お笑いマンガ道場

日本の中京テレビ制作のバラエティ番組

お笑いマンガ道場』(おわらいマンガどうじょう)は、日本テレビ系列局ほかで放送された中京テレビ製作の大喜利番組。製作局の中京テレビでは1976年4月11日から1994年3月27日まで放送。当初は中京広域圏を対象としたローカル番組であったが、後に全国ネットで放送されるようになった。毎年正月には「初笑いマンガ道場」の題名で特番が放送された。

お笑いマンガ道場
ジャンル バラエティ番組 / 大喜利
出演者 司会
桂米丸
柏村武昭
レギュラーパネラー
鈴木義司
富永一朗
車だん吉
エバ
秋ひとみ
川島なお美
森山祐子
エンディング 作曲:永作幸男
プロデューサー 山本孝義
国広忠久ほか
制作 中京テレビ
放送
音声形式 モノラル放送
放送国・地域 日本の旗 日本
放送期間 1976年4月11日 - 1994年3月27日
放送時間 記事末尾のテンプレートを参照
放送分 30分
回数 800以上
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出演者編集

司会者編集

桂米丸
落語家。初代司会者。番組スタートから1977年3月末まで1年間司会を担当。
柏村武昭
フリーアナウンサー。2代目司会者。1977年4月から最終回まで17年に渡り司会を担当。司会者就任時からマガドンがマスコットだった時期まではネクタイを締め、イラストが描かれたワッペン付きのブレザースーツを常に着用していた。後述する一部のコーナーではチアホーンを携帯し、回答者がイラストを描くのを始める時や良い答えが出た時等に鳴らしていた。年上の回答者に対しても一切妥協を見せず突っ込むスタンスで、ダジャレマンガでは回答者のボケをつぶすことも多かった。

レギュラー回答者編集

富永一朗
マンガ家。放送第1回目からのレギュラーメンバーで、最終回まで一度も休む事無く出演した。おっぱいネタや銭湯ネタが多い一方で、叙情的な作品(しばしば「綺麗な作品」と呼ばれた)や、手の込んだ2コマ作品(この時はフリップを2枚使うか、フリップの両面にマンガを描く)なども数多く披露した。
稀にではあるが、ゲストが1回戦で最初の作品を発表したあと柏村に振られ、作品について評価をすることがあった。
車だん吉
放送第1回目からのレギュラーメンバー。女性レギュラーと「おまけコーナー」の担当もしていた。本業はタレントだが画力は高く、後に「わんぱっくコミック」や「週刊漫画サンデー[1]で漫画連載まで持つことになる。富永と鈴木の推薦を受け、漫画家以外で(公社)日本漫画家協会の会員になった[2][3]
1985年春〜夏期にかけて腰痛の悪化で出演できなかった時期には、志垣太郎三波豊和のいずれかがピンチヒッターとして出演。
番組末期はメガネ(老眼鏡)をかけて出演していた[4]
エバ
ゴールデン・ハーフのメンバー。初代の女性レギュラーで、番組初回から1981年3月末まで出演。
鈴木義司
マンガ家。番組初期(第1回放送時には参加していない)からのレギュラーメンバー。蝶ネクタイがトレードマーク。マンガ中ではよく自身を「大金持ちの伊達男」として描きたがる見栄っ張りな一方、富永からは主に「土管に住む極度の貧乏人」として描かれていた。
秋ひとみ
2代目女性レギュラーで、当時はアイドル歌手としても活動していた。1981年4月から1982年9月末まで出演。
川島なお美
3代目女性レギュラー(4人の中では最も長く担当)で、1982年10月から出演。だん吉をいじるネタをよく描いていたが、稀に柏村[5]・鈴木・富永もネタにする事があった。降板が決定した1989年に時代劇の撮影のため乗車したロケバスが谷底に転落する事故で負傷したことから、急遽、週替わりで女性タレント(吉川十和子(現・君島十和子)等)がピンチヒッターを務め、そのまま復帰せずに同年9月末で降板となった。
森山祐子(現・森山ゆうこ)
1989年10月から最終回まで出演した4代目女性レギュラー。かわいい絵を描いていた一方、ゴジラやだん吉の鼻の穴のネタもよく描いていた。また、かなりの音痴だった為に柏村やだん吉からその事をよくネタにされていた(その為、森山自身もこの事を自虐ネタにしていた)。

