鴆毒(ちんどく)は、と呼ばれる空想上の鳥の羽の。猛毒であったとされ、後世にはそのような猛毒、あるいは毒物の総称として用いられ、害毒の比喩表現としても用いられた[1][2]

文献における鴆毒 編集

一説には、パプアニューギニアに住むピトフイという毒鳥と同種の絶滅種のともいう[3]が、実際には亜ヒ酸との説が有力である。あるいは酖毒とも書く。

なお、経書『周礼』の中に鴆毒の作り方と思われる記述がある。

まず、五毒と呼ばれる毒の材料を集める。

  1. 雄黄(ゆうおう) - ヒ素硫化物[4]
  2. 礜石(よせき) - 硫砒鉄鉱
  3. 石膽(せきたん) - 硫酸銅(II)
  4. 丹砂(たんしゃ) - 辰砂硫化水銀(II)
  5. 慈石(じしゃく) - 磁鉄鉱四酸化三鉄

この五毒を素焼きの壺に入れ、その後三日三晩かけて焼くと白い煙が立ち上がるので、この煙でニワトリの羽毛を燻すと鴆の羽となる。さらにこれを酒に浸せば鴆酒となるという。

煙で羽毛を燻るのは、気化した砒素毒の結晶を成長させることで毒を集める、昇華生成方法の一種ではないかと思われる。日本でも、亜砒焼きと呼ばれた同様の三酸化二ヒ素の製造法が伝わっている。

史記』における記述として、呂不韋は鴆の羽をに浸した鴆酒(ちんしゅ)を飲み、自殺したとされる[5]

日本における記述として、『続日本紀天平神護元年(765年)正月7日条に、「鴆毒のような災いを天下に浸み渡らせ」という表現が見られる他、軍記物である『太平記』巻第三十や『関八州古戦録』巻十に記述があり(関連項目も参照)、『土佐物語』巻第六にも、永禄年間の事として、「潜(ひそか)に中の水に鴆毒を入れ」というくだりがあり、これにより気絶する者が続出したと記述されている(死者についての記述はない)。

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  1. ^ 鴆毒”. 精選版 日本国語大辞典(コトバンク所収). 2022年4月4日閲覧。
  2. ^ 鴆毒”. 普及版 字通(コトバンク所収). 2022年4月4日閲覧。
  3. ^ 和泉堯己, 富士川龍郎「鴆鳥考 : 鴆の正体はニューギニアピトフイか」『比治山大学現代文化学部紀要』第2号、比治山大学現代文化学部、1996年3月、141-151頁、CRID 1050295757691209344ISSN 1343-358X 
  4. ^ 現在の中国語では「雄黄」は鶏冠石を意味する。
  5. ^ 渡邉義浩 『春秋戦国』 洋泉社 2018年p.145.

関連項目 編集

  • 呂不韋 - 鴆酒を飲んで自殺したとされる(『史記』)。
  • 経東 - 『土佐物語』巻第十七にて、鴆毒によって死んだと記す。
  • 那須高資 - 『関八州古戦録』巻十に、天文20年に盛られて殺されたと記す。
  • 足利直義 - 『太平記』巻第三十に、鴆毒によって毒殺されたという説があると記されている。