まめだ

まめだ は、上方落語の演目のひとつ。

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概要編集

三田純市作の新作落語。「まめだ」とは関西における妖怪・豆狸(まめだぬき)の呼び名で、子ダヌキの意味でもある。

秋を舞台にした落語が少ないことに気づいた三田が、道頓堀界隈の芝居小屋に伝わっていた伝承をもとに、1966年昭和41年)に3代目桂米朝のために書き下ろした。民話の香りのする人情噺。(米朝本人は「オチのあるれっきとした落とし噺」と言っている)

2014年9月18日、米朝の自宅の洋服箱から、三田による直筆原稿が発見された[1]

あらすじ編集

歌舞伎役者・市川右團次の弟子に、三津寺の門前の膏薬屋「本家びっくり膏」の息子・右三郎がいたという。右三郎は、母が作る膏薬を塗りながらのトンボ返りの猛練習の甲斐あって、いい役がつくようになっていた。

右三郎は、ある雨の夜、芝居茶屋で傘を借りて帰宅する途中、傘が急に重くなったので、傘をつぼめてみるが、何もない、という怪異にくり返し襲われる。「こら『まめだ』のせいやな。しょうもないテンゴ(=いたずら)しやがって。ようし、ひとつ懲らしめたれ」と傘を差したままでトンボを切ってみせると、何かが地面にたたきつけられて悲鳴が聞こえ、黒い犬のようなものが逃げて行った。

ある朝、右三郎は自宅の店で母から「どうもけったい(=変)や。このごろ、色の黒い陰気な丁稚が膏薬を買いに来るのやが、それが買いに来てからというもの、あとで勘定が合わんねん。1足らいで(=足りなくて)、代わりに銀杏の葉ァが1枚入ってんねん」と言われる。それを聞いた右三郎は、「アホ言いな。落ち葉の時期や。三津寺(みってら)さんの前、銀杏の葉ァだらけや」と笑ってすましてしまう。

そのうち、勘定は元通り合うようになり、丁稚も店に来なくなる。

ある朝、右三郎が芝居小屋に出かけようとすると、三津寺に人だかりがしている。皆が「境内に、体一杯に貝殻つけた『まめだ』が死んどンで」というので見てみれば、その貝殻は「本家びっくり膏」の容器に使用しているものであった。右三郎は、あのトンボを切った雨の夜に「まめだ」が強く体を痛めたために、丁稚の姿に化け、銀杏の葉を金に変えて膏薬を買いに来ていたことを悟る。

「お前な、言わんかい、教(お)せたンねやがな。紙かキレ(=布)に伸ばしてあてがわなんだら(=あてがわないと)いかんのに、貝のままベタベタ毛ェの生えた体に付けて、何が効くかいな……」

右三郎がそう言うなり絶句すると、母親と町内の者はいたく同情し、三津寺に頼んで簡単な葬儀を取り計らってもらう。住職が読経を始めると、突如、秋風が吹いて、銀杏の落ち葉が「まめだ」の死骸を覆った。

「あ、お母はん見てみ。タヌキの仲間から仰山(ぎょうさん=沢山)、香典が届いたがな」

脚注編集

参考文献編集

桂米朝『米朝ばなし 上方落語地図』毎日新聞社 1981年