他に毎回ゲストが1名(『初笑いマンガ道場』等の特番や、コンビでの出演で2名以上の場合もあり)出演。中京テレビ製作のため鈴木孝政など中日ドラゴンズの選手(特に人気選手はテレビ・ラジオ出演の機会が増えることと収録時期がシーズンオフであるため)がゲスト出演した回もあった。なお、回答者の席順でゲストが1名の場合は左から鈴木、女性レギュラー、だん吉、ゲスト、富永。ゲストが2名の場合は鈴木、ゲスト、女性レギュラー、だん吉、ゲスト、富永[6]。また一時期には合間にゲストの歌手による歌のコーナーが設けられていた。

歴代ゲスト一覧編集

太字は最多出演回数となっている。

マスコットキャラクター編集

マガドン
秋がレギュラーの頃から番組絶頂期までのマスコット。アダムスキー型のUFOに顔と手が付いた姿で、オープニングのアニメや女性アシスタントが着用するシャツの絵柄等として登場した。最初は名前が無かったが、視聴者からの公募により「マガドン」と命名された。りゅうのすけが登場してから暫くもオープニングや柏村の服のワッペンでその存在は確認された。
りゅうのすけ
番組後期に登場した2代目マスコットで、サスペンダーの付いた緑色のズボンを着用するピンクのワニのキャラクター。名前は先代と同じく視聴者公募作から選ばれたが、こちらは着ぐるみ姿で番組中にも登場し、ポンプで風船を膨らませる等のアシスタント業務を行う活動的なキャラクターだった。また、非売品グッズも制作され、食器や後述で紹介される灰皿等があった。

番組の基本形式編集

番組一本分で基本3つのコーナー(各問題が「○回戦」とされる)と、おまけコーナー等で構成されていた。司会から「お題」を発表・例題のマンガを発表した後に、出演者がフリップボードに黒と赤のマジックペン(出題によっては道具等を使用しながら)でマンガを描き、描き上がったら挙手をして発表する、というのが基本的な形式であった。番組後半は、司会者がもっとも面白いと思った回答を描いた人にポイントが加算されるコーナーもあった。放送回によってはこの基本システムが崩れ、コーナー構成が1〜2回戦だけの時や4回戦があったりする時もあった。 コーナーの代表的な出題例としては、以下に記すものがあげられる。

