今永、三上、国吉、青柳を豪州リーグ派遣 今永「投球を取り戻したい」」『Full-Count』、2018年10月14日。2020年1月29日閲覧。
  5. ^ 野球が大好きだから/青柳昴樹”. ABL Japan (2018年12月17日). 2020年1月29日閲覧。
  6. ^ DeNA青柳、ロッテ平沢が豪州Wリーグの注目選手に! ABL公式サイトが特集」『Full-Count』、2018年10月29日。2020年1月29日閲覧。
  7. ^ 青柳昴樹選手 現役引退のお知らせ”. 横浜DeNAベイスターズ (2019年10月2日). 2019年10月10日閲覧。
  8. ^ 青柳 昴樹 [@yagi0519k] (2020年8月2日). "昨日から8月スタートですね🤩🍻". X(旧Twitter)より2020年9月29日閲覧
  9. ^ 〝森友哉と今永昇太を語る〟大阪桐蔭→DeNAドラ6→豪州留学→営業マン 青柳昴樹氏が激白”. 東スポWEB (2023年7月21日). 2023年12月3日閲覧。
  10. ^ a b c 横浜DeNAベイスターズのドラフト - ドラフト会議2015”. 日刊スポーツ. 2022年12月1日閲覧。
  11. ^ a b DeNA・青柳昴樹 首脳陣の期待も大きい右の強打者 | 野球コラム”. 週刊ベースボールONLINE (2016年7月15日). 2022年12月1日閲覧。

関連項目 編集

外部リンク 編集