みをつくし料理帖

みをつくし料理帖』(みをつくしりょうりちょう)は、髙田郁による日本時代小説シリーズ。全10巻。ハルキ文庫角川春樹事務所)より2009年5月に第1作『八朔の雪 みをつくし料理帖』が刊行され、2014年8月刊行の第10作『天の梯 みをつくし料理帖』にて完結した。

2012年および2014年テレビ朝日にて北川景子主演でスペシャルドラマ化、2017年にはNHKにて黒木華主演で連続ドラマ化される。

目次

概要編集

江戸に出てきた大坂出身の料理人・澪が、東西の味の好みや水の違いに苦心しつつも徐々に道を切り拓き、料理を通じて人を幸せにしていく姿を描く[1]。作中には江戸の食事情が盛り込まれ、作中に登場する料理を著者が試行錯誤を重ねつつ実際に作ったレシピを「澪の料理帖」と題し巻末に収録している[2][3]

大坂と江戸の対比は、兵庫県で生まれ育った著者が進学のため上京し「8枚切りの食パン[注 1]や「中濃ソース」[注 2]を初めて目にして驚きを感じた実体験がベースとなっており、「江戸時代ならさぞや」と思いを馳せて、大坂から江戸に出てきた主人公の「初めての江戸」の体験を読者が一緒に楽しめるようにと作品が構想された。大阪と東京を往復ししつつそれぞれの図書館の資料や司書・学芸員への取材をもとに時代考証を行い、作中に登場する料理は著者自身がすべて実際に作り再現している。原稿を担当編集者に送付する際に料理写真を添付したところ「お腹が空きます」「美味しそうです」と言われたことをきっかけに、「それならレシピもつけましょうか」と巻末にレシピ集「澪の料理帖」を収録するに至った[4]

第1作の刊行当初より書店員からの支持を受け、2009年の「歴史・時代小説ベスト10」(『週刊朝日』)、「最高に面白い本大賞! 文庫・時代部門」(『一個人』)、「第2回R-40本屋さん大賞 文庫部門」(『週刊文春』)において第1位を獲得。30〜60代女性を主な読者層として版を重ね、シリーズ累計の発行部数が190万部を突破した2012年には『この時代小説がすごい!文庫書き下ろし版』(宝島社)で第1位となり、テレビ朝日にて北川景子主演によりテレビドラマ化[2][5]。全10巻で300万部を超える大ヒットシリーズとなった[6]

あらすじ編集

享和2年(1802年)の水害で両親を亡くし天涯孤独の身となった少女、は、大坂随一の名店と謳われる料理屋「天満一兆庵」の女将、芳に助けられ奉公人として勤め始める。やがて天性の味覚を主人の嘉兵衛に見込まれた澪は、厳しい修業に耐え、着実に腕を磨いていくが、隣家からの延焼で店は焼失してしまう。江戸店を任せていた息子の佐兵衛を頼って江戸へ出た3人を待ち受けていたのは、佐兵衛が吉原通いで散財し店を潰し、行方をくらませているという報せだった。

度重なる心労により、嘉兵衛は「天満一兆庵」の再興を澪と芳に託して亡くなってしまう。店の再興と佐兵衛の行方探しを胸に、慣れぬ土地で芳と暮らしながら働き始めた澪は、「祟る」と噂され荒れ果てた小さな稲荷を1人で整えた姿を見込まれ、蕎麦屋「つる家」の主人・種市に店で働かないかと誘われる。

上方との味の違いから、当初は澪の作る料理は評判が良くなかったが、様々な人の助けを得て様々な新しい料理を考案し、愛し合った小松原との別れや、料理人仲間である又次の死などの悲しみを乗り越えながら、「つる家」を江戸で評判の店へと成長させていく。

そんな中、澪は、吉原で幻の花魁と呼ばれているあさひ太夫が、水害で行方不明になった幼なじみ、野江であることを知る。いつしか澪は、自分の料理で評判を取り、その売り上げであさひ太夫を身請けするという、とてつもない夢を抱くようになる。そして、その夢の実現のため、「つる家」を辞めて新しい道に進むことになった。

「つる家」を離れた澪は、あさひ太夫の客である摂津屋らの力を借り、あさひ太夫を吉原から取り戻すことに成功する。澪は、野江に戻ったあさひ太夫と、長年澪に恋心を寄せ、見守ってくれていた医師の源斉とともに故郷である大坂へ戻り、新しい人生を切り開くこととなった。

シリーズ一覧編集

角川春樹事務所〈ハルキ文庫〉より刊行されている。各巻の巻末には、各話で取り上げられる料理のレシピ「澪の料理帖」が掲載されている。

  1. 八朔の雪 みをつくし料理帖(2009年5月15日発売、ISBN 978-4-75843403-4
    • 狐のご祝儀―ぴりから鰹田麩……文化9年11月の話
    • 八朔の雪―ひんやり心太……文化10年8月の話
    • 初星―とろとろ茶碗蒸し……同年9月~11月の話
    • 夜半の梅―ほっこり酒粕汁……同年12月~文化11年1月の話
  2. 花散らしの雨 みをつくし料理帖(2009年10月15日発売、ISBN 978-4-75843438-6
    • 俎橋から―ほろにが蕗ご飯……文化11年春の話
    • 花散らしの雨―こぼれ梅……同年3月の話
    • 一粒符―なめらか葛饅頭……同年4月の話
    • 銀菊―忍び瓜……同年5月の話
  3. 想い雲 みをつくし料理帖(2010年3月15日発売、ISBN 978-4-75843464-5
    • 豊年星―「う」尽くし……文化11年6月の話
    • 想い雲―ふっくら鱧の葛叩き……同年6月~8月の話
    • 花一輪―ふわり菊花雪……同年8月~9月の話
    • 初雁―こんがり焼き柿……同年10月の話
  4. 今朝の春 みをつくし料理帖(2010年9月15日発売、ISBN 978-4-75843502-4
    • 花嫁御寮―ははきぎ飯……文化11年10月の話
    • 友待つ雪―里の白雪……同年11月の話
    • 寒紅―ひょっとこ温寿司……同年11月~12月の話
    • 今朝の春―寒鰆の昆布締め……同年12月の話
  5. 小夜しぐれ みをつくし料理帖(2011年3月15日発売、ISBN 978-4-75843528-4
    • 迷い蟹―浅蜊の御神酒蒸し……文化12年1月~2月の話
    • 夢宵桜―菜の花尽くし……同年2月~3月の話
    • 小夜しぐれ―寿ぎ膳……同年3月~5月の話
    • 嘉祥―ひとくち宝珠……同年5月の話
  6. 心星ひとつ みをつくし料理帖(2011年8月10日発売、ISBN 978-4-75843584-0
    • 青葉闇―しくじり生麩……文化12年6月~7月の話
    • 天つ瑞風―賄い三方よし……同年8月の話
    • 時ならぬ花―お手軽割籠……同年9月の話
    • 心星ひとつ―あたり苧環(おだまき)……同年10月の話
  7. 夏天の虹 みをつくし料理帖(2012年3月15日発売、ISBN 978-4-75843645-8
    • 冬の雲雀―滋味重湯……文化12年11月~12月の話
    • 忘れ貝―牡蠣の宝船……文化13年1月~2月の話
    • 一陽来復―鯛の福探し……同年3月の話
    • 夏天の虹―哀し柚べし……同年4月~5月の話
  8. 残月 みをつくし料理帖(2013年6月15日発売、ISBN 978-4-7584-3745-5
    • 残月―かのひとの面影膳……文化13年6月~7月の話
    • 彼岸まで―慰め海苔巻……同年7月~閏8月の話
    • みくじは吉―麗し鼈甲珠……同年閏8月~9月の話
    • 寒中の麦―心ゆるす葛湯……同年9月~10月の話
    • 秋麗の客 (特別収録)……同年9月の話
  9. 美雪晴れ みをつくし料理帖(2014年2月18日発売、ISBN 978-4-7584-3804-9
    • 神帰月―味わい焼き蒲鉾……文化13年11月の話
    • 美雪晴れ―立春大吉もち……同年12月~文化14年1月の話
    • 華燭―宝尽くし……同年1月~2月の話
    • ひと筋の道―昔ながら……同年2月の話
    • 富士日和 (特別収録)……同年2月の話
  10. 天の梯 みをつくし料理帖(2014年8月9日発売、ISBN 978-4-7584-3839-1 この巻をもって完結となる[7]
    • 結び草―葛尽くし……文化14年8月の話
    • 張出大関―親父泣かせ……同9月~12月の話
    • 明日香風―心許り……文化15年1月~2月の話
    • 天の梯―恋し栗おこし……同年3月~文政元年4月の話
  • みをつくし料理帖 完結記念ケース入りセット(2014年8月9日発売、ISBN 978-4-75843844-5