ひらめきスピードマンガ
毎回あるテーマが与えられ、頭に「○」がつくものをみんなで黒のマジックペンを用いて1枚のボードに描き上げるもの(例:長いもので頭に「す」がつくもの、お母さんに関するもので頭に「じょ」のつくもの、食べ物で頭に数字の「1」(ワン)から始まるものとは何か?など)。描いたイラストの内容が良ければアシスタントからレイを贈呈される(そのレイをかけている状態で描いたイラストの内容が悪いと、柏村から没収されてしまう[13]ルールの回もあった)。
書く位置は上段左に鈴木、上段右にだん吉、下段左に女性レギュラー、下段中に富永、下段右にゲスト。
ダジャレマンガ
テーマの項目を使って、ダジャレのマンガで発表するもの(例:地名、国名、食べ物など)。ダジャレの判定については、面白くて内容が良ければ「ピンポン」とチャイムが鳴るが[14]、内容が悪くて面白く無ければ「ブー」とブザーが鳴る[15]。一時期はボードに貼られた似顔絵の数を競う形式の「ダジャレ・パネルマッチ」や、後述する替え歌マンガの要素を取り入れた形式の「ダジャレのど自慢」等の派生コーナーも行われていた。食べ物のお題の時はチャイムが鳴るとダジャレに使用した料理を食べる事が可能な回もあった。
恐怖のしりとりマンガ
徐々に膨らんでゆく風船が自分の出番で破裂しないように気を付けて、回答者たちが1人ずつ交代しながらあるテーマの内容に沿って「しりとり」でマンガを描いていくゲーム。初期はボードに付いた風船が破裂すれば終了だったが、のちに風船が付いたバトンを持ちながらマンガを描き、描き終わったらバトンを次の回答者に渡す形式へ変更された。
替え歌マンガ
童謡や有名な曲の替え歌を作ってマンガで発表するもの。サビの部分を替え歌にし、それからどうなったかなどをマンガで発表するものと、行ごとの最後の音で始まる言葉を共通のテーマでマンガに描いて歌いながら発表するものと、1枚のボードに一曲丸ごと替え歌で歌いながらマンガを描いて発表するものがあった。
しりとり落書きマンガ
大きなボードの真ん中にあらかじめ絵が描いてあり、その言葉を起点にしりとりで関係あるものを周囲に描いていく。描く順番は決まってなく、思いついたら挙手をして、指名されたら描く。
感じる伝達マンガ
番組中期にあったコーナーで、いわゆる「お絵かき伝言ゲーム」である。全員が無地の白のTシャツを着用し、柏村が第一回答者の背中に絵を描き、その感覚を頼りに次の回答者の背中に描いていき、アンカーがボードに描く。
スピード絵クション
特番時やゲストが2名以上登場した時に行われる事が多かった、2チームによる対抗戦のコーナー。チームの代表者の1人が与えられたお題の絵を描き、他の人が解答する[16]。制限時間は30秒で、時間切れになるとボードに付いた風船が割れてしまう。
「大変だ!」シリーズ
番組後期の第3回戦でよく行われていたコーナーで、ゲスト回答者とは別のゲスト(主に劇団東京ヴォードヴィルショー所属の若手俳優が多かった)と回答者がさまざまなシチュエーションで「大変な出来事」のやり取りを行ってから、回答者がオチをマンガで発表する。
「オー!ミステイク」シリーズ
番組後期の第1回戦でよく行われていたコーナー。回答者はある出来事で失敗してしまった外国人に扮し、「オー!ミステイク」と言ってからその失敗をマンガで発表する。
色々な物を組み合わせると
いろいろな物の組み合わせを見つけ、マンガで発表するもの。穴の空いたフリップに色々な物を通したり、フリップに直接いろいろな物を貼りつけたりした後でフリップの余白部分に絵を描きこむ。
コラージュまんが
番組最末期の第2回戦として毎週実施された。視聴者からのアイデアによるお題の道具を使用しつつマンガを描く。テーマは絵文字形式で発表された。最末期以前にも不定期で行われており、当時は回答者がワッペンを貼って[17]マンガを描いていた。
素人マンガ道場(番組中期に終了)
視聴者の投稿の中から富永と鈴木が厳正に審査して選んだ5つの入選作(今回のノミネート作品)を柏村が1つずつ紹介していき、富永と鈴木が描き方や場面構成等の添削指導を行う。そして、入選作の中から1作品「アイデア賞」(今回の最優秀賞)を決定し、選ばれると記念品または賞金が贈られた。また、「アイデア賞」(今回の最優秀賞)の中から年に1回「素人マンガ大賞」(年間最優秀賞)も行われていた。
おまけコーナー(番組最末期に廃止)
番組最後の視聴者投稿コーナーで、だん吉と歴代の女性レギュラーが担当(いずれかが欠席の場合には鈴木か富永が代理を務めた)。
  • 番組中期までは不定期的に「素人マンガ道場」で入選作(今回のノミネート)から漏れた中(今回の選外作)からだん吉の独断と偏見で面白いと思った作品を選び、それを紹介(今回のブービー賞)して「おまけ」をプレゼントしていたが、そのおまけは殆どの場合が投稿者が喜びそうにないような「しょうもない物」だったため、申し訳なさそうにだん吉が「もらって下さいませ〜」等と締めるのが恒例になっていた。
  • 「素人マンガ道場」廃止後または「素人マンガ道場」がないときはレギュラー出演者の似顔絵紹介やふつおた(普通のお便り)等となり、ふつおたの内容によってはゲストや富永・鈴木とのトークに発展する。
