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みつかいどうプラザ(MITSUKAIDO PLAZA)は、茨城県常総市水海道栄町にかつて存在した大型商業施設。水海道プラザと表記する資料もある[3][4]

みつかいどうプラザ
MITSUKAIDO PLAZA
Mitsukaido Plaza.jpg
閉店後の店舗(2013年5月)
店舗概要
所在地 303-0024
茨城県常総市水海道栄町2680番地の2
座標 北緯36度1分7.5秒 東経139度59分19.4秒 / 北緯36.018750度 東経139.988722度 / 36.018750; 139.988722座標: 北緯36度1分7.5秒 東経139度59分19.4秒 / 北緯36.018750度 東経139.988722度 / 36.018750; 139.988722
開業日 1973年3月3日
閉業日 2008年1月20日
正式名称 みつかいどうプラザ
施設管理者 みつかいどうプラザ協同組合
延床面積 4,889 m²[1][2]
中核店舗 京成ストアヨークマート⇒エイム⇒マルヤ
前身 水海道市立水海道小学校
後身 カスミ水海道栄町店
最寄駅 関東鉄道常総線水海道駅
最寄IC 常磐自動車道谷和原IC
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1973年(昭和48年)3月に協同組合方式の大型店として開業し[5]、茨城県有数の大型店としてにぎわった[6]。閉店後しばらくは常総市の管理下で映画ロケ地として活用され[7]、跡地はカスミ水海道栄町店になった[8][9]

現在でも、目の前を通る常総市道1-0115号線に「プラザ通り」の名前が残っている。

歴史編集

営業当時の様子(1973-2008)編集

1968年(昭和43年)9月、開業を前にみつかいどうプラザ協同組合が発足する[10]。1973年(昭和48年)3月、協同組合型の大型店として[5]水海道市立水海道小学校(現在の常総市立水海道小学校)の跡地に開業する[11]。開業当時は、延床面積約7,000m2に33店舗が営業する茨城県でも有数の大型店であり[6]、水海道市(現在の常総市水海道地域)における商業の核となることが期待されていた[7]。当初の核店舗は京成ストアであったが、1977年(昭和52年)までに撤退し、後継店舗として伊勢甚が増床の上で進出を表明するも、地元の反対に遭いとん挫した[4]。そして1979年(昭和54年)1月にはヨークマートが出店を水海道商工会に届け出て[12]、同年5月に出店が決定し、みつかいどうプラザの核店舗となった[13]。核店舗以外のテナントは34 - 99m2未満の店舗が多く、みつかいどうプラザを含む宝栄サンロード[注 1]の加盟店舗全体の73.8%がこの店舗面積に該当した[14]駐車場は平面駐車場と屋上駐車場を備えており、自動車での来店利便性を高めていた[1]

高橋伸夫らの研究グループが行ったアンケート調査によると、1990年(平成2年)頃のみつかいどうプラザ周辺地区は、マスダ・カスミ周辺地区(宝町大通り)に次ぐ地域住民の購買先となっており、マスダ・カスミ周辺地区はみつかいどうプラザ周辺地区を指向する住民の増加により相対的に地位を低下させたという[15]。一方で、この頃より常総バイパス沿線や周辺市街地へと購買・余暇行動が移行しつつあることが、同調査で判明した[16]。水海道市には1990年(平成2年)に家具店が進出するまで大型店の進出はなかった[注 2]が、同年以降2013年(平成25年)までに5店舗が相次いで進出し、隣接するつくば市守谷市下妻市坂東市結城郡石下町(現在は常総市石下地域)には1万m2を超す大型店が開業し、水海道地域は守谷市やつくば市に商圏の中心の座を奪われた[18]

こうした情勢でみつかいどうプラザでは光熱費の3割削減を目標に自家発電装置[注 3]の設置を行い[19]、顧客向けには従来型のシール式スタンプカードに代えて、(当時としては珍しかった)ポイントカードを導入するといった対策をとった[20]。なお1990年(平成2年)当時の売り場構成は1階が食料品、2階が衣料品で、26のテナントが出店していた[1]。また1992年(平成4年)の日本経済新聞の報道によると、当時の年商は約50億円であった[19]