関連書籍編集

  • みをつくし献立帖(2012年5月15日発売、ISBN 978-4-75843661-8
    作中に登場しないレシピや「つる家」の間取り、著者のエッセイ、澪と野江の子供時代の短編「貝寄風」などが収録されている。

登場人物編集

年齢は初登場時に準ずる。

主要人物編集

澪(みお)
神田御台所町(後に俎橋そばの元飯田町へ移転)の料理屋「つる家」の料理人。大坂の出身で、卯年生まれの18歳。
享和2年(1802年)、8歳の時、高名な易者水原東西に、「苦労の多い人生だが、その苦労に耐えて精進すれば、必ず青空が拝める“雲外蒼天(うんがいそうてん)”の運命にある」と予言される。
同年7月に起きた淀川の水害で、漆塗師の父伊助と母わかを一度に亡くし、天涯孤独となる。変わり果てた町をさまよい、空腹から盗みを働いて折檻されていたところを、「天満一兆庵」の女将、芳に助けられ、そのまま店の奉公人になる。女衆(おんなし=案内やお運び)として数年務めた後、天性の味覚を嘉兵衛に見込まれ、板場に入って料理人としての厳しい修業を積んでいく。
「天満一兆庵」を火事で失い、江戸に出てからは、神田金沢町の長屋に芳と共に暮らしていた。後に、芳が柳吾の後妻となる直前、共に「つる家」に住み込みとなった。
丸顔で、眉は下がり気味、鈴のような眼、小さな丸い鼻は上向き。緊迫感のない顔をしており、芳からはよく「叱り甲斐がない」と言われるが、料理のこととなると感情を抑えられず、表情に出てしまう。
水害で両親が流されるのを目の当たりにしたトラウマで、今でも雨の降る日は気を失ってしまったり、夜は震えが止まらずなかなか寝付けなかったりすることがある。
時々来店し、的確な助言を与えてくれる小松原に恋をするが、彼の正体が手の届かない存在であると分かってからは、想いを秘め、せめて心のこもった料理を食べてもらいたいと心に決める。
不正を働いた御膳奉行が切腹したという噂を聞き、それが小松原ではないかと心配しながら料理をしたため、包丁で左手の人差し指と中指を深く傷つけてしまう。後遺症で2本の指がうまく曲がらなくなり、通常の料理にはほとんど支障がないものの、細かい細工が難しくなってしまった。
後に数馬(小松原)に求婚され、一旦は受け入れるものの、やはり料理の道を捨てられずに別れを告げる。その悲しみが原因で、一時は匂いと味が分からなくなってしまったが、吉原大火がきっかけで回復した。
江戸に出てきた当初は、いつか芳の息子、佐兵衛を探し出して、再び「天満一兆庵」の暖簾を掲げることを夢見ていた。しかし、あさひ太夫が親友野江であることを知り、清右衛門にそそのかされて、あさひ太夫を自分が身請けするというとてつもない夢を抱くようになった。その思いを知った種市から、翁屋の仮宅営業が終わる頃をめどに「つる家」を辞め、さらに大きな働きができる道に進むよう促された。「つる家」を離れたあとは、一柳に来るようにという柳吾と芳の誘いを断り、元飯田町に店を開き、惣菜を商いながら、吉原「翁屋」に鼈甲珠を納めた。
長年澪を見守り、支えてくれた源斉の恋愛感情には気付き、自分も源斉を慕う気持ちを深めていったが、数馬との恋が多くの人を傷つけて終わったことで、二度と恋をしないと自制していた。しかし、美緒の励ましもあり、源斉の求婚を受け入れ、あさひ太夫(野江)の落籍後に大阪に戻り、同じく大坂で医塾創設を目指す源斉と結婚することになった。
あさひ太夫の馴染み客である摂津屋らの力を借りて、鼈甲珠の作り方を「翁屋」に売り渡す引き替えに野江を取り戻すことに成功すると、野江と共に故郷大坂へ戻っていった。最終話巻末付録の文政11年[注 3]版料理番付では、四ツ橋の「みをつくし」[注 4]という店の「病知らず」という料理が、西の大関位を獲得している。
芳(よし)
「天満一兆庵」の元女将。48歳。澪からは大坂での奉公先の女将の呼び名である「ご寮(りょん)さん」と呼ばれる。
息子、佐兵衛の行方不明と、夫、嘉兵衛の死とが相次ぎ、心労による脈の乱れから寝込むことが多かったが、後に回復して「つる家」で接客係として働き始める。嘉兵衛が残した数々の言葉や料理人としての心構えを澪に伝え、澪を精神的に支えている。
当初は、佐兵衛を探し出して澪を嫁に迎え、「天満一兆庵」を再興することを夢見ていたが、ようやく再会した佐兵衛が料理人に戻る気はないと宣言したため、その夢はあきらめた。
「一柳」の店主、柳吾に、澪の嗅覚と味覚の障がいや、の粗の入手先などについて相談している内に心引かれるようになっていき、柳吾の看病がきっかけで、さらにその思いを深くしていった。そして、後添いに迎えたいという柳吾の申し出に涙で答えた。
柳吾と結婚後は、「一柳」の女将として采配を振るい、客からの評判も良い。
小松原(こまつばら)/小野寺 数馬(おのでら かずま)
「つる家」の常連客の浪人で、卯年生まれの30歳。澪のことを「下がり眉」と呼ぶ。
江戸の味に慣れていない澪の料理を「面白い」と評したり、基本がなっていないと助言したりして、澪の成長に一役買う。特に「あれこれと考え出せば、道は枝分かれする一方だ。良いか、道はひとつっきり」という言葉は、何度も澪の迷いを取り除いた。
その正体は、将軍徳川家斉からの信頼も厚い若年寄で、御膳奉行を兼任する小野寺数馬であり、料理の世界に精通している者からは、畏敬の念を込めて「土圭(時計)の間の小野寺」と呼ばれている。「小松原」は母の旧姓。将軍に供する料理の研究も兼ねて、義弟の別宅を拠点に浪士の形で江戸中の店を食べ歩いている。
仕事柄、嫌と言うほど味見をさせられている生姜と[注 5]が苦手。
妹と母の後押しにより澪を妻に望んで、一旦は話が進んでいたが、澪が料理の道を捨てられないことを知ると、初めて澪の名を呼び、「その道を行け」と励ます。そして、体面を重んじる武家社会の攻撃から澪を守るために、出世のために恋仲だった町娘を捨てた不実な男を演じて、有力旗本の縁者に当たる娘を嫁に迎えた。
後に、たまたま「相模屋」紋次郎と茶屋で知り合い、澪の作った「琥珀寒」をお裾分けしてもらって、澪が料理人としての道を着実に進んでいることを知った。
「つる家」を離れた澪が、幕府徒士のために作った弁当が城内で評判になったが、それに興味を持ち、永田陶斉を通じて密かに取り寄せようとした御膳奉行がいた。明言されていないものの、それが数馬であることが示唆されている。
佐兵衛がご禁制の「酪」[注 6]を作ったとして自訴した際は、彼を庇う発言をし、そのおかげで佐兵衛はお目こぼしとなる。それを知った澪が数馬の屋敷の近くに向かい、密かに手を合わせると、たまたま数馬が現れ、互いに無言で見つめ合った。その際、紙張り太鼓を抱えていたことから、子が生まれたのだと澪は思う。
永田 源斉(ながた げんさい)
神田旅籠町の町医者で、25歳ほどの年齢。御典医、永田陶斉(とうさい)の次男。母の名は、かず枝。
化け物稲荷でお参りしていた時に倒れた芳を診察して以降、たびたび「つる家」を訪れるようになる。そして、医者の立場から澪に料理のヒントを与え、励ましている。
両替商、「伊勢屋」久兵衛から、娘美緒との縁談を持ちかけられたが、今は医学に精進したいので妻帯はしないと断った。しかし、澪が数馬と結婚することになったと知ったときには、祝福しつつも雨の中傘を忘れて行った。美緒や種市らは、源斉が澪に恋心を抱いていることに気付いている。
「翁屋」の楼主夫妻の主治医であり、怪我をしたあさひ太夫の治療も行なったことから、又次が死んで後、あさひ太夫に澪の作った弁当を届ける役を買って出た。
澪が、自分はどのような料理人を目指せばいいかと迷っていたとき、彼女がすでに食べる人の心と身体を健やかに保とうと心がけていることを指摘し、「食は、人の天なり」を体現できる希有な料理人であることを保証して、迷いを取り去った。
御典医に推薦されるが、「身分にかかわりなく、病に苦しむ人を救いたい」との思いから辞退し、さらに士分を捨てて町娘である澪との結婚を望んだことで永田家とは絶縁する。その後は医塾創設のために大坂へ向かった。

