いずみ野駅

日本の神奈川県横浜市泉区にある相模鉄道の駅

いずみ野駅(いずみのえき)は、神奈川県横浜市泉区和泉町にある相模鉄道いずみ野線である。駅番号はSO34

いずみ野駅
Izumino station 20170423.jpg
駅舎(2017年4月)
いずみの
Izumino
SO33 弥生台 (1.1 km)
(2.2 km) いずみ中央 SO35
所在地 横浜市泉区和泉町5736
北緯35度25分46秒 東経139度29分42秒 / 北緯35.42944度 東経139.49500度 / 35.42944; 139.49500座標: 北緯35度25分46秒 東経139度29分42秒 / 北緯35.42944度 東経139.49500度 / 35.42944; 139.49500
駅番号 SO34
所属事業者 相模鉄道
所属路線 いずみ野線
キロ程 6.0 km(二俣川起点)
電報略号 イス゛
駅構造 地上駅
ホーム 島式 2面4線
乗降人員
-統計年度-
10,772人/日
-2020年-
開業年月日 1976年昭和51年)4月8日
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いずみ野管区として、南万騎が原 - 当駅間を管理している。

歴史編集

いずみ野線の計画は古くからあったものの、なかなか実現しなかった路線である。計画当初では現行の横浜市営地下鉄ブルーライン立場駅付近を通過するともいわれていたが、実際には北よりの丘陵地帯を通過した。開業前の当駅周辺は、東京電力京浜変電所産業廃棄物処分場などがある程度で、全く何もないといっていいほどの所であった。

年表編集

駅構造編集

掘割の中に島式ホーム2面4線を持つ橋上駅舎である。この駅舎は南北方向の自由通路の役割も兼ねている。改札内コンコースと各ホームの間には上下方向のエスカレーターが2基ずつ、エレベーターが1基ずつ、合わせて6基設置されている。ともに車椅子対応のものであるが、エスカレーターが前述のような仕様のためか、エレベーターの設置はいずみ野線の駅で最も遅かった(相鉄で最後に設置されたのは本線の希望ヶ丘駅)。発車標は2016年7月に新設された。また、駅には乗務員宿泊所が設けられている。

横浜寄りに両渡り線を有し、非常時には当駅での折り返し運転が実施されることもある。また、1番線が8両編成、4番線に10両編成がそれぞれ1本ずつ夜間滞泊し、4番線の列車は翌朝の当駅始発二俣川行きとなる。

2015年5月31日ダイヤ改正以降、当駅で特急と各停の緩急接続が設定され、昼間時は毎時1本ずつ各停が特急の待避を行っていた。2019年11月30日の改正でいずみ野線内における特急の設定が無くなったため、下りの緩急接続が無くなり、上りのみ平日朝に通勤特急と各停の緩急接続が3回、通勤特急と通勤急行の緩急接続が1回設定されていた。しかしこれも2021年3月13日改正で通勤特急の緩急接続が廃止されたため、現在上下線共に当駅での緩急接続は行われていない。なお、平日下り1本は1番線発の列車が設定されている。

ただし、輸送障害時に2・3番線が使えない場合は外側の1・4番線に発着し、その際には発車ブザーが鳴る。

当初の延伸計画は小田急江ノ島線長後駅での接続であった。しかし、同線との接続が南隣の湘南台駅に変更されたため、いずみ中央方面への線路は南側にカーブを描いている。

ギャラリー編集

のりば編集

番線 路線 方向 行先
1・2   いずみ野線 下り 湘南台方面
3・4 上り 横浜大和海老名二俣川のりかえ)方面・JR線直通西谷のりかえ)
  • 2・3番線が主本線で,1・4番線は待避線(副本線)である。なお、開業当時は1・2番線が主に留置線(日中まれに1・2番線からの発着もあった)として使用され、3・4番線が主に発着に使用されていた。


利用状況編集

 
1日あたり乗車人員の推移

2020年(令和2年)度の1日平均乗降人員10,772人である[2]。通勤特急の通過する両隣の弥生台駅いずみ中央駅よりも少ない。利用地区は泉区の他に瀬谷区阿久和南、同阿久和東阿久和西宮沢旭区善部町からの利用もある。

