M&H蒸留所

イスラエルのテルアビブにあるウイスキーの蒸留所

M&H蒸留所(えむあんどえいちじょうりゅうじょ、英語: M&H Distillery)は、イスラエルテルアビブにあるウイスキーの蒸留所。ユダヤ教の戒律であるカシュルートに準じた製品づくりや、死海周辺の過酷な自然環境下での熟成を特徴としている。

M&H蒸留所
M&H Distillery
地図
地域:イスラエル
所在地 イスラエルの旗 イスラエルテルアビブ[1]
座標 北緯32度3分0.050秒 東経34度45分47.790秒 / 北緯32.05001389度 東経34.76327500度 / 32.05001389; 34.76327500座標: 北緯32度3分0.050秒 東経34度45分47.790秒 / 北緯32.05001389度 東経34.76327500度 / 32.05001389; 34.76327500
創設 2013年[1]
創設者 ガル・カルクシュタイン[1]
現況 稼働中
水源 地元の地下水[2]
蒸留器数
生産量 年間23万リットル[2]

歴史 編集

 
カナンの地図

M&H蒸留所は2013年にイスラエルテルアビブで創業した[1]。創業の場所としてテルアビブを選んだのはイスラエル国内では最もバー文化が盛んだからであった[4]。蒸留所名の「M&H」は「Milk & Honey」を意味し、旧約聖書の一節「乳と蜜の流れる地」から名付けられたものである[5]。創業者はガル・カルクシュタイン[6]。蒸留開始は2014年1月で、初めての製品は2017年5月20日の世界ウイスキーデーに合わせて発売された[7]

イスラエルではブランデーなどの蒸留酒は造られていたもののウイスキーは造られておらず、ウイスキー造りに挑戦した理由についてM&Hの蒸留責任者であるトメル・ゴレンは「イスラエルで最初の、本格的なウイスキーを造れたら、という思いが原点です」と述べている[1]。製造面では、カバラン蒸留所の立ち上げに関わり温暖地でのウイスキー造りに通暁しているジム・スワン英語版をコンサルタント兼マスターディスティラーとして招聘した[8][9][注釈 1]

製造 編集

製造能力は年間23万リットルである[2]ユダヤ教の戒律であるカシュルートに準じた製品づくりを行っているほか[11]、熟成環境の違いを活かしたウイスキーづくりを行っている[12]。また、製造方法はスコッチ・ウイスキーの基準にも準じており、原料は麦芽100%、蒸留はポットスチルを2回使用、熟成は樽で3年以上となっている[4]。土屋守はM&Hの製造設備について「手作り感満載」と評している[12]

麦芽・仕込み・発酵 編集

 
左にあるのがマッシュタン

麦芽はすべて海外から輸入しており、ノンピートのものを使用しているが、半年ごとに2週間だけピート麦芽での製造も行っている[4]。麦芽を粉砕するミルはポ―ティアス社製のもので、初留器を購入した際のおまけで付いてきたものだという [3]。一度の仕込みに使う麦芽は1トンである[13]

マッシュタン(糖化槽)はイスラエル製のものを使っている[4]。糖化は2回行われ、1回目は4,000リットル、2回目は2,000リットルの水が使われる[14]。それぞれ所要時間は2時間ほど[3]

ウォッシュバック(発酵槽)はステンレス製のものが6基ある[11][2]。容量は9000リットル [3]カシュルートに則った製品づくりをしているため金曜日土曜日は製造ができず、そのため麦汁の製造日によって発酵時間が2つのパターンに分かれている[13]。日曜日に造られた麦汁は火曜日までの48時間発酵で、水曜日と木曜日の麦汁は96時間発酵となる[3]

蒸留 編集

 
ポットスチル

ポットスチル初留器再留器がそれぞれ1基ずつである[3]。蒸留回数は2回[2]。初留器はスペイン製と思われる中古品で [11]アルメニアにあったものである[3]。容量は9,000リットル[3]。再留器はドイツのカール社製の容量3,500リットルのものである[3]。ラインアームはいずれも下向きである[3]。ミドルカットは80%から70%と比較的短く[2]、オイリーで口当たりのいい味わいの原酒造りを志向している[3]