  • 末期には「今週のイッチャンヨッチャン」という内包コーナーがあった。
  • おまけコーナーが終了した最末期はマンガを描いている時のVTR早回し時に視聴者から送られたレギュラー出演者の似顔絵が紹介され、イラストが紹介された視聴者にはりゅうのすけのイラスト入り灰皿がプレゼントされていた。
なつかし写真館(最末期)
番組終了決定と同時に新設されたコーナー。主に番組開始当時に撮影されたレギュラー出演者の写真を紹介しており、柏村の「オープンザカーテン」の掛け声で写真が登場していた。森山の写真には弟も写っていた。
番組で生み出された作品となるフリップボードが多数中京テレビの倉庫に保管されており、一部がスタジオに持ち込まれた上で紹介された。
鈴木 VS 富永
番組中での鈴木と富永はライバル同士で、回答にかこつけて互いをこき下ろすネタが毎回のように見られた。内容としては以下のようなもの。
  • 富永が鈴木を主に「土管に住んでいるやせた貧乏人」として描く。特徴的なモジャモジャ頭は鳥の巣になっていたりする。たまに富永自身が登場して土管に入った鈴木と絡んだり、鈴木とそっくりな妻(常に両胸が露出していた姿で描かれていた)や子供も登場[18]して一緒に土管へ住んだり鈴木と共に行動する絵も描かれる。銭湯の煙突やちくわ(料理番組を題材にしたお題で、「ちくわにはちくわ虫(顔が鈴木の架空の虫)がいることがあるので注意してください」という作品)、廃坑になった鉱山の穴など、土管以外の筒もしくは穴状の物に住んでいる場合[19]もある。怪生物「アホウドリ(実在する同名の鳥ではなく、顔が鈴木の架空の鳥)」や「バカメ(顔が鈴木のカメ)[20]」等として描かれることもあった。
  • 鈴木が富永を「お化けナマコ」(おまけコーナーで鈴木が視聴者へ描き方を教えた事があった他、イラストコンテストも実施された)や「オオサンショウウオ[21]・「ウスバカカゲロウ」・「タラバカガニ」などの怪生物として描く。また、自身は「西洋の城のような大きな洋館に住み、人の集まる場所で頻繁にお札をばら撒く金持ち」として描き、対比させる形で富永を「よくゴミを漁っている、デブの恵まれない人」として描くこともある。
  • 富永が鈴木のお金持ちネタを逆手にとって鈴木のばら撒くお金を「800円と書かれた偽札」、鈴木の自宅を「ただのハリボテ」・「テレビドラマ撮影用セットのように持ち運び可能」として描くこともある。
  • 互いに相手を覗き、痴漢などの行為を働く変質者として描く。ほとんどの場合、被害者の女性に成敗されたり警察官に逮捕されるオチが付く。
  • ネタの後は相手の顔(鈴木は苦笑、富永は怒り顔)がズームアップ(マンガを描いている最中の表情がズームアップされる場合や、ネタの後の画面が切り替わった時点で既にズームアップしている場合もある)で映し出される[22]。その後、こき下ろした相手[23]をさらに上回るネタで反撃に出ることも多い。また、富永は鈴木にこき下ろされた時にダメ出しをすることがある。
  • 番組後期にはだん吉も加わり(巻き込まれ)、鈴木や富永からゴリラとして描かれる(川島もレギュラー時にだん吉をよくゴリラとして描いていた。富永からは稀に鈴木同様土管に住んでいる人や、便器として描かれたこともあった)一方でだん吉が鈴木を「イヤミな大金持ち」、富永を「いじめられている変態[24]として描くなど三つ巴のこき下ろし合いに発展した。時には司会者の柏村までもが垂れ目をネタにこき下ろされた。
  • 最末期はさらにエスカレートして富永が鈴木(貧乏人)・だん吉(ゴリラ)・柏村(垂れ目)を3人まとめてこき下ろすネタも見られるようになり、3人を「薄馬鹿トリオ」と呼んだこともあった。当然、このときは3人連続でズームアップ映像が流れる。その後、柏村は富永に対して必ずダメ出し[25]をしていた。
番組上ではいがみ合っていた鈴木と富永の2人であったが、実際は数十年来の仲のいい親友[26]であった(詳細は鈴木義司富永一朗の項を参照)。
だん吉 VS アシスタントetc.
だん吉が歴代女性アシスタントの顔の特徴(アゴ長、でこっぱち、キツネ顔など)をネタにした作品を描き、それに対してアシスタントがその特徴を象ったハンマーの小道具で制裁する(富永もアシスタントをネタにしてだん吉同様制裁された事がある他、柏村もだん吉の指示によりアシスタントに制裁されたことがあった)という流れも中期まで番組内でよく見られた(だん吉が「女性レギュラーは自分に惚れ込んでいる」等と回答して隣にいる本人から叩かれるという場合もある)。
川島がレギュラー時のキツネ顔のネタの後には、キツネが×印を出したイラストが描かれているシールがだん吉のネームプレートの横に貼られていた(その後はだん吉の「3枚貯まると…?」と言うセリフに続いて、川島が「キツネの国へご招待!」と言うのがお約束だった)。
だん吉はりゅうのすけも稀にネタにしていた為、怒ったりゅうのすけがだん吉相手に体を押し付けてきた事もあった。
江藤博利考案の怪生物
ずうとるびのメンバーである江藤博利はゲスト回答者として出演時、何かの生物を描くお題になった時には自分が考案した足の部分に波を描いた怪生物を描き、それをその生物だと言い張るのがお決まりになっていた[27]

