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略歴編集

日本テレビの番組「笑点」のコーナー「ちびっ子大喜利」にて、山田隆夫が座布団10枚を獲得したことがデビューのきっかけとなった。

元々ギターが弾けた山田以外はまったく楽器が出来ず、パート決めでは楽譜が読めなくても演奏できそうなドラムパートの奪い合いになったと当時の芸能雑誌に紹介されていた。1974年2月に『透明人間』(作詞・作曲:山田隆夫)でデビューして以来、通算でシングル20枚、アルバム9枚などを発表した。

「ずうとるび」という名前は本人たちは、「ビートルズをひっくり返した」と言っている。ずうとるびの代表的なヒット作品には、『みかん色の恋』『恋があぶない』『初恋の絵日記』などがある。また、多数のバラエティ番組出演でも高い人気を持っていた。

歌番組では、4人並んで踊りながら歌う姿と、バンドとして演奏する姿の両方が見られた また、NHKの人気歌番組「レッツゴーヤング」の司会としても活躍し、その際にはバンド形式で演奏する姿もよく見られた。

紅白歌合戦に1度(1975年)出場している。

解散後編集

一度だけテレビ番組で山田、江藤、今村、新井のずうとるびが再結成された。

2012年6月、山田の芸能生活45周年パーティーに、江藤、今村、池田が出席した。

メンバー編集

江藤博利編集

1958年9月5日生まれ。血液型B型。宮崎県都城市出身。リードギター&リードボーカル担当。
結成当時は最年少だったことから、「ずうとるびのジョージ・ハリスン」と言われていた。また、当時メンバーの中でも甘いマスクを持つことから、断トツの人気を誇った。
山田隆夫脱退の後を受けてボケ役を担当するようになったが、山田が何かとシャカリキしており、コントの内容と関係ないポジションでボケるのに比べ、こちらは幾分「天然ボケ」の趣があり、あくまでコントの内容に沿った役柄で周囲とやり取りする中でボケることが多かった。

新井康弘編集

1956年12月5日生まれ。血液型A型。東京都出身。ドラム&ボーカル担当。弟は新井つねひろ。
1977年、ずうとるび在籍中に「岸辺のアルバム」(TBSテレビ)に出演し注目される。
山田隆夫在籍中は暴走族風の髪型の不良キャラで売っていたが、山田が脱退し、自身がリーダーになってからは、髪型もキャラクターも等身大の青年風に変わる。
解散後は本格的に俳優の道に進む。俳優としての代表作は「大好き!五つ子」他。

今村良樹編集

1957年9月19日生まれ。血液型A型。東京都目黒区出身。
ベース&リードボーカル担当。グループ名がビートルズのパロディということからか、ポールマッカートニーばりに左利きでベースを構えていた姿が印象的。
マンガやイラストが得意で、実際にコミック雑誌「デュオ」に読み切りのギャグマンガ「くるくるパーニック」を掲載したことがある。また、アイドル雑誌「明星」に刑事を兄に持つ男子高校生を主人公にした前後編の学園ミステリーを発表、シリアスな内容で完成度も高く周囲を驚かせた。
アメリカへ留学のために芸能活動休止、これがきっかけで、ずうとるびも解散した。
帰国後は放送作家として「全国高等学校クイズ選手権」「マジカル頭脳パワー」などの人気番組の構成を担当。「お笑いマンガ道場」では構成を担当するとともに、自身も何度かゲスト出演していた。また、文化放送A&Gゾーン創成期に様々な番組を手がけて同枠の定着に功績を残した。2009年3月まで、日本テレビ系お昼の人気番組おもいッきりイイ!!テレビに出演していた。
2012年5月25日に出版された山田の著書『ボクに運が巡ってくる55の理由 座布団運び山田くんの法則』の企画・構成を担当している。
現在は紙芝居師の集団「渋谷画劇団」を旗揚げしプロデュースする一方、LINEのスタンプ作家として活躍。また、心療回想師として講演をこなしている。

池田善彦編集

1959年2月10日生まれ。血液型A型。兵庫県神戸市出身。
1977年山田隆夫の脱退後、一般公募による新メンバー。サイドギター&ボーカル担当。
メンバー加入直後に始まった東京12チャンネル系「三波伸介の凸凹大学校」にレギュラー出演。並行して役者としても数本単発ドラマに出演していた。
現在は、東京都中野区内で飲食店のオーナーを務める一方、closemeとアコースティックユニット「IKECLO」を結成、ライブ活動を始める。