熟成 編集

 
熟成庫

ジム・スワンの提案のもとで気候の違いを利用した熟成を行っており[11][15]、蒸留所の位置するテルアビブの他に、死海ネゲヴ砂漠ガリラヤ湖ユダヤ山脈英語版といった多種多様な環境での熟成が行われている[2][15]

死海は海抜マイナス423メートルと地球上でもっとも標高の低い場所であり、夏の最高気温はおよそ50度で湿度も低いため[注釈 2]、一年間の天使の分け前が25 – 30%にも及ぶ[12][11][15]。海抜が低いため樽内の気圧が普通よりも高く、そのためウイスキーが樽材に強く押し付けられるのが特徴[15]。死海のほとりのホテル屋上に「死海貯蔵庫」を設置し、樽をほぼ外気に晒した状態で熟成がされている[15]。極端な熟成環境ゆえに長期熟成するとシロップや樹液のような味わいになってしまうため、M&Hの蒸留責任者トメル・ゴレンは死海での熟成はせいぜい1年が限度だと述べている[15]。実際、死海熟成を売りにした製品「M&H エイペックス デッドシー」は死海で1年熟成し、それ以降はテルアビブに移動して熟成されている[12]

熟成に使う樽についてもカシュルートの制限があり、もともと樽に入っていた内容物もカシュルートに適合していなければならない。そのためワイン樽はイスラエル国内のワイナリーから調達しており、シェリー樽はスペインのワイナリーの協力のもと、カシュルートに準じたオロロソシェリーおよびペドロヒメネスシェリーでシーズニングした樽を用意している[11]。また、ジム・スワンが開発したSTRカスク[注釈 3]という樽を多用しているのも特徴である[18]

製品 編集

 
製品

製品はおおまかにスタンダードラインの「エレメンツ」シリーズと、高級ラインの「エイペックス」シリーズに大別されるほか[11]、エントリー製品の「M&H Classic」がある[18]。「エイペックス」シリーズにはふたつのテーマがあり、ひとつは樽使いに特色のあるもの、もうひとつは熟成場所に特色のあるものである。また、冷却濾過およびカラメル色素による着色は行われていない[11]

初めての製品は2017年5月20日の世界ウイスキーデーに合わせて発売された。これは225リットルのヴァージンアメリカンオークで31ヶ月熟成され、その後リフィルバーボン樽で7ヶ月熟成されたものであり、3年以上熟成されているためスコッチウイスキーの定義に適合しているものである[7]

評価 編集

風味 編集

バーテンダーの静谷和典は2022年8月時点のM&H製品5種類を飲んで「それほど寝かせているわけじゃないのに、まろやかでクリーミーですべてに樽の持ち味が上手に生かされていました」と述べている[19]ほか、全体的にシルキーな味わいと評している[18]

「M&H エイペックス デッドシー」について土屋守は「バランスは悪くない。スパイシーで甘さが強調されていますね」と、ウイスキーガロアテイスターの松木崇は「悪くないですが、やや無個性ですね」と述べている[12]

受賞歴 編集

ワールド・ウイスキー・アワード2023では「M&H エレメンツ シェリーカスク」がワールドベスト・シングルモルトウイスキーを受賞している[20]東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2023では「M&H エイペックス ピーテッド 酒精強化レッドワインカスク」が最高金賞を受賞している[21]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ ジム・スワンは2017年2月14日に死去している[10]
  2. ^ 湿度40%を超えることはほぼなく、夏季には平均23%にまで落ちる[15]
  3. ^ 赤ワイン樽の内側を削り、トースティングとリチャーリングを施した樽のこと[16]。シェービング(Shaving)、トースティング(Toasting)、リチャーリング(Re-Charring)の頭文字から名付けられた[16]スコッチ・ウイスキーのほか台湾のカバラン蒸留所やインドポールジョン蒸留所などで盛んに使われている製法で[17]、ワインからの影響、特に特有の酸味を削ぐことが目的である[16][18]