近年の1日平均乗降・乗車人員推移は下記の通り。

年度別1日平均乗降・乗車人員[3]
年度 1日平均
乗降人員[4]
1日平均
乗車人員[5]
出典
1980年(昭和55年) 7,896
1981年(昭和56年) 8,534
1982年(昭和57年) 9,340
1983年(昭和58年) 10,230
1984年(昭和59年) 10,734
1985年(昭和60年) 11,132
1986年(昭和61年) 11,526
1987年(昭和62年) 11,781
1988年(昭和63年) 12,296
1989年(平成元年) 12,882
1990年(平成02年) 10,499
1991年(平成03年) 10,432
1992年(平成04年) 10,644
1993年(平成05年) 10,660
1994年(平成06年) 10,381
1995年(平成07年) 10,139 [6]
1996年(平成08年) 9,868
1997年(平成09年) 9,468
1998年(平成10年) 9,187 [* 1]
1999年(平成11年) 18,451 8,957 [* 2]
2000年(平成12年) 17,469 8,549 [* 2]
2001年(平成13年) 17,322 8,501 [* 3]
2002年(平成14年) 16,921 8,340 [* 4]
2003年(平成15年) 16,497 8,120 [* 5]
2004年(平成16年) 16,058 7,911 [* 6]
2005年(平成17年) 15,670 7,721 [* 7]
2006年(平成18年) 15,468 7,622 [* 8]
2007年(平成19年) 15,310 7,593 [* 9]
2008年(平成20年) 15,395 7,643 [* 10]
2009年(平成21年) 14,944 7,421 [* 11]
2010年(平成22年) 14,500 7,212 [* 12]
2011年(平成23年) 14,055 7,007 [* 13]
2012年(平成24年) 14,050 7,003 [* 14]
2013年(平成25年) 14,181 7,073 [* 15]
2014年(平成26年) 13,939 6,959 [* 16]
2015年(平成27年) 14,033 7,019 [* 17]
2016年(平成28年) 13,971 6,978 [* 18]
2017年(平成29年) 13,969 6,976 [* 19]
2018年(平成30年) 13,962 6,979 [* 20]
2019年(令和元年) 13,753 6,891 [* 21]
2020年(令和02年) 10,772 5,391

駅周辺編集

いずみ野線の開通とともに森林原野を切り開く大規模な開発が行われ、横浜のベッドタウンとなった。駅の北側を中心にグリーンハイムと呼ばれる団地群が広がっているほか、一戸建て住宅も多い。逆にホテルや娯楽施設の類は一軒もなく、完全に地元住民向けの住宅地として発展している。しかし、沿線の緑園都市駅周辺などと比べると未開発の地域が多く、駅近くにもや空き地なども見られる。近年この空き地を開発して墓地が造成されたが、これに一部の住人や町内会が反対しており、家の軒先などにその旨のプラカードが掲げられている。

駅からいずみ野小学校までの間の道路沿いは、開業時に整備されたソメイヨシノによる並木道で、春には「桜のトンネル」として有名である。しかし、根の周囲の踏み固めや過度の剪定によって弱った上に、木材腐朽菌による病害が多発したために、大半のものを伐採しエドヒガン系の新品種へ植え替える作業が2008年頃より進んでいる。新品種はあまり大きくならず、電線と干渉しにくいとされ、剪定による衰弱の低減が期待されている。このほかにも北口を出た所には1本のケヤキヤマモモが植えられており、北口のバスロータリー移設工事で伐採されることもなく駅のシンボルになっている。

駐輪場は北口・南口側それぞれに設置されており、南口のものは屋根付きである。放置自転車が目立つことから、近年北口にも整備された。

泉区が戸塚区から分区した当時は、泉区役所も当駅が最寄り駅(約1.5km)であったが、後にいずみ中央駅が開業したため、そちらが最寄り駅となった。他の行政施設も同駅周辺に多いものの、図書館は当駅が最寄りになっている。

駅周辺再開発編集

北口には1977年8月に開業したショッピングセンターいずみ野フォンテ[7]があったが、2014年3月31日に営業を終了(一部店舗のみ同年6月まで継続)している[8]。その後、同年6月5日にはそうてつローゼンや銀行、ドラッグストア、眼科などが入る新たな商業施設「相鉄ライフ いずみ野」(第1期)を隣地にオープンした[9](※銀行は同月23日オープン[9]。また当駅周辺の再開発は、相鉄グループの成長戦略ロードマップ「Vision 100」でも掲げられている「いずみ野線沿線駅前街区リノベーション計画」の第一弾にあたる[10])。相鉄沿線で展開している相鉄ライフとしては7施設目に当たり、さらにいずみ野フォンテの跡地も再開発した上で、2016年8月31日ホームセンターカインズを核とした第2期部分が開業した[11]

主な周辺施設編集

北口編集

南口編集

バス路線編集

最寄りの停留所は、北口のロータリーにある「いずみ野駅」となる。かつては南口に発着する便もあったが、北口に統一され、南口は一般車両用とされた。また、北口についても1996年頃に再開発が行われて当初の位置とは異なっており、やや西に移設されている(元々の場所は現在駐車場)。なお、北口のロータリーにはタクシー乗り場もあるが、一般車両は進入禁止となっている。