放送局編集

系列は現在の系列。
放送対象地域 放送局 系列 備考
中京広域圏 中京テレビ 日本テレビ系列 製作局
北海道 北海道文化放送 フジテレビ系列 途中打ち切り[28]
札幌テレビ 日本テレビ系列 1985年4月から
青森県 青森テレビ TBS系列
青森放送 日本テレビ系列 1991年10月から
岩手県 テレビ岩手
秋田県 秋田放送 日本テレビ系列 不定期放送
山形県 山形放送
宮城県 ミヤギテレビ 1976年11月から1977年3月までは、日曜 12:15 - 12:45に放送[29]
1978年10月から新番組扱いで放送再開。
1978年10月から1989年9月までは、土曜 14:00 - 14:30に放送[30]
1989年10月から1994年3月の番組終了までは、土曜 17:30 - 18:00に放送[31]
福島県 福島中央テレビ 1976年8月開始。
放送開始から1977年3月までは、土曜 15:00 - 15:30 → 土曜 15:30 - 16:00に放送[32]
以後不定期放送を挟んで1981年7月に新番組扱いで放送再開。
時間帯は、土曜 15:30 - 16:00(1981年7月 - 1985年8月)[33] →
土曜 12:30 - 13:00(1985年11月 - 1986年9月)[34] →
土曜 18:00 - 18:30(1986年10月 - 1989年9月)[35] →
土曜 18:30 - 19:00(1989年10月 - 1993年3月)[36] →
土曜 12:30 - 13:00(1993年4月 - 1994年3月)[37]
関東広域圏 東京12チャンネル テレビ東京系列 現:テレビ東京
1980年3月まで
日本テレビ 日本テレビ系列 1980年10月3日から金曜 17:30 - 18:00で開始
山梨県 山梨放送
新潟県 新潟放送 TBS系列 1977年4月から1978年9月まで、日曜 17:00 - 17:30に放送[38]
テレビ新潟 日本テレビ系列 1981年3月のサービス放送開始から、番組終了まで。日本テレビと同時放送。
長野県 信越放送 TBS系列 1978年時点は、日曜 18:00 - 18:30に放送[38]
テレビ信州 日本テレビ系列
静岡県 静岡放送 TBS系列
テレビ静岡 フジテレビ系列
静岡けんみんテレビ テレビ朝日系列 現:静岡朝日テレビ
静岡第一テレビ 日本テレビ系列
富山県 北日本放送 1982年4月22日ネット開始[39][40]
石川県 北陸放送 TBS系列 1978年時点で既に放送[41]
一時中断後、1982年4月1日に再度ネット開始[42]
テレビ金沢 日本テレビ系列
福井県 福井テレビ フジテレビ系列
福井放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
1980年10月3日ネット開始[43][44]
近畿広域圏 読売テレビ 日本テレビ系列 [45]
京都府 近畿放送 独立協 現:KBS京都
読売テレビと並行放送
兵庫県 サンテレビ 読売テレビと並行放送
和歌山県 テレビ和歌山
鳥取県
島根県
日本海テレビ 日本テレビ系列 当初は山陰放送と2局放送、後に日本海テレビに一本化[46]
山陰放送 TBS系列
広島県 広島テレビ 日本テレビ系列 最初の2回は同時ネット[47]、その後数回単発で放送後[48]、レギュラー編成開始時期は不明
山口県 テレビ山口 TBS系列
山口放送 日本テレビ系列
徳島県 四国放送
岡山県
岡山県・香川県
テレビ岡山 フジテレビ系列 現:岡山放送
1979年3月までの放送エリアは岡山県のみ
香川県→
香川県・岡山県
西日本放送 日本テレビ系列 1983年3月までの放送エリアは香川県のみ
愛媛県 テレビ愛媛 フジテレビ系列
高知県 テレビ高知 TBS系列
高知放送 日本テレビ系列
福岡県 RKB毎日放送 TBS系列
福岡放送 日本テレビ系列 1980年10月4日から土曜14:00 - 14:30で開始
長崎県 長崎放送 TBS系列
テレビ長崎 フジテレビ系列
長崎文化放送 テレビ朝日系列
長崎国際テレビ 日本テレビ系列
熊本県 熊本放送 TBS系列
くまもと県民テレビ 日本テレビ系列
大分県 大分放送 TBS系列
宮崎県 テレビ宮崎 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
宮崎放送 TBS系列
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列
鹿児島読売テレビ 日本テレビ系列 同局の開局前のサービス放送の時期に、最終回のみ放送された。
沖縄県 沖縄テレビ フジテレビ系列
琉球放送 TBS系列

ネット局に関する備考編集

番組放送開始当時、中京テレビは既に日本テレビ系列のフルネット局であったにもかかわらず、関東では東京12チャンネル(現・テレビ東京)で放送されていた。当時中京テレビはまだ系列局の無かった12チャンネルの番組を優先的に放送しており、12チャンネルも中京テレビの番組を受けていた。近畿地方では、独立UHF局の一部でもこの番組を放送しており、一時期は読売テレビと同時期放送だったことがある。