つる家編集

種市(たねいち)
蕎麦屋「つる家」の店主。64歳。
17歳で亡くなった娘、つるの墓参りの帰り道、祟ると噂されて荒れ果て「化け物稲荷」と呼ばれていた小さな稲荷を掃除している澪の姿が娘に重なり、煮売り居酒屋の洗い場で働いていた澪を自身の店に誘った。
上方風の味付けや調理法を否定され落ち込む澪を、たとえ材料が無駄になろうとも決して叱責することなく温かい目で見守り続けた。後に腰を痛め、蕎麦打ちができなくなったため、屋号はそのままに澪に店を任せ、自身は食材の仕入れを担当している。
付け火によって店が焼失した時には、生きる気力さえ失ったような状態に陥るも、何とか復帰し、元飯田町の九段下に新たに店を構える。
澪の料理の味に感激した際に発する「こいつぁいけねえ、いけねぇよぅ」が口癖。
清右衛門から、澪とあさひ太夫の関係と、澪があさひ太夫を身請けしようとしていることを知らされ、澪を「つる家」からさらに大きな仕事ができる場に送り出すことを決意した。
おりょう
澪と芳が暮らす長屋の向かい部屋に住む大柄な女性。48歳(芳と同い年)。
5歳年下の夫、伊佐三と、火事のショックでしゃべれなくなった息子、太一との3人暮らし。自分の産んだ子ではない太一のことを、実の息子同様にかわいがっていて、なんとか話せるようになることを願っている。太一のことになると我を忘れてしまうことがある。
夫共々、江戸に頼る者のいなかった澪たちの支えとなってくれている。そして、澪の料理が評判になって客が増えた「つる家」で、接客を手伝うようになった。
太一からうつされた麻疹で生死の狭間をさまよい、しばらく「つる家」の手伝いを休んだことがある。また、伊佐三の親方が卒中風で倒れたときも、看病のために一時期手伝いを休んだ。後に長屋を出て、一家で親方の家に引っ越したが、引き続き「つる家」の仕事は続けている。
ふき
「つる家」が元飯田町に移った後、下足番として雇われた少女。13歳。
父の茂蔵(しげぞう)は、煮売り屋だった頃の「登龍楼」の料理人だったが、人に騙されて莫大な借金を背負う。その返済のために無理をした父が死に、母も後を追うように亡くなる。その後は、弟と共に「登龍楼」に引き取られ、下働きをしていた。
「登龍楼」の板長、末松の差し金で「つる家」の下足番となり、澪が考案中の新しい料理のアイディアを横流しするが、後に改心し澪を実の姉のように慕う。澪のことは「澪姉さん」と呼ぶ。
「翁屋」の料理番である又次のことは、当初は強面と暴力故に恐れを感じていたが、その優しさに触れるにつれて心を開くようになり、又次が2カ月間「つる家」を泊まり込みで手伝った際には、料理の手ほどきを受けた。そして、又次が死んでからは、澪の指導で料理を手伝うようになった。
登龍楼で働く6歳下の弟、健坊のことをいつも気にかけている。栗鼠のような大きな前歯が特徴で、うれしいことがあるとぴょんと飛び跳ねる。
澪が大阪に戻ることが決まると、「つる家」に安置された又次の遺骨代わりの灰を澪に渡し、野江に渡すよう願った。
りう
口入れ屋の孝介の母。75歳。
太一とおりょうが麻疹にかかり、芳もその看病で休んで人手不足となった「つる家」のため、孝介が手伝いに寄越した。腰が曲がってしまっているが、配膳などの動作は機敏で客あしらいも見事である。以前は江戸城大手門の下馬先[注 7]の茶屋で働いていたため、武家の習慣についても詳しい。
その後も、手の足りない場合に時々手伝ってくれていたが、おりょうが親方の看病で来られなくなって以降は、おりょうが復帰してからも常勤で働き続けている。ふきが調理場に移ってからは下足番を行っている。自称、「つる家の看板娘」。
問題が起こって皆が浮き足立っていても落ち着きを保ち、澪に対してだけでなく、しばしば芳や種市にまで的確な助言をしてくれる。
歯はすべて抜けているが、歯茎を使って煎餅をも噛み砕く。そのため、幼い頃からりうを知っているふきは、りうに頭からかじられる悪夢を見てうなされたことがある。孝介に入れ歯を作ってもらったが、一度はめただけで、後は首からぶら下げているだけである。
臼(うす)
柳吾と結婚して「つる家」を去る芳の代わりに、お運びを担当するために「一柳」から送られてきた女衆。36,7歳。相撲取りのような巨体。
政吉が澪の料理の腕と比較して自信をなくした時には、自然薯を使った料理を出すよう勧め、自信を取り戻させた。
政吉(まさきち)
澪の後釜として「つる家」の料理人となった。臼の5歳下の夫。偏屈で一刻者だが、臼の言うことには素直に耳を傾ける。
元「一柳」の料理人で、他の店も渡り歩いて研鑽を積み、柳吾もその腕を認めている。独立して店を構えることには興味を持たず、生涯雇われ料理人であることを望んでいる。
澪が数馬と結婚することになったとき、その後釜として柳吾の紹介で「つる家」の料理人になることが決まったが、澪が破談となって「つる家」に留まることになったため、このときは話が反故となった。その際はひどく怒ったが、2年後、澪がつる家を辞めるに当たって、柳吾の紹介と先に女衆になっていた臼の強い勧めによって、つる家の料理人になることを了承した。
澪の料理人としての腕を見せつけられ、一時自信を失い掛けたが、自然薯を使った料理、「親父泣かせ」が評判となり、料理番付で張出し大関位を獲得する。文政11年版料理番付では、「つる家」の「自然薯尽くし」が東の大関位を獲得している。