脱退メンバー編集

山田隆夫編集

1956年8月23日生まれ。血液型A型。東京都江東区深川出身。初代リーダーで、サイドギター&ボーカル担当。
ずうとるび結成以前から作詞・作曲が趣味であった。また、ギターに関してはかなりのコレクターとして知られていた。
1977年、吉川桂子との結婚を機に脱退。現在は、かつて出演し、グループ結成のきっかけを作った笑点の座布団運び役として活躍中。

ディスコグラフィ編集

シングル編集

発売日 タイトル B面 備考 オリコン最高位
エレックレコード
1st 1974年2月10日 透明人間
作詞:山田隆夫
作曲:山田隆夫
春です
作詞:山田隆夫
補作:佐藤公彦
作曲:山田隆夫
圏外
2nd 1974年8月10日 恋のパピプペポ
作詞:岡田冨美子
作曲:佐瀬寿一
編曲:竜崎孝彦
おかあちゃん
作詞:山田隆夫
作曲:山田隆夫
3rd 1974年11月10日 みかん色の恋
作詞:岡田冨美子
作曲:佐瀬寿一
編曲:竜崎孝彦
こずえちゃん
作詞:山田隆夫
補作:佐藤公彦
作曲:山田隆夫
アルバム『ずうとるびセカンド みかん色の恋』と同時発売。 14位
4th 1975年3月25日 恋があぶない
作詞:岡田冨美子
作曲:佐瀬寿一
編曲:あかのたちお
はばたけ僕の翼よ
作詞:山田隆夫
作曲:山田隆夫
編曲:佐瀬寿一
アルバム『ずうとるびサード 恋があぶない』と同時発売。 13位
5th 1975年7月1日 太陽の季節
作詞:岡田冨美子
作曲:穂口雄右
編曲:穂口雄右
小さないさかい
作詞:岡田冨美子
作曲:佐瀬寿一
編曲:佐瀬寿一
14位
6th 1975年12月20日 恋の夜行列車
作詞:山田隆夫
補作詞:岡田冨美子
作曲:山田隆夫
お手紙下さい
作詞:山田隆夫
作曲:山田隆夫
26位
7th 1976年5月10日 ペチャパイブギ
作詞:山田隆夫
作曲:山田隆夫
編曲:ツノダヒロ
君は四葉のクローバー
作詞:山田隆夫
作曲:山田隆夫
45位
8th 1976年7月10日 愛の反逆
作詞:千家和也
作曲:佐瀬寿一
編曲:船山基紀
美しい涙
作詞:千家和也
作曲:佐瀬寿一
編曲:船山基紀
27位
東芝EMI / 東芝レコード
9th 1976年9月20日 大した娘だよキミは
作詞:阿久悠
作曲:三木たかし
編曲:三木たかし
美しい涙
作詞:阿久悠
作曲:三木たかし
編曲:三木たかし
41位
10th 1976年12月20日 ふとしたはずみで
作詞:阿久悠
作曲:三木たかし
編曲:三木たかし
気まぐれバス
作詞:阿久悠
作曲:三木たかし
編曲:三木たかし
48位
11th 1977年5月5日 明日の花嫁さん
作詞:岩谷時子
作曲:山田隆夫
編曲:ケン・ギブソン
二人の夏
作詞:岩谷時子
作曲:山田隆夫
編曲:ケン・ギブソン
この作品をもって山田はずうとるびを脱退。 47位
12th 1977年10月5日 青春のひらめき
作詞:石原信一
作曲:あかのたちお
編曲:あかのたちお
失恋記念日
作詞:石原信一
作曲:あかのたちお
編曲:あかのたちお
この作品から山田に代わり池田善彦が加入。 40位
13th 1977年12月20日 止めるならいまのうち
作詞:石原信一
作曲:あかのたちお
編曲:あかのたちお
港できめろ
作詞:石原信一
作曲:あかのたちお
編曲:あかのたちお
圏外
14th 1978年3月20日 スカイランデブー
作詞:三浦徳子
作曲:佐瀬寿一
編曲:佐藤準
美しい涙
作詞:石原信一
作曲:佐瀬寿一
編曲:佐瀬寿一
69位
14th 1978年6月5日 あの娘は宇宙人
作詞:小林和子
作曲:井上忠夫
スーパーマン
作詞:小林和子
作曲:井上忠夫
93位
15th 1978年9月5日 Dr.スロットマシーン
作詞:三浦徳子
作曲:佐瀬寿一
編曲:大村雅朗
美しい涙
作詞:石原信一
作曲:佐瀬寿一
編曲:大村雅朗
圏外
16th 1979年3月20日 Love Trip
作詞:芹沢彩
作曲:小泉まさみ
編曲:小泉まさみ
グッド・バイ
作詞:高津寛子
補作詞:今村良樹
作曲:ずうとるび
編曲:西平彰
17th 1979年8月20日 ウッカリBOY チャッカリGAL
作詞:近田春夫
作曲:近田春夫
編曲:井上鑑
NOTHING TO DO
作詞:近田春夫
作曲:近田春夫
編曲:井上鑑
18th 1980年2月5日 マルガリータ
作詞:ケーシー・ランキン
訳詞:篠塚満由美
作曲:芳野藤丸
編曲:大谷和夫
それはないよ……!
作詞:篠塚満由美
作曲:芳野藤丸
編曲:大谷和夫
ラストシングル。