末期の2006年(平成18年)には市議会議員の高杉徹高齢者の憩いの場地域包括支援センターを設置してプラザを再生することを提言した[21]。同年、経営不振を理由にみつかいどうプラザを運営していた協同組合が解散した[6]

2007年(平成19年)12月2日、専門店街が営業を終了し、「好意」で営業を続けていたマルヤ水海道店も2008年(平成20年)1月20日に閉店した[22][注 4]。みつかいどうプラザの閉店後、プラザが面していた宝栄サンロードではテナントビルの空きが目立つようになり、ブラジル人向けの商店の進出などが見られるものの、戸建住宅集合住宅の方が商業機能よりも多い商店街となっている[24]

ロケ地への転換(2009-2012)編集

プラザは閉鎖後、常総市の管理下に置かれることになった[7]。商業機能は果たさなくなったものの、常総市の推進もあり、映画などのロケーション撮影に多く利用されるようになった[7]。以下に常総フィルムコミッションが正式に公開している、プラザでのロケーション撮影作品の一覧を示す[25][26][27][28]

2009年(平成21年)[25]
2010年(平成22年)[26]
2011年(平成23年)[27]
2012年(平成24年)[28]

ロケ地としての利用は暫定的なもので、常総市議会ではプラザの跡地利用が何度も議論された[29][30][31][32]

売却、そしてカスミ水海道栄町店へ(2013-)編集

長年の懸案であったプラザの跡地は2013年(平成25年)に民間事業者に売却され、建物の解体が決まった[33]。この時、建物に石綿(アスベスト)が使われているとの噂が市内を駆け巡り、市議会議員が市生活環境課職員とともに関係各所に働きかけ調査を行った結果、実際に石綿が使われていることが判明した[33]。この時点のプラザ跡地の所有者は東京都新宿区の企業であった[34]

 
プラザ跡地に建つカスミ水海道栄町店(2017年4月)

2014年(平成26年)6月23日スーパーマーケットのカスミが大規模小売店舗立地法に基づく届出を茨城県庁に行い、カスミの出店が正式に決定した[8]。そして2015年(平成27年)3月1日、フードマーケットカスミ水海道栄町店が開業した[9]。同店は店舗面積1,635m2、駐車台数102台で、年商14億2千万円を目標に掲げている[9]。これと前後して水海道宝町にあったカスミ水海道店が同年2月に閉店した[35]。カスミ水海道店跡地は常総市が所有する「市民の広場」に隣接し、水海道公民館の移転候補地になっている[35]。また水海道公民館はカスミ水海道栄町店に隣接するため、移転後に同店の駐車場に利用したいという意向をカスミが表明している[35]

2016年(平成28年)の常総市の公示地価は商業地で前年比-5.3%となっているが、同店による商店街の活性化が期待されている[36]

