座標: 北緯43度44分4.74秒 東経7度25分16.8秒 / 北緯43.7346500度 東経7.421333度 / 43.7346500; 7.421333

1956年モナコグランプリ (1956 Monaco Grand Prix) は、1956年のF1世界選手権第2戦として、1956年5月13日モンテカルロ市街地コースで開催された。

モナコ 1956年モナコグランプリ
レース詳細
1956年F1世界選手権全8戦の第2戦
モンテカルロ市街地コース(1929-1972)
モンテカルロ市街地コース(1929-1972)
日程 1956年5月13日
正式名称 XIV Grand Prix Automobile de Monaco
開催地 モンテカルロ市街地コース
モナコの旗 モナコ モンテカルロ
コース 市街地コース
コース長 3.145 km (1.954 mi)
レース距離 100周 314.500 km (195.421 mi)
決勝日天候 晴(ドライ)
ポールポジション
ドライバー フェラーリ
タイム 1:44.0
ファステストラップ
ドライバー アルゼンチン ファン・マヌエル・ファンジオ フェラーリ
タイム 1:44.4
決勝順位
優勝 マセラティ
2位 フェラーリ
3位 マセラティ

レース概要 編集

アルフレッド・オーウェン卿がオーナーとなったBRMは、当レースからオリジナルマシンP25を投入して1951年以来5年ぶりにF1へ復帰したが、予選で2台ともエンジンのバルブに異常が発生したため、決勝の出走は見合わせた。この他、ジョルジオ・スカルラッティが予選不通過、ルイ・シロンは予選でエンジンブローを起こしたため決勝に出走できなかった。

予選2位のスターリング・モスが序盤からリードし、周回ごとに後続を引き離していく。ファン・マヌエル・ファンジオにとっては不運な一日だった。2周目に藁束へヒットしてしまい、ハリー・シェルルイジ・ムッソはファンジオを避けようとしてリタイアとなる。32周目には後輪を港寄りの壁にヒットしてしまう。ファンジオはホイールを修理するためピットインしてエウジェニオ・カステロッティにマシンを譲った。54周目にピーター・コリンズがピットインしてファンジオにマシンを譲る。ファンジオは70周目にジャン・ベーラを抜いたが、首位のモスとは47秒の差が付いていた。86周目にチェーザレ・ペルディーサのブレーキがロックしてモスのボンネットと接触してしまい、ファンジオは1周2秒ずつ差を縮めていったが、モスが6秒差で逃げ切り優勝した。

エントリーリスト 編集

No. ドライバー エントラント コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
2   ロベール・マンヅォン   エキップ・ゴルディーニ ゴルディーニ T16 ゴルディーニ 23 2.5L L6 E
4   エリー・バイヨル
  アンドレ・ピレット 1
T32 ゴルディーニ 25 2.5L L8
6   ヘルナンド・ダ・シルバ・ラモス T16 ゴルディーニ 23 2.5L L6
8   ルイ・ロジェ   エキュリー・ロジェ マセラティ 250F マセラティ 250F1 2.5L L6 P
10   マイク・ホーソーン   オーウェン・レーシング・オーガニゼーション BRM P25 BRM P25 2.5L L4 D
12   トニー・ブルックス
14   モーリス・トランティニアン   ヴァンダーヴェル・プロダクツ・リミテッド ヴァンウォール VW2 ヴァンウォール 254 2.5L L4 P
16   ハリー・シェル
18   ホレース・グールド   グールズ・ガレージ マセラティ 250F マセラティ 250F1 2.5L L6 D
20   ファン・マヌエル・ファンジオ   スクーデリア・フェラーリ フェラーリ D50 フェラーリ DS50 2.5L V8 E
22   エウジェニオ・カステロッティ
24   ルイジ・ムッソ
26   ピーター・コリンズ
28   スターリング・モス   オフィシーネ・アルフィエリ・マセラティ マセラティ 250F マセラティ 250F1 2.5L L6 P
30   ジャン・ベーラ
32   チェーザレ・ペルディーサ
34   ルイ・シロン   スクーデリア・セントロ・スッド マセラティ 250F マセラティ 250F1 2.5L L6 P
36   ジョルジオ・スカルラッティ フェラーリ 500 フェラーリ Tipo500 2.0L L4
ソース:[1]
追記
  • ^1 - 交代要員としてエントリー