オリジナルアルバム編集

発売日 タイトル 備考
エレックレコード
1st 1974年4月10日 ずうとるびファースト
2nd 1974年11月10日 ずうとるびセカンド みかん色の恋 シングル「みかん色の恋」と同時発売。
3rd 1975年3月25日 ずうとるびサード 恋があぶない シングル「恋があぶない」と同時発売。
4th 1975年8月1日 ずうとるびフォース 愉快な仲間たち どりーむらんど
5th 1976年3月25日 恋の夜行列車〜愛と冒険の旅〜
東芝EMI / 東芝レコード
6th 1976年10月20日 ファイト!!
7th 1977年7月5日 明日の花嫁さん ビバ・ジャパン'77
8th 1978年2月5日 Beginning
9th 1978年8月5日 真夜中のピクニック ラストアルバム。

ライブアルバム編集

発売日 タイトル 備考
エレックレコード
1st 1975年9月25日 ずうとるびファースト・ライブ

ベストアルバム編集

発売日 タイトル 備考
東芝EMI / 東芝レコード
1st 1977年2月10日 ずうとるび すとうりい
2nd 1977年9月5日 ずうとるび すとうりい ぱあとII 山田隆夫卒業アルバム 山田隆夫の結婚脱退により急きょ発売された企画アルバム。
エレックレコード
3rd 2008年3月26日 ずうとるび ベストアルバム 販売元:ジェネオンエンタテインメント
4th 2011年3月16日 ずうとるび ゴールデン☆ベスト〜エレック・セレクション〜 販売元:ポニーキャニオン
2013年11月20日 販売元:ワーナーミュージック・ジャパン

オムニバスアルバム編集

発売日 タイトル 備考
エレックレコード
1st 1976年2月25日 ずうとるびとその仲間たち キャシー&カレン、ジミー、レモンパイまりちゃんズの楽曲も収録したオムニバス・アルバム

タイアップ曲編集

楽曲 タイアップ 収録作品 時期
スカイランデブー グリコ『スカイミント』CMソング シングル「スカイランデブー」 1978年
ウッカリBOY チャッカリGAL 東宝映画『ピーマン80』のテーマ シングル「ウッカリBOY チャッカリGAL」 1979年

出演編集

テレビ番組編集

NHK紅白歌合戦出場歴編集

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1975年(昭和50年)/第26回 初恋の絵日記 04/24 キャンディーズ
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

エピソード編集

「ずうとるび」結成のきっかけを作った「笑点」のプロデューサーは、「ずうとるびを通じてブームの怖さとはかなさを知った。ブームに便乗するとブームが去った時に番組も終わってしまう」と雑誌の対談で語っていたことがある。この判断は1980年前後の漫才ブームの時に、ブームの中心となった漫才師達をほとんど出演させずブームからは距離を置くという形で現れている[1]

脚注編集

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  1. ^ 『笑点の謎』(河出書房新社刊、笑点探偵団著)p206〜p208より

外部リンク編集