1980年3月で東京12チャンネルのネットが打ち切られ、一旦関東圏では放送されなくなっていたが、同年10月からは日本テレビでネットされ最終回まで放送された。日本テレビでの放送時間は1年から5か月の間隔で金曜と木曜の17時台を激しく行き来し、同じ曜日でも17時台前半と後半を行ったりきたりしていた。1986年10月からは木曜夕方に定着し最終回まで放送されたが、その後も前半30分と後半30分の移動はあった。

北海道では東京12チャンネルにネットされていた時は東京12チャンネルと関係が深かった北海道文化放送がネットしていた。日本テレビへのネットチェンジのため、UHBはネット打ち切り。その後、北海道でも日本テレビ系列の札幌テレビへ放送が移り、1985年4月6日から再スタート。静岡県福井県長崎県宮崎県では既存民放全局で放送されている。

スタッフ編集

  • テーマ作曲:永作幸男
  • 例題のマンガ:かすやたかひろ
  • 構成:大岩賞介、こじま琢麿、城啓介、高橋秀樹清水東村松利史、高橋等、三谷幸喜今村良樹、樋口弘樹ほか
  • アシスタント:山田まさこ、つげ香奈子、星島みき子、中村理佐ほか
  • りゅうのすけSTAFF:フェスタ・オフィス
  • コーナータイトル:西沢勝利、三橋寛、小守克彦
  • 制作協力:エーワンコーポレーション
  • ディレクター:伊藤眞、山本たかよし、石黒至慶夫、足立晋作、渡部宏明、大西昌良、中川功、福田佐和子(CTV)、中村準一(nexus)ほか
  • プロデューサー:山本孝義、福田信郎、瀬古隆司、福田俊哉、国広忠久(CTV)ほか
  • 製作・著作:中京テレビ

雑記・その他編集

  • 番組の収録は当初、名古屋市昭和区の中京テレビ本社(当時)のスタジオで行っていたが、後期には諸事情から東京都中央区浜町スタジオへ変更した。ただし、番組最終回に限っては中京テレビ本社(当時)のスタジオで収録を行った。
  • 番組タイトルのロゴは最終回までに4回変更されている(初代:顔と「お笑いマンガ道場」の文字が描かれた入道雲→2代目:初代に近い姿の入道雲だが、「マンガ道場」の文字の部分が黄色い→3代目:ピンク色で「お笑いマンガ道場」と描かれているロゴ→4代目:3代目と同じロゴだが、「マンガ道場」の部分が緑色)。
  • 番組初期は回答者がマンガを描くシーンを早回しせずに放送していた他、柏村がこの場面で視聴者から来た投書を読む事があった。
  • 鈴木は1986年に発表したエッセイ『縮緬雑魚(ちりめんじゃこ)の散歩』の中で、商業をしている知人から「(番組内でやっているお金持ちネタを)商売繁盛の為に描いて欲しい」と頼まれていた事を明かしている[49]

関連商品編集

  • スーパーギャグ500 お笑いマンガ道場 - 1979年集英社から刊行。番組内で例題のマンガ等を手掛けていたかすやたかひろがイラストを担当。
  • 名古屋の歌だがね 〜名古屋開府400年記念CD〜 - 2010年キングレコードから発売されたCDで、永作幸男による番組テーマ曲が収録されている。

