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ながい のりあき(本名:長井 紀昭[1]1953年[2]7月1日[3] - )は、日本漫画家島根県隠岐郡海士町出身[1]。血液型はO型[3]。主に小学館の児童向け雑誌などで執筆。

ながい のりあき
本名 長井 紀昭
生誕 (1953-07-01) 1953年7月1日(66歳)
日本の旗 日本 島根県隠岐郡海士町
国籍 日本
職業 漫画家
活動期間 1980年 -
ジャンル 少年漫画
青年漫画
代表作がんばれ!キッカーズ
男たちの好日
受賞 第32回小学館漫画賞児童部門
(『がんばれ!キッカーズ』)
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代表作は、『月刊コロコロコミック』などに連載されたサッカー漫画がんばれ!キッカーズ』、ウェブコミックにもなった『男たちの好日』など[3]

経歴編集

子供の頃は『週刊少年ジャンプ』を読み、ちばあきおちばてつやが好きだった[3]法政大学合格を機に上京。漫画研究会に入ったのがきっかけで漫画を描き始めるも、卒業後は会社に就職[3]。3年勤めた会社を辞め、漫画家の道を本格的に志すようになる[3]

何度も出版社に持込を続け、『少年ジャンプ』にてギャグ漫画でデビュー[4]も後が続かず、1980年、27歳の時に『月刊コロコロコミック』にて『GOGOゴロー』で第2回藤子不二雄賞佳作を受賞[3]

1984年より1989年まで、『月刊コロコロコミック』にて代表作『がんばれ!キッカーズ』を連載。テレビアニメ化までされる人気作となった。

『キッカーズ』完結後、『週刊少年サンデー』に移籍が内定していたものの、コロコロコミック編集部の引き留めにより白紙状態になる(この当時の『コロコロコミック』と『週刊少年サンデー』の編集部同士が同じ小学館ながら確執状態にあった)。そのため本来『サンデー』連載用に構想されていた野球漫画『熱血!ドンマイ甲子園』を『コロコロコミック』向けに設定などを一部練り直し連載したものの、読者層と作風が合わず人気が低迷、結果打ち切り、未単行本化という結果になる。

1990年より1993年まで、『月刊コロコロコミック』にて『電脳ボーイ』を連載。『ゲームセンターあらし』や『ファミコンロッキー』の流れを汲む天才的なプレイヤーによるテレビゲームの攻略を題材とした漫画である。

その後は仕事がまったくない時期があり、大病を患うなど不遇の時が続くも、青年誌に活躍の場を移し、2001年より2002年まで『週刊コミックバンチ』にて『男たちの好日』(原作:城山三郎)を執筆[3]。単行本4冊という短さながらも人気を博し、後年、Webにて続編が発表された。

2007年5月25日発売の『熱血!!コロコロ伝説』に、『がんばれ!熱血少年団』の後日談である『がんばれ!熱血少年団2007』を描き下ろしで発表した。

2015年1月8日付けで東京都杉並区高円寺に本拠を置く個人事務所「有限会社ながいプロダクション」が東京地方裁判所より破産手続の開始決定を受け倒産したことが明らかになった。長らくヒット作に恵まれずに2011年に営業を停止し、遂に今回の措置に至ったといい、帝国データバンクおよび東京商工リサーチによると負債総額は約1000万円の見通し[5]。破産以降も漫画家としての活動は続いており、2017年発売の『コロコロアニキ』第8号にてイラストを寄稿。2018年発売の同誌の2019年冬号では『ゲームセンターあらし』プロゲーマー編の掲載に伴い、一時期アシスタントを務めたすがやみつるとの思い出を綴った漫画を発表した。

作品リスト編集

師匠編集

デビュー後は色々な漫画を描くも上手くいかず、すがやの助言によりアシスタントとなる。この時の経験は自分にとって実り多いものだったと本人は語っている。

アシスタント編集

脚注編集

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  1. ^ a b まんがseek・日外アソシエーツ共著『漫画家人名事典』日外アソシエーツ、2003年2月25日初版発行、ISBN 4-8169-1760-8、265頁
  2. ^ 『電脳ボーイ』1巻奥付より
  3. ^ a b c d e f g h i ながいのりあき先生”. 日本漫画学院 (2005年10月). 2011年10月15日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2009年4月12日閲覧。
  4. ^ 「がんばれ!キッカーズ」ながいのりあきが語る、思ひ出「コロコロ」-2009/04/25-すがやみつるの漫画家・夢の工房
  5. ^ (有)ながいプロダクション”. 東京商工リサーチ. 2017年5月22日閲覧。
  6. ^ プロフィール
  7. ^ vuvuvumanavuのツイート(863716541719756800)

外部リンク編集