2010年3月時点では以下の路線が乗り入れ、神奈川中央交通により運行されている。路線は南北方向と西方向の路線が充実しており、阿久和団地・いちょう団地・上飯田団地などの団地群へのアクセスは主にバスになる。かつては戸塚駅行など東方向へ行くものや、ドリームランド行なども運行されていた。

乗り場 系統 行先
1 い10・い11 上飯田車庫
立01 瀬谷駅
い12 下瀬谷
2 い06 いちょう団地循環
い07 中屋敷
い08 長後駅
3 い10・い12・立01 立場ターミナル
4 い04 三ツ境駅
い20 阿久和団地循環


駅名の由来編集

駅所在地の地名「和泉町」から、「いずみ野」となる(和泉町の地名の由来については「和泉町 (横浜市)#沿革」を参照)。なお、計画時の仮称は「和泉町」であった[12]

その他編集

相模鉄道では、テレビや映画などの撮影に鉄道施設を積極的に貸し出ししており、いずみ野駅でも駅施設を活用したシーンの撮影が行われることがある[13]。例えば南口側は比較的広いロータリーが整備されているが、バス等が一切乗り入れていないなど利用者が少ないのに加え、ロータリーから直接プラットホームを広く見渡せる構造となっているため撮影に好条件である。南口ロータリーと駅構内とを隔てるフェンスは、ロータリーからのホーム撮影に配慮し低めになっている。

隣の駅編集

相模鉄道
  いずみ野線
通勤特急(平日上りのみ運転)
二俣川駅 (SO10) - いずみ野駅 (SO34) - 湘南台駅 (SO37)
通勤急行(平日上りのみ運転)・快速・各駅停車
弥生台駅 (SO33) - いずみ野駅 (SO34) - いずみ中央駅 (SO35)

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 鉄道ジャーナル』第33巻第4号、鉄道ジャーナル社、1999年4月、 85頁。
  2. ^ 1日平均各駅乗降人員 (PDF) - 相模鉄道
  3. ^ 横浜市統計書 - 横浜市
  4. ^ レポート - 関東交通広告協議会
  5. ^ 神奈川県県勢要覧 - 神奈川県
  6. ^ 線区別駅別乗車人員(1日平均)の推移 - 26ページ
  7. ^ いずみ野フォンテ(株式会社相鉄ビルマネジメント:運営施設、2014年1月15日時点のアーカイブ〈Wayback Machine
  8. ^ いずみ野フォンテ 36年の歴史に幕 3月末で営業終了タウンニュース<泉区版> 2014年3月27日号)
  9. ^ a b 6月5日(木)、相鉄線いずみ野駅に商業施設「相鉄ライフ いずみ野」第1期をオープン 地域密着型商業施設として、地元農家の野菜を商品化するベーカリーカフェが出店 (PDF) (株式会社相鉄アーバンクリエイツ/株式会社相鉄ビルマネジメント 2014年5月27日)
  10. ^ 南万騎が原駅前再開発 相鉄アーバンが商業、住宅エリア整備(神奈川新聞:カナロコ 2015年1月17日)
  11. ^ 8月31日(水)、相鉄いずみ野線 いずみ野駅前に商業施設「相鉄ライフ いずみ野」第2期オープン (PDF) (株式会社相鉄アーバンクリエイツ/株式会社相鉄ビルマネジメント 2016年8月22日)
  12. ^ 鉄道ピクトリアル1973年11月号
  13. ^ 相鉄グループのロケーションガイド
神奈川県県勢要覧
  1. ^ 平成12年 - 225ページ
  2. ^ a b 平成13年 (PDF) - 227ページ
  3. ^ 平成14年 (PDF) - 225ページ
  4. ^ 平成15年 (PDF) - 225ページ
  5. ^ 平成16年 (PDF) - 225ページ
  6. ^ 平成17年 (PDF) - 227ページ
  7. ^ 平成18年 (PDF) - 227ページ
  8. ^ 平成19年 (PDF) - 229ページ
  9. ^ 平成20年 (PDF) - 233ページ
  10. ^ 平成21年 (PDF) - 243ページ
  11. ^ 平成22年 (PDF) - 241ページ
  12. ^ 平成23年 (PDF) - 241ページ
  13. ^ 平成24年 (PDF) - 237ページ
  14. ^ 平成25年 (PDF) - 239ページ
  15. ^ 平成26年 (PDF) - 241ページ
  16. ^ 平成27年 (PDF) - 241ページ
  17. ^ 平成28年 (PDF) - 249ページ
  18. ^ 平成29年 (PDF) - 241ページ
  19. ^ 平成30年 (PDF) - 225ページ
  20. ^ 令和元年 (PDF) - 225ページ
  21. ^ 令和2年 (PDF) - 225ページ

関連項目編集

外部リンク編集