脚注編集

  1. ^ 師である萩本欽一との「コント57号」名義での作品、『欽ちゃんの4コマ漫画おまけ付き!』の作画を担当。
  2. ^ 著名人が語るおばあちゃんの知恵袋”. 2017年7月25日閲覧。
  3. ^ 他に漫画家以外では林家木久扇(当時:(初代)林家木久蔵)が会員になっている。
  4. ^ その後も富永や森山などがだん吉をこき下ろすときは裸眼だった。
  5. ^ 柏村のネタをする際には、柏村の妻をよく登場させていた。
  6. ^ 森山がレギュラー加入後は鈴木、森山、だん吉、ゲスト、ゲスト、富永と言う席順の回もあった。
  7. ^ 後に構成作家として番組に参加。
  8. ^ 1991年の800回記念特番時にVTRで出演し、マンガを披露した。
  9. ^ 女性ゲスト枠で首位。
  10. ^ ネプチューン結成前の堀内健原田泰造によるコンビ。
  11. ^ 石塚英彦は後述する「大変だ!」シリーズの相撲部屋編に、親方役でゲスト出演した事があった。
  12. ^ 男性ゲスト枠で首位。
  13. ^ これは鈴木に多く、一文字違いやダジャレで発表していた(恐怖のしりとりマンガでも同様の事をしていた)。レイがない場合メガネを没収されたこともあった。
  14. ^ ダジャレのど自慢の時はチューブラーベルで合格の鐘(『NHKのど自慢』のアレンジバージョン)が鳴っていた。
  15. ^ ダジャレのど自慢の時はチューブラーベルで鐘がひとつだけ鳴っていた。
  16. ^ 解答権は挙手制で、尚且つ柏村から指名された時点となっている。
  17. ^ だん吉はコーナー終了後に余ったワッペンを自身のシャツによく貼っていた。
  18. ^ 一家のペットとして、鈴木の顔をしたヘビが登場した事もあった。
  19. ^ それ以外の稀なケースとして、ゴミの山の中に住む鈴木を見た富永が鼻をつまむ作品(ダジャレマンガの寄せ鍋のお題で具の一つだった白菜にちなんだ、「はっ、臭い!」と言うダジャレ)が描かれた事もあった。
  20. ^ 鈴木の顔がワカメの「バカメ」もあった。
  21. ^ 富永だけでなく、その家族もオオサンショウウオとして描かれた事もあった。
  22. ^ 富永がおっぱいのネタを描いた場合は、女性レギュラーの困惑した表情がよくズームアップされていた。
  23. ^ 稀に柏村からこき下ろされたネタで指名されることがある。
  24. ^ この場合以外でも稀にだん吉は富永をこき下ろすネタを描く事があり、ネタの内容に怒った富永から追いかけられた事もあった。
  25. ^ 稀にではあるが、だん吉と鈴木もダメ出しをすることがあった。
  26. ^ 富永が鈴木を自宅に居候させたり、鈴木が生活に困った富永を助けるなど、友達思いのネタを描くこともあった。
  27. ^ 江藤はレギュラー出演していた『三波伸介の凸凹大学校』のコーナー「エスチャー」でも、この「怪生物」をしばしば登場させていた。それを描かせるため、江藤のお題にはほぼ必ず動物名が入っていた。
  28. ^ 途中、放送されていなかった時期もあったほか、プロ野球中継の関係で放送されなかった週もあった。
  29. ^ 福島民報』1976年11月7日 - 1977年3月27日付朝刊、テレビ欄。
  30. ^ 『福島民報』1978年10月7日 - 1989年9月30日付朝刊、テレビ欄。
  31. ^ 『福島民報』1989年10月7日 - 1994年3月26日付朝刊、テレビ欄。
  32. ^ 『福島民報』1976年8月7日 - 1977年3月5日付朝刊、テレビ欄。
  33. ^ 『福島民報』1981年7月4日 - 1985年8月31日付朝刊、テレビ欄。
  34. ^ 『福島民報』1985年11月2日 - 1986年9月27日付朝刊、テレビ欄。
  35. ^ 『福島民報』1986年10月4日 - 1989年9月30日付朝刊、テレビ欄。
  36. ^ 『福島民報』1989年10月14日 - 1993年3月27日付朝刊、テレビ欄。
  37. ^ 『福島民報』1993年4月3日 - 1994年3月26日付朝刊、テレビ欄。
  38. ^ a b 日刊スポーツ』1977年4月17日 - 9月24日付テレビ欄。
  39. ^ 当初は木曜17:00 - 17:30の放送であったが、1984年4月1日より日曜12:30 - 13:00に移動し最終回まで放送
  40. ^ 富山新聞』1982年4月22日付、1984年4月1日付各朝刊テレビ欄より。
  41. ^ 『北國新聞』1978年5月14日付朝刊テレビ欄より。
  42. ^ 『北國新聞』1982年4月1日付朝刊テレビ欄より。
  43. ^ 当初は金曜 17:25 - 17:55に放送されていた
  44. ^ 『北國新聞』 1980年10月3日付朝刊テレビ欄より。
  45. ^ 1976年10月2日放送開始。当初は土曜16:30 - 17:00に放送された(出典:産経新聞・岡山版、1976年10月2日、テレビ・ラジオ欄)。その後は自局のローカル番組との兼ね合いから10回以上オンエア時間の変更があった。最末期は土曜日の朝7時台の放送であった。
  46. ^ 日本海テレビでは日本海信販(現:エヌケーシー)をスポンサーとし「信販ファミリーアワー」というサブタイトルが付いていたため、17時59分55秒から5秒間サブタイトルの静止画を映した後、中京からのマイクロネットに切り替えていた。したがって厳密には17:59 - 18:30の番組であったが、NKTの番組表でも新聞でも18:00からの扱いとなっていた。
  47. ^ 4月25日から『忍者キャプター』を放送。
  48. ^ 中国新聞、1976年4月11日(20面)、4月18日(20面)、1977年4月3日(24面)、テレビ・ラジオ欄
  49. ^ 『縮緬雑魚の散歩』(1986年7月12日刊、読売新聞社)、P94〜95より
中京テレビ 日曜12:45 - 13:15枠
前番組 番組名 次番組
お笑いマンガ道場
(1976年4月 - 1977年3月)
コンチキ署特捜班
※土曜14:00枠から移動
中京テレビ 土曜18時台前半枠
お笑いマンガ道場
(1977年4月 - 1989年9月)
NNNニュースプラス1
※土曜18:30枠から移動 → 18:00 - 18:20
中京テレビNEWS
※土曜18:50枠から移動 → 18:20 - 18:30
中京テレビ 土曜18時台後半枠
NNNニュースプラス1
※18:30 - 18:50 → 土曜18:00枠へ移動
中京テレビNEWS
※18:50 - 19:00 → 土曜18:20枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1989年10月 - 1993年3月)
モグモグGOMBO
※これより日本テレビ系全国ネット枠に移行
中京テレビ 日曜11時台前半枠
お笑いマンガ道場
(1993年4月 - 1994年3月)
皇室グラフィティ
※日曜5:45枠から移動
東京12チャンネル 土曜18時台前半枠
前番組 番組名 次番組
プロフットボール・アワー
※日曜9:30枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1977年7月 - 1977年9月)
新ドン・チャック物語
※金曜19:30枠から移動
東京12チャンネル 日曜12時台前半枠
記者会見
※日曜12:30枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1977年10月 - 1978年3月)
青春の日本列島
※水曜22:30枠から移動
東京12チャンネル 金曜16時台後半枠
歌謡曲
※16:30 - 16:45
旅への誘い
※16:45 - 17:00
お笑いマンガ道場
(1978年4月 - 1978年9月)
映画
※15:30 - 16:55
番組案内
※16:55 - 17:00
東京12チャンネル 土曜18時台前半枠
深海の謎
※土曜17:30枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1978年10月 - 1979年3月)
東京12チャンネル 土曜12時台後半枠
お笑いマンガ道場
(1979年4月 - 1979年9月)
青春の日本列島
※日曜12:00枠から移動
東京12チャンネル 金曜8時台後半枠
ジャンボゴリラの大冒険(再放送)
※月曜 - 金曜 → 月曜 - 木曜
お笑いマンガ道場
(1979年10月 - 1980年3月)
みつばちマーヤの冒険
※月曜 - 木曜 → 月曜 - 金曜