つる家関係者の家族等編集

伊佐三(いさぞう)
おりょうの夫。43歳。伊佐三が20歳、おりょうが25歳の時に結婚した。大工の棟梁で、無口だが家族思い。一時、浮気疑惑が持ち上がったが、実は太一が言葉を取り戻せるようにと、秘密裏に願掛けを行っていただけだった。時々「つる家」で使う備品を作ってくれる。
太一については、自分の跡を継いで大工になって欲しいと思ってきたが、絵の才能があることを知って、絵師にさせるつもりになった。
太一(たいち)
5歳。実の親は伊佐三の下で働いていた大工夫婦で、両親とも火事で亡くなって引き取り手がなかったため、伊佐三とおりょうが引き取り、実の息子のように大切に育てている。火事のショックで言葉を話せなくなっている。
絵が非常にうまく、「つる家」が「鯛の福探し」を出した際は、太一の描いた鯛の九つ道具(骨)の絵が客に配られた。絵師の辰政にも才能を認められ、自作の絵手本を贈られている。
孝介(こうすけ)
八ツ小路そばにある口入れ屋の店主で、りうの息子。
登龍楼の末松に頼まれて、ふきを「つる家」に送り込んだ。そのために澪の献立が登龍楼に流れたことの償いとして、「つる家」の人手が足りないときに、無償で母親のりうを手伝いに送った。その後も、たびたび「つる家」に働きに出るりうを、自ら背負って送り迎えしている。
おつる
種市のひとり娘。「つる家」の名は、彼女の名から取られた。
6歳の時に母親のお連が錦吾と駆け落ちしてからも、種市と暮らし続けた。それまでの種市は、蕎麦打ちの腕は認められていたものの、博打狂いで賭場に入り浸っていたが、おつるを男手一つで育てるようになってからは、蕎麦職人の仕事に専心するようになる。
17歳の時にお連と再会すると、共に暮らすことを望むようになり、1年の約束で種市の元を去る。しかし、半年後、借金を抱える錦吾に拘引され、金貸しの隠居に引き渡されてしまう。そして、貞操を守るために首をつった。命日は水無月の15日、墓は上野宗源寺(そうげんじ)にある。
お連(おれん)
種市の元女房で、おつるの母親。元は深川の飯盛り女で男癖が悪く、種市とおつるを置いて、錦吾と駆け落ちしてしまった。11年後にひょっこり顔を出し、おつるを引き取っていったが、錦吾との仲を邪推して嫉妬し、辛く当たるようになる。
おつるが死んだ後、逃げるように姿を消したが、20年たって突然「つる家」に現れ、種市に包丁を投げつけられて追い出される。数日後に再び現れ、錦吾を見つけたから種市に敵を取って欲しいと澪に語った。澪は種市に伝えるつもりはなかったが、種市はお連の言葉を密かに聞いていて、敵討ちを決意する。
茅野 錦吾(ちの きんご)
お連と駆け落ちした若い絵師。才能はあったが、才におぼれて身を持ち崩し、借金を重ねていく。そして、結果的におつるを自殺に追い込んでしまう。
20年後、お連によって居場所を突き止められた時には、吾平と名を変えて谷町の湯屋で芥拾いをしていた。そして、亡くなった女房との間に幼い2人の娘(おはるとおしま)をもうけていた。仲睦まじい父娘の姿を見て、種市は敵討ちを思いとどまる。
親方
伊佐三が世話になった大工の親方。おりょうとの結婚の際には仲人となり、伊佐三の浮気騒動の際も、二人の仲を心配して奔走してくれた。
妻を亡くした後、自分も卒中風で倒れ、おりょうと太一が泊まり込みで看病した。その甲斐あって、右半身に不自由さが残るものの順調に体は回復していったが、食欲がなくなってしまう。そこで、「つる家」の「鯛の福探し」によって、食欲や気力を取り戻した。
その後発生した洪水で心細くなり、伊佐三一家に願って、竪大工町にある親方の家で同居することになった。

吉原関係者編集

あさひ太夫(あさひたゆう)/野江(のえ)
「翁屋(おきなや)」の花魁。上方出身で、吉原一と謳われる美貌と美しい唄声を持つと言われるが、表にはいっさい姿を現さないため、実在を疑う者も多く「幻の花魁」と呼ばれている。
摂津屋など3名の御用商人が、身請け金としてそれぞれ4千両ずつ、計1万2千両を「翁屋」に預け、いずれあさひ太夫に身請け先を決めてもらうことになっているため、この3名以外はあさひ太夫と遊ぶことができない。そして、大きな商いの前にあさひ太夫と枕を交えれば、決してしくじらないと信じられている。他の遊女たちは、その別格の扱いに嫉妬を感じながらも、あさひ太夫の人となりを敬愛している。
その正体は、大坂で唐高麗の渡来品を商っていた「淡路屋」の末娘、野江で、澪と同い年の幼なじみ。幼い頃から美人で評判だった。易者水原東西に、「旭日昇天(きょくじつしょうてん)」という天下取りの強運の相の持ち主であると予言された。
料理番の又次に頼んで、澪の作る料理と上方の話を持ち帰ってもらった際に、澪がかつての幼なじみであると気付き、「つる家」が放火されて気落ちし意欲を失った澪に、又次を介して10両[注 8]という大金を託し、澪が再び料理への情熱を取り戻すきっかけを与えた。
澪との友情のしるしとして、の貝殻を片方ずつ持っている。
最終話で澪が4千両を用意して落籍された。しかし、女が女を落籍したとなると、江戸中の評判になり、ずっと野江が好奇の目に晒されることを恐れた澪の発案で、再興した実家の「淡路屋」が落籍したことになった。その後、澪と共に大坂に旅立った。
伝右衛門(でんえもん)
「翁屋」の楼主。自分も妻も源斉の患者なので、源斉とは親しくしている。
自身に富をもたらしたあさひ太夫を敬愛し、金に飽かして人品良からぬ者があさひ太夫に近付くことがないように、自身の眼鏡に適った者のみしか太夫には近付けないようにしている。あさひ太夫を疎かに扱うようなことがあれば、「翁屋」も自分も身の破滅だと源斉に言っている。
当初は女である澪を料理人として認めなかったが、江戸では馴染みがなく、男の料理人たちが恐れをなしたを見事に捌いて以降、その腕前を認める。後に澪に、吉原で料理屋を持たないかと持ちかけたが、断られた。
吉原が火災で消失した後、澪が吉原で鼈甲珠を販売しようとしたときには、摂津屋の勧めに従って普請中の「翁屋」の軒先を貸した。そして、引き続き鼈甲珠を買い取ることを約束してくれた。
その後、摂津屋らあさひ太夫の馴染み衆の説得を受け、鼈甲珠の作り方を澪から4千両で買い取る形で、あさひ太夫の落籍を認めた。
又次(またじ)
「翁屋」の料理番。時々「つる家」を訪れて、あさひ太夫に澪の作った弁当を運ぶ。伝右衛門同様あさひ太夫を敬愛し、あさひ太夫を守るためならば人殺しさえ厭わないほど。あさひ太夫のことを探っていた清右衛門や、芳をだました富三を殴るなど、当初は暴力的な面も目立ち、ふきには恐れられていたが、「つる家」の人々や客たちと触れ合ううちに穏やかになっていった。
「つる家」の「三方よしの日」(毎月3がつく日、すなわち3日・13日・23日には営業時間を延ばして酒を出し、常より混雑する)に、料理の手伝いに訪れる。また、澪が匂いや味を感じられなくなった時には、2ヶ月間、「つる家」を住み込みで手伝った。その際、ふきに料理の手ほどきをしてくれた。
文化13年(1816年)5月3日に起こった吉原の大火の際、炎の中に飛び込んであさひ太夫を救出したが、自身は背中に火傷と致命傷を負ってしまう。そして、澪にあさひ太夫のことを託して死んだ。遺骨も残らなかったが、付近にあった灰が、上野宗源寺のおつるの墓と「つる家」の調理場に安置された。そして、「つる家」に安置された灰は、ふきが澪を通じて、落籍されて大阪に向かう野江に渡した。
菊乃(きくの)/しのぶ
「翁屋」の新造。元は浪人の娘だったが、17歳の時に売られてきた。
袖にした客に逆恨みされて斬られようとするところを、あさひ太夫に身を挺して守られた。澪が鱧を料理するために「翁屋」を訪れた際、あさひ太夫に会えるよう手引きしてくれた。
その後、日本橋呉服商、「藤代屋」の主人に身請けされ、内藤新宿に住まいを用意されたばかりか、旦那も身代を息子に譲ってそこに移り住み、しのぶは正式な後添いとなった。「つる家」にも夫を伴って来店して、佐兵衛に関する情報をもたらし、その消息を探ってくれた。
卯吉(うきち)
女衒。大坂新町廊揚屋で、水原東西が野江に旭日昇天の易を出した現場に居合わせた。その後、淀川の水害の後、一時的に記憶を失って御助け小屋に保護されていた野江を、親戚を装って連れ去り、旭日昇天の相を持つ娘として「翁屋」に売り飛ばした。
清右衛門があさひ太夫を題材に戯作を書こうとした際、「つる家」で取材を行った。その後もたびたび「つる家」を訪れて坂村堂にたかっていたが、又次と鉢合わせになり、ひどい目に遭わされた。
摂津屋 助五郎(せっつや すけごろう)
御用商人で札差「摂津屋」の主人。3人いるあさひ太夫の馴染みの1人。
後添いとの間に生まれたただ1人の娘を4歳で亡くし、その遺髪を肌身離さず持ち歩いている。吉原大火の際に、その遺髪を入れた羽織を取りに戻り、その結果あさひ太夫を危険に晒し、又次を死に追いやってしまったことを悔いている。そして、あさひ太夫と澪との関係、そして又次がいまわの際に澪に言い残した「太夫をあんたの手で」という言葉の意味を知りたいと考えた。
3カ月に渡って大阪に滞在し、あさひ太夫の出自を調べ上げると、亡くなった娘が生きていればあさひ太夫と同い年ということもあり、過酷な運命を補って余りある道をあさひ太夫に拓いてやりたいと考えるようになった。そして、あさひ太夫を身請けしようという澪の決意を知ると、それを密かに援助するつもりになった。ただし、金を融通するのではなく、知恵を授けるなど間接的な援助に止めている。澪が吉原で鼈甲珠を販売できる道を開拓できたのも、摂津屋の助力のたまものである。
澪があさひ太夫を落籍する際は、他の2人の馴染みと共に伝右衛門を説得した。また、落籍主を野江の実家である「淡路屋」にしたいという澪の意見を容れ、「淡路屋」の番頭だった龍蔵の息子、辰蔵を探し出し、「大坂屋」の者たちを「淡路屋」の奉公人に扮装させて、野江の落籍行列を行わせた。野江が大坂に戻って店を始められるよう、かつて「淡路屋」のあった場所を押さえ、辰蔵の他、「摂津屋」大阪店の人間を奉公人として回すつもりでいる。そして、野江の大坂での暮らしを整えるため、澪と野江が大阪に向かう旅にも同行した。