結果 編集

予選 編集

順位 No. ドライバー コンストラクター タイム
1 20   ファン・マヌエル・ファンジオ フェラーリ 1:44.0
2 28   スターリング・モス マセラティ 1:44.6 + 0.6
3 22   エウジェニオ・カステロッティ フェラーリ 1:44.9 + 0.9
4 30   ジャン・ベーラ マセラティ 1:45.3 + 1.3
5 16   ハリー・シェル ヴァンウォール 1:45.6 + 1.6
6 14   モーリス・トランティニアン ヴァンウォール 1:45.6 + 1.6
7 32   チェーザレ・ペルディーサ マセラティ 1:46.0 + 2.0
8 24   ルイジ・ムッソ フェラーリ 1:46.8 + 2.8
9 26   ピーター・コリンズ フェラーリ 1:47.0 + 3.0
10 10   マイク・ホーソーン BRM 1:49.3 + 5.3
11 4   エリー・バイヨル ゴルディーニ 1:50.0 + 6.0
12 2   ロベール・マンヅォン ゴルディーニ 1:50.3 + 6.3
13 12   トニー・ブルックス BRM 1:50.4 + 6.4
14 6   ヘルナンド・ダ・シルバ・ラモス ゴルディーニ 1:50.6 + 6.6
15 8   ルイ・ロジェ マセラティ 1:51.6 + 7.6
16 18   ホレース・グールド マセラティ 1:51.7 + 7.7
17 36   ジョルジオ・スカルラッティ フェラーリ 2:09.1 + 25.1
ソース:[2]
追記
  • 上位16台が決勝進出

決勝 編集

順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 グリッド ポイント
1 28   スターリング・モス マセラティ 100 3:00:32.9 2 8
2 26   ピーター・コリンズ
  ファン・マヌエル・ファンジオ
フェラーリ 100 +6.1 9 3
4 1
3 30   ジャン・ベーラ マセラティ 99 +1 Lap 4 4
4 20   ファン・マヌエル・ファンジオ
  エウジェニオ・カステロッティ
フェラーリ 94 +6 Laps 1 0 2
1.5
5 6   ヘルナンド・ダ・シルバ・ラモス ゴルディーニ 93 +7 Laps 14 2
6 4   エリー・バイヨル
  アンドレ・ピレット
ゴルディーニ 88 +12 Laps 11
7 32   チェーザレ・ペルディーサ マセラティ 86 +14 Laps 7
8 18   ホレース・グールド マセラティ 85 +15 Laps 16
Ret 2   ロベール・マンヅォン ゴルディーニ 90 アクシデント 12
Ret 8   ルイ・ロジェ マセラティ 72 エンジン 15
Ret 22   エウジェニオ・カステロッティ フェラーリ 14 クラッチ 3
Ret 14   モーリス・トランティニアン ヴァンウォール 13 オーバーヒート 6
Ret 16   ハリー・シェル ヴァンウォール 2 アクシデント 5
Ret 24   ルイジ・ムッソ フェラーリ 2 アクシデント 8
DNQ 36   ジョルジオ・スカルラッティ フェラーリ 予選不通過
WD 10   マイク・ホーソーン BRM 撤退(エンジンバルブ)
WD 12   トニー・ブルックス BRM 撤退(エンジンバルブ)
WD 34   ルイ・シロン マセラティ 撤退(エンジンブロー)
ソース:[3]
追記

注記 編集

第2戦終了時点のランキング 編集

ドライバーズ・チャンピオンシップ
順位 ドライバー ポイント
  1   ジャン・ベーラ 10
  2   ファン・マヌエル・ファンジオ 9
  7 3   スターリング・モス 8
  1 4   ルイジ・ムッソ 4
  1 5   マイク・ホーソーン 4
  • : トップ5のみ表示。ベスト5戦のみがカウントされる。

脚注 編集

  1. ^ Argentina 1956 - Race entrants”. statsf1.com. 2018年1月2日閲覧。
  2. ^ Monaco 1956 - Qualifications”. statsf1.com. 2018年1月4日閲覧。
  3. ^ 1956 Monaco Grand Prix”. formula1.com. 2015年1月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月9日閲覧。

参照文献 編集

  • 林信次『F1全史 1956-1960』ニューズ出版、1999年。ISBN 4-938495-27-9 

外部リンク 編集

前戦
1956年アルゼンチングランプリ
FIA F1世界選手権
1956年シーズン
次戦
1956年インディ500
前回開催
1955年モナコグランプリ
  モナコグランプリ 次回開催
1957年モナコグランプリ