※1980年4月から9月までは関東地方での放送無し

日本テレビ 金曜17時台後半枠
前番組 番組名 次番組
タイガーマスク(再放送)
※月曜 - 金曜 → 月曜 - 木曜
お笑いマンガ道場
(1980年10月 - 1982年4月)
日本テレビ 金曜17時台前半枠
読売新聞ニュース
※17:00 - 17:10 → 15:50 - 16:00
マイスタ芸能ワイド!!
※17:10 - 17:30
お笑いマンガ道場
(1982年4月 - 1982年9月)
日本テレビ 木曜17時台後半枠
巨人の星(再放送)
※月曜 - 木曜 → 月曜 - 水曜
お笑いマンガ道場
(1982年9月 - 1982年12月)
はいからさんが通る(再放送)
※月曜 - 水曜 → 月曜 - 木曜
日本テレビ 金曜17時台前半枠
魔境伝説アクロバンチ
お笑いマンガ道場
(1983年1月 - 1985年3月)
サスペンス傑作劇場(再放送)
※16:00 - 17:55
日本テレビ 木曜17時台前半枠
六神合体ゴッドマーズ(再放送)
※月曜 - 木曜 → 月曜 - 水曜
お笑いマンガ道場
(1985年4月 - 1985年10月)
ハゼドン
※月曜 - 木曜
日本テレビ 金曜17時台前半枠
サスペンス傑作劇場(再放送)
※16:00 - 17:55
お笑いマンガ道場
(1985年10月 - 1986年9月)
日本テレビ 木曜17時台前半枠
デビルマン(再放送)
※月曜 - 木曜
お笑いマンガ道場
(1986年10月 - 1987年10月)
魔法の妖精ペルシャ(再放送)
※月曜 - 水曜 → 月曜 - 木曜
日本テレビ 木曜17時台後半枠
お笑いマンガ道場
(1987年10月 - 1988年3月)
欽きらリン530!!
※月曜 - 金曜
日本テレビ 木曜17時台前半枠
とんでけグッチョンパ
※月曜17:00枠へ移動
お笑いマンガ道場
(1988年4月 - 1994年3月)
新ど根性ガエル(再放送)