天満一兆庵編集

嘉兵衛(かへえ)
「天満一兆庵」の主人で、芳の最初の夫。故人。「天満一兆庵」は、大坂では名の知れた料理屋だったが、文化8年(1812年)、隣家からの貰い火で焼失。澪と芳と共に、江戸店を任せていた息子の佐兵衛を頼るが、店は潰れ息子も行方不明だと知り、心労が重なって、翌年の3月に亡くなる。
店の料理の味が落ち、その原因が分からず困り果てていた時、澪だけが井戸の水質の変化に気付き、その天性の味覚を生かそうと、芳の反対を押し切って澪を板場に入れた。
佐兵衛(さへえ)
嘉兵衛と芳の一人息子。芳が20歳の時に生まれた。幼く泣き虫だった澪を牡蠣船に連れて行って土手鍋を食べさせてくれたことがある。文化5年(1808年)に「天満一兆庵」の江戸店を開店した。
澪らが江戸に着いた時には行方不明になっており、自身番によれば、吉原通いに明け暮れて散財し店を手放したという話だった。実は、「登龍楼」の采女宗馬にそそのかされて「酪」を作った。それが将軍の食物であり、ご禁制と知って手を引こうとすると、采女の策略で、酔って女郎を殺したという嘘を吹き込まれた。そのため、名を捨吉(すてきち)と変え、隠れるようにして釣り忍売りをしていたのである。
その後、しのぶや柳吾の助力によって、芳や澪と再会した。女郎殺しが間違いだったことを知って安堵するものの、勝負にこだわるあまり、料理人としての本分を外れた行為に走ったと言って、二度と料理人には戻らないと芳に宣言した。駒込の染井村に引っ越した後も、柳吾から一柳に来て料理人に戻るようたびたび誘いを受けるが、ずっと断り続けた。
柳吾が「酪」密造の嫌疑を受けて捕縛されたことを知ると、妻子のことを澪に託して自首した。その結果、「酪」密造販売に関わる采女らの所行が明らかになり、関係者が次々と捕縛されることとなる。しかし、佐兵衛本人は、ある御膳奉行の口利きもあって、無罪放免となる。釈放された後は、料理を捨てることはできないということ悟って一柳に入った。文政11年版料理番付には、勧進元の欄に「一柳改メ天満一兆庵」という記述がある。
お薗(おその)
内藤新宿の宿場女郎をしていたとき、病に倒れた佐兵衛を支えた。後に佐兵衛の妻に迎えられ、お花という娘をもうける。元女郎という陰がなく、しのぶはその人柄を菩薩にたとえた。
富三(とみぞう)
「天満一兆庵」の元奉公人。一時は独立して自分の店を持ったがうまくいかず、佐兵衛が江戸店を出すことを聞きつけて、一緒に江戸に下った。
店の金を使いこみ、吉原通いに明け暮れ、刃傷沙汰を起こした挙げ句、その罪を佐兵衛になすりつけた。その後、坂村堂の店で料理番をしていたところ、芳らと再会する。そして、佐兵衛に関する情報を吉原で集めるからと、芳が嘉兵衛から贈られた形見のをだまし取って着服した。又次に嘘を暴かれて打擲されたが、逃げ出して行方知れずとなる。
その後、たまたま澪と再会した時には、労咳を病んでいた。そして、金と引き替えに、佐兵衛も関わっている「登龍楼」の弱みを澪に教えると誘ってきた。澪はそれを断るが、「天満一兆庵」の奉公人時代を思い出す料理を作ってやる。それに感謝し、富三は無償で秘密を書いた手紙を澪に送ってきた。それによると、采女は吉原の「巽屋」と組んで、将軍だけが食べられる「酪」を密造販売して儲けることを画策し、それに佐兵衛を引き込んだ。佐兵衛は「酪」の作成に成功するが、采女の企みに気付いて抜けようとしたため、采女は佐兵衛に薬入りの酒を飲ませて昏睡させ、「巽屋」の花魁に一芝居打たせて、佐兵衛が殺人を犯したと思い込ませ、失踪させたという。この手紙を書いた後、富三はいずこかへ姿を消した。

小野寺家とその関係者編集

里津(りつ) / 覚華院(かくけいん)
数馬の母。60歳前後。いつまでも独身の息子を心配し、息子が通って気にかけているという「つる家」の「みお」を見極めに店を訪れる。その際、澪の人となりは認めたものの、身分違いゆえに嫁候補として認めなかった。しかし、早帆の勧めもあって、しかるべき手順を踏んだ後に、澪を嫁に迎えるつもりになった。
以前、早帆や侍女らと夫の墓参りに行った際、絡んできた御家人たちを早帆と大立ち回りをして撃退したことがあり、数馬は「猛獣」扱いしている。しかし、腎臓を患って寝込むことが増え、数馬が別の娘を嫁に迎えた後に病死した。
早帆(さほ)
数馬の3歳年下の妹。幼なじみの駒澤弥三郎に嫁ぎ、5人の息子をもうけた。料理の才はないが、料理作りは好き。武術に長け、母と同じく数馬に「猛獣」扱いされている。夫の浮気を疑い、池に投げ込んだこともある。
数馬と澪の恋を叶えようと立ち回り、成功しかけるが、数馬が心変わりして(と、早帆や周りの人々は思っている)別の娘を嫁に迎えることになり、心を痛める。
澪と出会ったときには懐妊中で、それは念願の娘だったが、死産してしまう。
駒澤 弥三郎(こまざわ やさぶろう)
早帆の夫で、数馬とは竹馬の友。将軍の身の回りの世話をする小納戸役。特に食事担当の御膳番という役職に就いており、たびたび城内で数馬と顔を合わせる。熊のように大柄で毛深いが、食事に毛が入るなど粗相があってはいけないからと剃髪している。おいしいものもそうでないもの(主に早帆が作る料理)も、何でも喜んでたくさん食べるため、太り気味である。
数馬に町へ出て見聞を広め、市中の料理屋を探るよう焚きつけ、その拠点として湯島にある駒澤家の別邸を貸している。
役務上の苦境で心がふさがっていたときに「つる家」を訪れ、澪の料理に慰められた。
多浜 重光(たはま しげみつ)
小野寺家の用人。数馬が幼い頃から仕えている。当主である数馬がもはかず浪人姿で町へ出ることを苦々しく思っている。数馬と澪の縁談に際しては、つる家との交渉の前面に立っていたため、破談になった際には非常に心を痛めた。
数馬の妻
17歳。有力旗本の縁者に当たる。一度別の家に嫁すことが決まっていたが、不縁となった。その後、上役を通じて数馬に縁談が持ち込まれ、数馬は澪との婚約を破棄してその縁談を受け入れた。早帆によれば、実家の手駒として女の幸せからは遠いところで生きてきたことを、姑である里津は理解して彼女を慈しみ、数馬もまた、元々は意に沿わぬ縁談だったにもかかわらず、夫婦として幸せになる道を模索しているという。

