さよならのあとで

さよならのあとで」はジャッキー吉川とブルー・コメッツの楽曲である。

さよならのあとで
ジャッキー吉川とブルー・コメッツシングル
初出アルバム『ベスト・オブ・ブルー・コメッツ』
B面 小さな秘密
リリース
規格 シングルレコード
ジャンル 歌謡曲
時間
レーベル 日本コロムビア
作詞・作曲 作詞:橋本淳
作曲:筒美京平
チャート最高順位
  • 週間3位(オリコン
  • 1969年度年間43位(オリコン)
ジャッキー吉川とブルー・コメッツ シングル 年表
草原の輝き
1968年
さよならのあとで
(1968年)
雨の赤坂
(1968年)
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1968年10月に、コロムビアの洋楽レーベル『L盤』より発売された。ブルー・コメッツが「脱GS宣言」を行った後の初のシングル盤。橋本淳作詞、筒美京平作曲・編曲。

目次

解説編集

一番若い三原綱木をメインボーカルに据え、それに井上忠夫のボーカルが絡む形になっている。井上は曲の最後にセリフも入れている。

オリコンのヒットチャートで最高で3位を記録、当時レコードの売れ行きが鈍っていた同グループにとって久しぶりのヒット作となった。

後年のグループ・サウンズ史においては『GS歌謡曲化の尖兵』と位置付けられ、ある種の「戦犯」のような扱いを受けることも少なくない。「問題の曲」「これ(本作)以降ブルコメをGSとして紹介するのが忍びない」などと、なかには糾弾するかのような言い方[1]もある。

この路線転向に関して、後年ブルー・コメッツの元メンバー[誰?]は「ブルー・コメッツはGSばかりにカテゴライズされるものではない。エレキサウンドが流行った頃は『エレキバンド』と言われ、その前にフォークが流行った頃は『フォークグループ』と言われてきた。時代によって呼ばれ方や捉え方が違っていたのだから」と語っている。

なおこの作品より、日本コロムビアからCBSレーベルが離脱(正確には1968年6月をもっての原盤契約終了)したため、「(洋楽レーベルとしての)COLUMBIA」(L盤)の日本ローカル盤からのリリースとなった[2]

本作は中身こそ歌謡曲だが、レコードの分類上はポピュラーソングに属する形のため、当時のコロムビアのラジオ番組「L盤アワー」では、「サイモン・セッズSimon Says)」や「グリーン・タンブリンGreen Tambourine)」といったコロムビアから発売された洋楽と並んで、本作「さよならのあとで」が紹介されていた[3]

収録曲編集

※両曲とも作詞:橋本淳/編曲:筒美京平

#タイトル作詞作曲時間
1.「さよならのあとで」 筒美京平
2.「小さな秘密」 高橋健二
合計時間:


収録アルバム編集

カバー編集

コラボレーション編集

  • 綱木&真里(2014年) - シングル「52階のスカイクラブ」のカップリング曲として収録。
三原綱木と杉真里によるデュエット・シングル。

脚注編集

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  1. ^ こういった表現は、GS研究家として活動していた黒沢進の著作(徳間書店・刊『熱狂!GS図鑑』など)に多くみられた。
  2. ^ 1968年7月にCBS・ソニーレコード(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ))が業務を開始した際、同社は米コロムビアと日本コロムビアの原盤契約を根拠に、当時のCBSコロムビアレーベルに所属した邦人アーティストが、全員自動的にCBS・ソニーに所属すると公表した。しかしその後、改めて原盤契約の条項の是非が問題となり、その結果、ヴィレッジ・シンガーズ伊東きよ子などのCBSコロムビアレーベルの邦人アーティストは、そのままCBS・ソニーレコードに移籍した。但しブルー・コメッツは、一旦CBS・ソニーレコードに形だけ籍を置いたものの、その満了後改めて日本コロムビアと原盤供給契約を締結、事実上日本コロムビアに残留した。
  3. ^ 「L盤」の歌謡曲は、他に高倉健「望郷子守唄」、いしだあゆみ太陽は泣いている」「ブルー・ライト・ヨコハマ」等がある。

関連項目編集