脚注編集

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注釈
  1. ^ 1980年(昭和55年)に、みつかいどうプラザのテナントを中心に結成された商店会である[3]
  2. ^ 福井ほかの論文による[2]。高橋ほかの論文では1989年(昭和64年/平成元年)時点で、みつかいどうプラザのほかに小網屋・カスミストアとマスダを「大規模小売店」としている[17]
  3. ^ 1993年(平成5年)3月に完成し、同年8月から稼働を開始した[10]
  4. ^ 福井ほかの論文では「2007年11月倒産」となっている[23]
出典
  1. ^ a b c 高橋ほか 1990, p. 198.
  2. ^ a b 福井ほか 2014, p. 8.
  3. ^ a b 高橋ほか 1990, p. 193.
  4. ^ a b 「茨城の水海道プラザ 核店舗・京成の後がまで紛糾 伊勢甚の増床進出に地元反対」日本経済新聞1977年9月30日付朝刊、地方経済面 北関東4ページ
  5. ^ a b 福井ほか 2014, pp. 7-8.
  6. ^ a b c 「中心街活性化、道険し 4市の課題 市長選を前に 常総」朝日新聞2007年4月11日付朝刊、茨城版31ページ
  7. ^ a b c d 福井ほか 2014, p. 9.
  8. ^ a b 平成26年度第2回市民協働のまちづくり推進委員会会議録”. 市民協働のまちづくり推進委員会 (2014年7月17日). 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年4月4日閲覧。
  9. ^ a b c 「フードマーケットカスミ水海道栄町店」オープンのお知らせ”. 株式会社カスミ (2015年2月23日). 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年4月4日閲覧。
  10. ^ a b H5先進組合事例、みつかいどうプラザ協同組合(茨城県)”. 長野県中小企業団体中央会. 2017年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年4月4日閲覧。
  11. ^ 「水海道:5 郷土画家(各街停車 第9部)」朝日新聞2000年11月24日付朝刊、茨城版37ページ
  12. ^ "ヨークマート 茨城県の水海道商工会に「みつかいどうプラザ」への出店事前届け出"日本経済新聞1979年1月7日付朝刊、地方経済面 北関東 4ページ
  13. ^ "茨城県の「みつかいどうプラザ」 ヨークマートが核店舗に内定"日経流通新聞1979年5月28日付、4ページ
  14. ^ 高橋ほか 1990, p. 194.
  15. ^ 高橋ほか 1990, pp. 208-210.
  16. ^ 高橋ほか 1990, p. 211.
  17. ^ 高橋ほか 1990, p. 192.
  18. ^ 福井ほか 2014, pp. 8-9.
  19. ^ a b 「水海道市の商業協組 共同店舗に自家発電 来年初めメドに導入 光熱費を3割削減」日本経済新聞1992年4月26日付朝刊、地方経済面 北関東4ページ
  20. ^ 「買い物スタンプをカードに 商店街も勘よりハイテク」日本経済新聞1993年4月15日付夕刊、5ページ
  21. ^ 平成18年第3回”. 常総市議会事務局 (2015年1月30日). 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  22. ^ 水海道プラザ”. Raskafield's Stamp (2008年11月1日). 2017年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年4月4日閲覧。
  23. ^ 福井ほか 2014, p. 18.
  24. ^ 福井ほか 2014, pp. 13-14.
  25. ^ a b 2009年(平成21年)”. 年別撮影実績. 常総フィルムコミッション. 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  26. ^ a b 2010年(平成22年)”. 年別撮影実績. 常総フィルムコミッション. 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  27. ^ a b 2011年(平成23年)”. 年別撮影実績. 常総フィルムコミッション. 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  28. ^ a b 2012年(平成24年)”. 年別撮影実績. 常総フィルムコミッション. 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  29. ^ 平成19年第5回”. 常総市議会事務局 (2015年1月30日). 2016年8月31日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  30. ^ 平成20年第4回”. 常総市議会事務局 (2015年1月30日). 2016年8月31日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  31. ^ 平成21年第5回”. 常総市議会事務局 (2015年1月30日). 2016年8月31日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  32. ^ 平成24年第4回常総市議会定例会一般質問通告書一覧”. 常総市議会事務局 (2012年). 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  33. ^ a b 常総市:平成25年第4回定例会(第2号)本文”. 常総市議会会議録 (2013年9月9日). 2016年8月31日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年4月4日閲覧。
  34. ^ 高杉徹市政報告会(第8回)”. 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  35. ^ a b c 鬼怒川決壊 常総市 中心街に防災拠点 公民館移設で検討”. 茨城新聞 (2015年2月23日). 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  36. ^ 宮本正人 (2016年). “平成28年地価公示における県西地域の地価動向”. 茨城県不動産鑑定士協会. 2016年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。

参考文献編集

  • 高橋伸夫・山下宗利・平篤志・橋本雄一・松村公明「水海道市における商業の地域構造」『地域調査報告』第12号、筑波大学地球科学系人文地理学研究グループ、1990年3月、 187-214頁、 NAID 110000109376
  • 福井一喜・神文也・渡邊瑛季・周軼飛・薛琦・中川紗智・市川康夫・山下清海「需給チャネルからみた首都圏外縁部中心市街地の商業特性―茨城県水海道地域を事例に―」『地域研究年報』第36号、筑波大学人文地理学・地誌学研究会、2014年3月、 1-34頁、 NAID 120005568088

関連項目編集

外部リンク編集