登龍楼(とりゅうろう)編集

采女 宗馬(うねめ そうま)
「登龍楼」(日本橋にある料理屋。例年、料理番付で最高位の、東の大関位を占める)の主人。元は小さな煮売り屋から成り上がり、名字帯刀を許された。
煮売り屋の頃は熱心に料理に打ち込む男だったが、富を得るにつれて名声にもこだわる性格になり、料理番付の「大関」の座を脅かす料理屋に対して営業妨害をするなど手段を選ばず、「つる家」に対しても様々な妨害工作を行っている。
本店は江戸留守居役の接待を当て込んだ高級料理屋だが、「つる家」がとろとろ茶碗蒸しで番付に載り評判になると、町人向けの値段の安い支店を「つる家」からほど近い神田須田町に出した。その後、神田須田町の支店をたたみ、新たに吉原の江戸町に支店を構えた。吉原店は、吉原の大火によって消失し、板長も亡くなったが、すぐに再建した。
吉原の「巽屋」と組んで、「酪」を密造販売して儲けることを画策した。ある御膳奉行に賄賂を送り、原料である白牛の乳を横流ししてもらうと、言葉巧みに佐兵衛を引き込み、「酪」の製造をさせた。佐兵衛が采女の企みに気付いて抜けようとすると、手打ちの酒に薬を混ぜて昏睡させ、「巽屋」の花魁に一芝居打たせて、佐兵衛が殺人を犯したと思い込ませて失踪させる。そして、十分に財をなすと、御膳奉行に罪をなすりつけて切腹に追い込み、密造販売から手を引いた。佐兵衛の自訴によってその罪が明らかになると、「登龍楼」は町奉行所の手入れを受けたが、采女自身はいずこかへ逃走した。
末松(すえまつ)
「登龍楼」の板長。35、6歳。支店の板場を任されると、澪の考え出した名物料理を真似して出して客を奪おうとし、抗議に訪れた芳を袋だたきにして怪我をさせた。御台所町時代の「つる家」への付け火も、末松の仕業と考えられる。さらに、ふきを間者として「つる家」に送り込んで、新しい料理の献立を次々と盗ませた。後に采女にそのことが露見して解雇される。
澪のせいでクビにされたと恨み、かつて「つる家」があった御台所町に同じ名前の「つる家」という店を出し、違う店だとは知る由もない客の取り込みに成功する。しかし、間もなく食中毒を引き起こして夜逃げしてしまう。そのおかげで、本物の「つる家」も信用を失い、しばらく閑古鳥が鳴くこととなった。
健坊(けんぼう)
ふきの弟で、7歳(太一と同い年)。ふきが「つる家」に奉公替えしたばかりの頃は、登龍楼での修行がつらくて、ふきと一緒に暮らしたいと泣いたり、店を飛び出して行方不明になったりしたこともあったが、その後は忍耐して修行を続けている。
藪入りの際は「つる家」にやってきて、ふきと同じ下足番をやりたがる。
「登龍楼」が町奉行の手入れを受けた際、他の奉公人と共に捕縛されるが、まだ幼いということですぐに放免された。その後は「つる家」に身を寄せ、下足番を務めている。

