アイゼンシュタット
アイゼンシュタット(ドイツ語: Eisenstadt 発音, ハンガリー語: Kismarton; キシュマルトン, クロアチア語: Željezno)は、オーストリア東部の都市。ブルゲンラント州の州都。郡に属さない憲章都市(Statutarstadt)であるが、アイゼンシュタット=ウムゲーブング郡の郡庁が置かれている。
アイゼンシュタット Eisenstadt | |||
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位置 | |||
アイゼンシュタットの位置 | |||
座標 : 北緯47度51分 東経16度31分 / 北緯47.850度 東経16.517度 | |||
行政 | |||
国 | オーストリア | ||
州 (Bundesland) | ブルゲンラント州 | ||
郡 (Bezirk) | - | ||
憲章都市 (Statutarstadt) | アイゼンシュタット | ||
地理 | |||
面積 | |||
憲章都市 (Statutarstadt)域 | 42.91 km2 (16.6 mi2) | ||
標高 | 182 m (597 ft) | ||
人口 | |||
人口 | (2006年1月現在) | ||
憲章都市 (Statutarstadt)域 | 12,190人 | ||
人口密度 | 284人/km2(736人/mi2) | ||
その他 | |||
等時帯 | CET (UTC+1) | ||
夏時間 | CEST (UTC+2) | ||
市外局番 | 02682 | ||
ナンバープレート | E | ||
公式ウェブサイト : http://www.eisenstadt.at/ |
概要
編集都市の周辺は葡萄畑に囲まれており、また都市周辺部には緑の多い自然豊かな都市である。
ハンガリー貴族であったエステルハージ家が支配した地域で、エステルハージ城(邸宅)がある。また、当家に仕えたハイドンゆかりの地としても著名である[1]。
地理
編集4つの区に分けられる。
- オーバーベルク/フェルシェーキシュマルトンヘジ(上の山) Oberberg / Felsőkismartonhegy / Železno Brig
- ウンターベルク/アルショーキシュマルトンヘジ(下の山) Unterberg / Alsókismartonhegy / Železno Dolnji Brig
- クラインヘーフライン/キシュヘフラーニ Kleinhöflein/Kishöflány
- ザンクト・ゲオルゲン/ライタセントジェルジ St. Georgen a. Leithagebirge / Lajtaszentgyörgy / Sveto Jurje
歴史
編集ハルシュタット時代からの遺物が見出される。 ケルト人、ローマ人がその後移住した。 民族移動記にゲルマン系の住民と、フン族も居住した。 800年ごろ、カール大帝治下フランク王国の領域に入り、バイエルン人の移住が始まる。 1118年に「"castrum ferrum"(鉄の城)」として初めて文献に現れる。 1264年には「"minor Mortin"(小さいマルトン)」と、ハンガリー語名のキシュマルトンに対応する形で現れる。
中世後期から第一次世界大戦までは概ねハンガリー王国(オーストリア帝国時代含む)の一部であった。第一次ウィーン包囲に際しては、前線地帯として1529年から1532年までオスマン帝国の支配下となった。
1921年、トリアノン条約とサン=ジェルマン条約により、オーストリア共和国の一部となる。1925年からはブルゲンラント州の州都となっている。第二次世界大戦中は激しい爆撃を受けた。
見所
編集博物館
編集- ハイドン博物館 - フランツ・ヨーゼフ・ハイドンに関する博物館。ハイドンの住居跡を改装したもので、規模としては資料館に近い。アイゼンシュタットでは小規模だが「ハイドン音楽祭」が開催される
- 州博物館
- オーストリア・ユダヤ博物館
- 司教区民博物館 - ローマ・カトリックのアイゼンシュタット司教区に関連した博物館
- 消防博物館
宮城
編集建築物
編集- 山の教会
- ドーム教会 - 後期ゴシック様式の兵士に関わる教会
- シナゴーグ - ユダヤ教徒街の博物館の中にある
- ハイドン廟 - ハイドンの遺体がある
- 市庁舎
- 粉挽塔
アイゼンシュタット | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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雨温図(説明) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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姉妹都市
編集- コルマール、フランス
- さぬき市(旧志度町)、日本
- ショプロン、ハンガリー - ハンガリー王国時代は同じショプロン県に属していた
- バート・キッシンゲン、ドイツ
- リニャーノ・サッビアドーロ、イタリア
ゆかりの人物
編集アイゼンシュタット出身の人物
編集- エステルハージ家
- アンドレアス・イヴァンシッツ - サッカー選手
- フィリップ・ホジナー - サッカー選手
- ルーカス・ロートプッラー - サッカー選手
- ヨーゼフ・ヒルトル - 解剖学者
アイゼンシュタットに在住した人物
編集イェシーバーのあった都市であるため、この地で学んだラビが多い。ハンガリーの首席ラビはアイゼンシュタットのラビであったことも多い。
- フランツ・ヨーゼフ・ハイドン - 作曲家。北部のローラウ出身。
- イグナツ・プライエル - 作曲家
- ヨハン・ネポムク・フンメル - 作曲家、ピアニスト
- ロベルト・ムージル - 作家
- ザムゾン・ヴェルトハイマー - アイゼンシュタットのラビで、ハンガリー王国・モラヴィア首席ラビ
脚注
編集- ^ “デジタル大辞泉の解説”. コトバンク. 2018年5月13日閲覧。