出典 編集

  1. ^ a b c d e 川口 2023, p. 66.
  2. ^ a b c d e f g OUR CRAFT & MAGIC - M&H Distillery” (英語). mh-distillery.com. 2023年10月26日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l 川口 2023, p. 68.
  4. ^ a b c d 川口 2023, p. 67.
  5. ^ イスラエル初のウイスキー蒸留所「THE M&H」のシングルモルトウイスキーおよび樽熟成ジンを日本市場でリリース - 駐日イスラエル大使館 経済部”. israel-keizai.org (2022年8月19日). 2023年10月26日閲覧。
  6. ^ OUR PEOPLE - M&H Distillery” (英語). mh-distillery.com. 2023年10月26日閲覧。
  7. ^ a b GLOBES (2017年5月29日). “Israeli distillery unveils first-ever malt whisky - Israel Culture - The Jerusalem Post” (英語). jpost.com. 2023年10月26日閲覧。
  8. ^ 川口 2023, pp. 66–67.
  9. ^ OUR STORY - M&H Distillery” (英語). mh-distillery.com. 2023年10月26日閲覧。
  10. ^ Becky Paskin (201-02-15). “Whisky legend Dr Jim Swan dies|Scotch Whisky” (英語). scotchwhisky.com. 2023年10月26日閲覧。
  11. ^ a b c d e f g h 川口 2023, p. 69.
  12. ^ a b c d e 馬越 2023, p. 91.
  13. ^ a b 馬越 2023, p. 90.
  14. ^ 川口 2023, pp. 67–68.
  15. ^ a b c d e f g ティス・クラバースティン (2022年7月25日). “極限環境でのウイスキーづくり【後半/全2回】”. whiskymag.jp. 2023年10月28日閲覧。
  16. ^ a b c クリストファー・コーツ (2020年7月29日). “進化するワイン樽熟成【第2回/全3回】”. whiskymag.jp/. 2023年10月28日閲覧。
  17. ^ 【0171夜】樽の再活生、NEOCとは”. tokyowhiskyspiritscompetition.jp (2021年11月5日). 2023年10月28日閲覧。
  18. ^ a b c d 沼由美子 (2022年10月20日). “日本初上陸!イスラエル初のシングルモルトウイスキーを語り合う イスラエルウイスキーの実力とは?”. bar-times.com. 2023年10月28日閲覧。
  19. ^ 沼由美子 (2022年10月20日). “日本初上陸!イスラエル初のシングルモルトウイスキーを語り合う 10月27日「THE M&H」から新発売。死海熟成や日本限定シングルカスク、全4種を味わう。”. bar-times.com. 2023年10月28日閲覧。
  20. ^ ワールド・ウイスキー・アワード 2023 最終結果”. whiskymag.jp (2023年3月31日). 2023年10月28日閲覧。
  21. ^ ウイスキー文化研究所 2023, p. 59.

参考文献 編集

  • 馬越ありさ「テイスター座談会 世界各国のウイスキートレンド」『Whisky Galore(ウイスキーガロア)』第7巻第5号、ウイスキー文化研究所、2023年10月、86-95頁、ASIN B0CGZZ1K8P 
  • 川口哲郎「世界が注視するイスラエル発のウイスキー蒸留所 M&H蒸留所の”類い稀なる”背景」『Whisky Galore(ウイスキーガロア)』第7巻第4号、ウイスキー文化研究所、2023年8月、66-69頁、ASIN B0CB324TLY 
  • 「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2023 審査結果発表」『Whisky Galore(ウイスキーガロア)』第7巻第4号、ウイスキー文化研究所、2023年8月、53-64頁、ASIN B0CB324TLY 

外部リンク 編集

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