その他編集

清右衛門(せいえもん)
戯作者(モデルは曲亭馬琴)。47歳。元飯田町一帯の大家でもあり、薬屋も経営している。
わがままですぐに癇癪を起こし、料理についても何かと口うるさいが、実は「つる家」の料理を気に入っていて、素直ではない言い方ながら澪を励ましてくれる。また、貴重な料理に関する書籍を何冊もくれた。
坂村堂と組んであさひ太夫の戯作を書こうとしていたが、澪があさひ太夫との関係を話してそれを思いとどまらせた。その際、清右衛門は澪に、「天満一兆庵を再興し、あさひ太夫を身請けしてやれ」と助言する。
が大好物。恐妻家で知られ、妻の名はお百、性格は清右衛門と瓜二つである。息子の宗伯(そうはく)も医師のため、源斉とも知り合いである。
「伊勢屋」が火事を出して取り潰された後、新しい店を始める際、場所を見つけて大家と店賃の交渉をしてやった。その際、爽助や美緒の前にはいっさい姿を現さず、美緒には坂村堂を介して「殊勝な馬鹿娘など虫酸が走る、今後もその小生意気な態度を崩すことはならぬ」と言って感謝を封じ込めた。
大坂に戻ることになった澪に、あちらで店を開く際は、自分がすぐに見つけられるよう「みをつくし」という名にするよう命じた。
坂村堂 嘉久(さかむらどう かきゅう)
神田永富町の版元「坂村堂」の店主。40代。清右衛門に連れられて訪れた「つる家」を気に入り、常連になる。清右衛門の料理代まで支払わされることが多いが、ようやく戯作を書いてもらう約束を得た。
泥鰌のような口ひげをたくわえ、丸い目をしている。そのため、澪は泥鰌を捌くことができなくなった。澪の料理を食べると、その丸い目をきゅーっと細め、いかにもおいしそうに食べるので、周りの客の食欲まで刺激する。店に料理番を置くほどの食道楽で、その舌は澪のちょっとした心の変化をも味わい分けるほど確かだが、それは江戸随一の名料理店「一柳(いちりゅう)」の主人、柳吾のひとり息子だからである。料理人の道を捨てて家を飛び出して以来、父との交流が途絶えていたが、芳の仲介によって和解を果たした。
美緒より5歳年下の娘、加奈(かな)がいる。
爽助との縁談話に反発して家出した美緒を、一時自宅に預かっていた。また、「伊勢屋」が火事を出して取り潰された時も、美緒一家を引き取った。
柳吾(りゅうご)
「一柳」の店主。60代半ば。たびたび澪に厳しい言葉をかけてきたが、それは料理人としての才に期待しているからである。澪が一時的に嗅覚と味覚を失った際も、そういう時にすべきことがあると励ました。
「天満一兆庵」の江戸店が「一柳」の近所だったため、失踪前の佐兵衛のことをよく知っており、佐兵衛と芳の再会のためにも尽力してくれた。
病気で倒れた時に芳の献身的な看病を受け、またその元料理屋女将としての立ち居振る舞いに心を打たれて、床上げ後に芳を後添いに望み、結婚した。
芳との結婚後、澪を「一柳」に迎えて修行させ、ゆくゆくは店を譲る気でいることを表明した。一方で、店を譲る候補として、佐兵衛の名も挙げた。澪には断られたが、「酪」の事件の後、ついに佐兵衛を「一柳」に迎えることができた。そして、10年後(文政11年)の料理番付によれば、「一柳」は「天満一兆庵」と名を変えている。
美緒(みお)
日本橋本両替町にある両替商「伊勢屋」の主人、久兵衛のひとり娘。18歳(澪の2歳下)。牡丹の花のような華やかな美人で、種市は「弁天様」と呼ぶ。
幼い時分から体が弱く、2年ほど前から源斉に診てもらっている。その源斉に恋をして、父に頼んで縁談を申し入れてもらったが、医術に精進したいとの理由で断られた。その原因が澪の存在にあるのではないかと考えて「つる家」を訪れ、最初は攻撃的な態度を取っていたが、次第に澪と仲良くなっていった。
後に、父親が決めた中番頭の爽助との縁談話に反発して家を飛び出し、坂村堂に身を寄せる。しかし、左手の後遺症が治らないことを告知されて悲しむ澪を、源斉が優しく慰める様子を覗き見て、源斉と結ばれることを諦め、爽助との縁談を受け入れた。結婚後は、爽助の真実の愛情を知り、幸せを感じながら暮らしている。そして、1年たって懐妊し、美咲という女児を産んだ。
数馬が澪を守るために悪者になってくれたことを了解している、数少ない人物の一人。
「伊勢屋」が火事を出して取り潰された後、しばらく一家で坂村堂に身を寄せていたが、元飯田町に店を再建して移り住んだ。子育てに加えて家事いっさいを自分一人でこなさねばならず、その生活に疲れ果てていた時に、澪の料理に励まされる。
数馬との失恋が尾を引き、源斉の愛情に応えられない澪に、他人の気持ちだけでなく、自分の気持ちも大切にするよう励ました。
伊勢屋 久兵衛(いせや きゅうべえ)
「伊勢屋」の主人で、美緒の父。美緒が源斉を慕っていることを知ると、縁談を申し込んで返事をもらう前に新居の建設を始めたり、御典医次男の嫁にふさわしい箔をつけさせるために大奥に行儀見習に上げようしたりと、自他共に認める親馬鹿。しかし、源斉と澪が談笑している場面を目撃して、突然爽助との縁談を進め始めた。
「伊勢屋」取り潰された後、失意から食が進まない状態だったが、再建後間もなく元気を取り戻し、爽助と共に喜んで商売に励んでいる。
美緒の母
「伊勢屋」に嫁ぐ前は、品川宿の大きな呉服店の娘だった。「伊勢屋」が取り潰された後、失意からずっと体調を崩していた。元飯田町に店を再建した後は、狭い家での暮らしになじめず、しばらく実家で静養することになった。しかし、間もなく元気を取り戻し、戻って来た。
爽助(そうすけ)
「伊勢屋」の中番頭。30歳過ぎ。小柄でもっさりとした猫背、垂れた目につぶれた鼻に八重歯と、見た目はぱっとしないが、久兵衛には他人への心遣いや気働きに人一倍優れていると信頼されており、幼い奉公人への教育も的確で丁寧。
美緒に対してずっと密かなあこがれを抱いてきたが、思いがけず久兵衛から美緒の婿になることを命ぜられる。
家督を継いでから、奉公人の不注意でぼやを出し、財産没収に等しい過料と所払い(居住地からの追放)の処分を受けることとなった。しかし、銭両替商の鑑札を得て、小さいながらも「伊勢屋」を再建した。
水原 東西(みずはら とうざい)
上方で評判の易者。大坂新町廊を訪れていたところ、たまたま見かけた野江と澪の人相・手相を観て、それぞれ「旭日昇天」「雲外蒼天」の相だと宣言した。
紋次郎(もんじろう)
房州流山の酒屋「相模屋」の主人。30歳前後。新しい白味醂を開発した。なかなか世間に受け入れられずに苦労していたが、澪に天下を取れる味と評価され、芳に上方の名料理屋を紹介されて、大いに励まされた。
一度、密かに「つる家」を訪れ、白味醂を使った料理を味わって、「まだご恩返しができていないが、いずれ天下を取ったなら」と、りうに言い残して去って行った。
その後、たまたま茶屋で数馬と出会い、「つる家」でもらった湯葉と琥珀寒をお裾分けした。
留吉(とめきち)
「相模屋」の下働き。主人の白味醂造りに愛想を尽かした奉公人が次々辞めていく中、ただ一人残って主人に仕え続けた。江戸に営業に来たが、田舎者扱いされてなかなか受け入れてもらえず、あげくに因縁をつけられて袋だたきに遭い、行き倒れていたところを澪に助けられた。しかし、それがきっかけとなり、相模屋の白味醂は、「つる家」で使用されるのはもちろん、上方で、さらには江戸でも評判を博すようになる。
お牧(おまき)
伊佐三が普請を行なっていた新宿(にいじゅく)にある水茶屋の茶屋娘。22、3歳。伊佐三に横恋慕し、おりょうにひどい言葉を吐いて離縁を迫ったり、太一を拘引して伊佐三の気を引こうとしたりした。
房八(ふさはち)
日本橋佐内町の旅籠「よし房」の主人。60代半ば。柳吾の幼なじみで、その息子である坂村堂に誘われて「つる家」の暖簾をくぐった。芳のことが気に入り、強引に求婚するも断られる。
後に別の女性を後添いに迎え、澪に祝言の仕出しを依頼した。その席で、柳吾と坂村堂が久しぶりの対面を果たす。
柳吾と芳の祝言では、仲人役を務めた。
大坂屋
日本橋伊勢町にある乾物商。店主も奉公人も全員が大坂出身。澪がたびたび昆布などの食材を仕入れ、乾物に関する知識を教えてもらう。皆、江戸ではあまり昆布が料理に用いられないことを残念に思っている。
野江が落籍された際は、「大坂屋」の奉公人が野江の実家である「淡路屋」の奉公人に扮したが、彼女が吉原に身を落とすきっかけになった水害を憶えている者も多く、心から落籍を喜んだ。
昆布のご隠居
「つる家」が元飯田町にあった頃からの客。澪のために上質の昆布を用意してくれたことがあるため、「つる家」ではこう呼ばれている。足が悪いが、たびたび遠方から歩いて食べに来る。
辰政(ときまさ)
清右衛門に連れられて「つる家」を訪れた絵師。モデルは葛飾北斎。よく服に食べ物のかすがこびりついているが、本人はまったく気にしていない。太一の絵の才能を認め、自作の絵手本を贈った。
永田 かず枝(ながた かずえ)
源斉の母。源斉に頼まれて「つる家」に鰻を届けたことがあって、その際に澪と初対面した。
夫である陶斉の意を受けて、澪が徒士のために作った弁当を注文した際に再会する。できた弁当を受け取りに来た際、留守番をしていたふきが絵付けの皿に酢の物を装って出したため、溶け出した釉薬によって中毒を起こした。用人らは澪を処罰すべしといきり立ったが、かず枝は澪を庇った。

テレビドラマ(テレビ朝日版)編集

みをつくし料理帖
ジャンル 時代劇
放送国   日本
制作局 テレビ朝日
監督 片山修
原作 髙田郁
脚本 吉田紀子
出演者 北川景子
原田美枝子
貫地谷しほり
平岡祐太
高橋一生
室井滋
大杉漣
松岡昌宏
みをつくし料理帖
放送時間 土曜日21:00 - 23:21(141分)
放送期間 2012年9月22日(1回)
プロデューサー 中川慎子(テレビ朝日)
河瀬光(東映)
榎本美華(東映)
小野川隆(東映)
外部リンク 公式サイト
みをつくし料理帖(第2弾)
放送時間 日曜日21:00 - 23:10(130分)
放送期間 2014年6月8日(1回)
プロデューサー 中川慎子(テレビ朝日)
丸山真哉(東映)
外部リンク 公式サイト
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テレビ朝日系列2012年9月22日土曜日の21:00 - 23:21に放送された。

主演は北川景子で、映画『花のあと』(2009年公開)での時代劇初挑戦に続き、本作が時代劇ドラマ初主演となる。料理人役を初めて演じるにあたり、撮影に先立って料理学校で2か月間指導を受け、カツオをおろすシーンなど劇中の調理シーンは特訓を重ねてほぼ吹き替えなしで撮影に臨んでいる[8][9][10]。また、脚本の吉田紀子、監督の片山修、プロデューサーの中川慎子はいずれも本作が時代劇初挑戦。新鮮な顔ぶれで制作された本作は、料理のシズル感を出すため原色に近いクリアで鮮やかな色彩にこだわってハイビジョン撮影を採用し、従来の時代劇ドラマとは一味異なる映像美を追求、テンポ感や音楽の使い方にも若い視聴者にも受け入れられやすいような現代的な手法を用いるなど、時代劇であることをあまり意識せず現代劇のイメージにて制作されている[10][11]

第2弾が2014年6月8日日曜日の21:00 - 23:10(『日曜エンターテインメント』)に放送された[12][13]

キャスト(テレビ朝日版)編集

主要人物編集

パート2編集

スタッフ(テレビ朝日版)編集

パート1
パート2
  • 原作 - 髙田郁「みをつくし料理帖」シリーズ(角川春樹事務所刊)
  • 脚本 - 吉田紀子
  • 監督 - 片山修(テレビ朝日)
  • 音楽 - 神坂享輔
  • 音楽プロデューサー - 志田博英
  • クッキングスタイリスト - 深沢えり子
  • 料理協力 - 辻調理師専門学校
  • VFX- キルアフィルム、オムニバス・ジャパン
  • 殺陣 - 清家三彦
  • 原作責任者 - 鳥原龍平(角川春樹事務所)
  • プロダクション協力 - 東映太秦映画村
  • ゼネラルプロデューサー - 黒田徹也(テレビ朝日)
  • プロデューサー - 中川慎子(テレビ朝日)、丸山真哉(東映)
  • 制作 - テレビ朝日、東映

放送日程(テレビ朝日版)編集

話数 放送日 サブタイトル 脚本 監督
1 2012年9月22日 天涯孤独の女料理人現る!!
今は亡き人々への想いを胸に…江戸の粋と心をつなぐ奇跡の料理!!
190万部の大ベストセラー映像化
吉田紀子 片山修

          

2 2014年6月08日

テレビドラマ(NHK版)編集

みをつくし料理帖
ジャンル 時代劇
放送時間 土曜 18:05 - 18:43(38分)
放送期間 2017年5月13日 -(8回)
放送国   日本
制作局 NHK
演出 柴田岳志
佐藤峰世
原作 髙田郁
脚本 藤本有紀
プロデューサー 城谷厚司NHKエンタープライズ
山本敏彦(NHK)
出演者 黒木華
森山未來
永山絢斗
成海璃子
小日向文世
安田成美
外部リンク 公式サイト
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NHK総合の「土曜時代ドラマ」枠で、2017年5月13日から全8回で放送予定。

2017年4月より「土曜時代劇」から「土曜時代ドラマ」へとリニューアルされる放送枠の第1弾として制作され、主演の黒木華[14]は本作がNHKドラマへの初主演となる[15]

キャスト(NHK版)編集

スタッフ(NHK版)編集


NHK総合 土曜時代ドラマ
前番組 番組名 次番組
忠臣蔵の恋
〜四十八人目の忠臣〜

(2016.9.24 - 2017.2.25)
【ここまで土曜時代劇枠】
みをつくし料理帖
(2017.5.13 - (予定))
【ここから土曜時代ドラマ枠】
悦ちゃん
(2017.7.15 -(予定))
NHK総合 土曜18:05 - 18:10枠
NHKニュース
※18:00 - 18:10
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漫画版編集

八朔の雪 みをつくし料理帖 全3巻(岡田理知作画、集英社 オフィスユーコミックス)

出典編集

  • 高田郁 『八朔の雪』『花散らしの雨』

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 関西では5・6枚切りが一般的だった。
  2. ^ 当時関西ではウスターソースかとんかつソースしかなかった。
  3. ^ 澪が大坂に戻って10年後。
  4. ^ 第10巻で、澪が大坂に戻って出す店は「みをつくし」という名にするよう清右衛門が命じている。
  5. ^ 鱚は喜びに通じるということで将軍の朝食に毎日出され、生姜は将軍家斉の大好物で毎日供された。
  6. ^ 第10巻の記述によると、特別な白牛から取られた乳を原料にした食物。労咳に効くと言われている。その製法や見た目などはいっさい明らかにされていない。将軍の他、ごく限られたものしか食べることを許されていないが、時の将軍家斉は、「酪」の効用を広く世間に知らしめたいと願って、医官に「白牛酪考」を書かせたと言われる。
  7. ^ 登城する際、馬を下りねばならぬ場所。従者たちはそこで主人の帰りを待つ。
  8. ^ シリーズ第7巻「夏天の虹」巻末「みをつくし瓦版」によると、作者は1文30円で料理の値段を決めている。1両=4000文とすると、10両は120万円。

出典編集

  1. ^ “【ダ・ヴィンチ2015年4月号】「高田郁」特集番外編”. ダ・ヴィンチニュース (KADOKAWA). (2015年3月7日). http://ddnavi.com/dav-contents/230089/a/ 2017年2月7日閲覧。 
  2. ^ a b 瀧井朝世 (2010年2月14日). “八朔の雪 みをつくし料理帖 [著]高田郁著”. ブック・アサヒ・コム (朝日新聞デジタル). http://book.asahi.com/reviews/column/2011071702885.html 2017年2月15日閲覧。 
  3. ^ “(わたしの料理)はてなの握り飯”. 朝日新聞デジタル. (2016年9月2日). http://www.asahi.com/articles/ASJ8K7DD3J8KPTFC01B.html 2017年2月15日閲覧。 
  4. ^ 高田 郁さんインタビュー”. 特集INTERVIEW. ブックサービス (2011年4月). 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月17日閲覧。
  5. ^ “人気時代小説『みをつくし料理帖』北川景子主演でドラマ化”. ダ・ヴィンチニュース (KADOKAWA). (2012年9月14日). http://ddnavi.com/news/85036/a/ 2017年2月15日閲覧。 
  6. ^ “(わたしの料理)ドライカレー”. 朝日新聞デジタル. (2016年8月25日). http://www.asahi.com/articles/ASJ8K541VJ8KPTFC00P.html 2017年2月15日閲覧。 
  7. ^ 第9巻「みをつくし瓦版」、及び次回予告より
  8. ^ “北川景子がSPドラマで“江戸の女料理人”に奮闘”. ザテレビジョン (KADOKAWA). (2012年8月3日). https://thetv.jp/news/detail/32239/ 2017年2月15日閲覧。 
  9. ^ “北川景子、時代劇で料理人に初挑戦 学校に通い2ヶ月猛特訓!”. ORICON NEWS (オリコン). (2012年8月3日). http://www.oricon.co.jp/news/2015172/full/ 2017年2月15日閲覧。 
  10. ^ a b “みをつくし料理帖:北川景子は「絶対に『できない』と言わない人」 監督に聞く”. MANTANWEB(まんたんウェブ) (MANTAN). (2012年9月22日). http://mantan-web.jp/2012/09/22/20120922dog00m200021000c.html 2017年2月15日閲覧。 
  11. ^ “新しい路線の時代劇が誕生『みをつくし料理帖』 女性プロデューサーの挑戦”. ORICON NEWS (オリコン). (2012年9月21日). http://www.oricon.co.jp/news/2016928/full/ 2017年2月15日閲覧。 
  12. ^ “北川景子、主演時代劇ドラマ第2弾でハモと格闘「悪戦苦闘しています!」”. ORICON NEWS (オリコン). (2014年4月23日). http://www.oricon.co.jp/news/2036626/full/ 2017年2月15日閲覧。 
  13. ^ “北川景子:ハモのさばきに悪戦苦闘 「みをつくし料理帖」再び”. MANTANWEB(まんたんウェブ) (MANTAN). (2014年4月23日). http://mantan-web.jp/2014/04/23/20140422dog00m200056000c.html 2017年2月15日閲覧。 
  14. ^ 黒木華さん主演「みをつくし料理帖」制作開始!”. NHK (2017年2月7日). 2017年2月7日閲覧。
  15. ^ “黒木華、NHKドラマ初主演 『みをつくし料理帖』連続ドラマ化”. ORICON NEWS (オリコン). (2017年2月7日). http://www.oricon.co.jp/news/2085624/full/ 2017年2月7日閲覧。 

外部リンク編集