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アサヒビールシルバースター: Asahi Beer Silver Star)は、Xリーグに所属する社会人アメリカンフットボールのクラブチーム。アサヒビールをスポンサーとし、現在、クラブ事務局を横浜市中区に、練習場は川崎市川崎区川崎球場に置いている。

アサヒビールシルバースター
基本情報
愛称 シルバースター
メインスポンサー アサヒビール
創設年 1970年
所属リーグ
リーグ Xリーグ・X1 AREA EAST
本拠地
本拠地 神奈川県
組織
オーナー 泉谷直木
GM 藤縄大樹
監督 阿部敏彰
ヘッドコーチ 有馬隼人
成績
2018シーズン SUPER9 8位
JXB優勝 4回 (1989年・1992年・1993年・1999年)
地区優勝 3回 (1997年・2006年・2009年)
獲得タイトル
ライスボウル優勝 (3回)
1993年・1994年・2000年
外部リンク
公式サイト0/0公式Twitter

チームのあゆみ編集

1970年、当初日大日体大OBを中心にクラブチームとしてシルバースター創部。チーム名は「日本のアメリカンフットボール界の輝ける星を目指し、日本の頂点で輝く銀の星になる」事を目標に名付けられた。現在、アサヒビールの社員選手を中心に、関東・関西等出身、色々な大学出身者で構成されている。

1989年、当時、アサヒビール(法人としては現:アサヒグループホールディングス)代表取締役社長だった樋口廣太郎は、母校のチームである京都大学ギャングスターズの活躍を通じてアメリカンフットボールへの関心を高めていたが、折りしも関西学院大学ファイターズOBの鈴木智之を介して、クラブチーム運営の苦境を知らされ、シルバースターへのスポンサー参加を決意する。以後、アサヒビールは20年以上にわたりチームをサポートしている。アサヒビールのスポンサード開始の1989年以降、下位リーグとの入替戦出場、及び下位リーグへの降格は一度もない。2011年現在、活動継続中のXリーグ1部所属歴を持つクラブチーム中、最初に冠した企業のサポートが一貫して行われている事や他のクラブ、企業チームとの合併等を経ていない組織運営体制、チーム呼称を含め、クラブチームのスポンサーがこれほど長期間継続しているのはシルバースターのみである。

創部以来、チームカラー及びヘルメット、ジャージのデザインにも大きな変更がないが、これも社会人チームでは希有な例である。アサヒビールのスポンサー参加に際し、ヘルメットにデカールで貼られた銀の星が、同業他社であるサッポロビールを連想させるとして、同社内でデザイン変更が検討されたが、阿部監督以下スタッフの熱意ある説得により、一切手を加えられることなく維持された、とも伝えられる(ちなみに、看板商品アサヒスーパードライのイメージカラーもやはり銀。またサッポロビールのマークは銀ではなくの星)。

これまで、社会人日本一を4回、ライスボウル制覇を3回経験。リーグ戦では苦しみながらもFINAL6には常連出場のチームであるが、2007年シーズンはリーグ最終戦でオービックシーガルズに敗れ、プレーオフ進出を逃している。創部以来チームを率いる阿部敏彰は過去3回のアメリカンフットボールワールドカップでいずれも日本代表チームの監督を務めている。

練習拠点編集

現在は川崎市川崎富士見球技場を練習グラウンドに使用しており、平日は選手は勤務後に自主練習している。全体練習が行われる週末も、日中はリーグ戦の試合会場として使われることも多く、ナイター練習が多い。フィールドのエンドゾーンには、アサヒビールシルバースターの文字が書かれてある。川崎球場が使用できない場合に他の会場で練習を行うこともある。

なお、川崎市を本拠地とするスポーツクラブ・個人間の交流事業「川崎市ホームタウンスポーツ推進パートナー」には現在加盟していない(同じ川崎市を本拠としている富士通フロンティアーズは参加している)。

著名な選手編集

ライスボウル2連覇に貢献、第40・41代ポール・ラッシュ杯受賞。「怪物くん」の愛称を持つ。アサヒビールの社員選手。
東海の後継QBとしてチームを牽引。現在はコーチに就任。
第53代ポール・ラッシュ杯受賞。甲子園ライスワールドカップの全てで優勝を経験。
立命館大学の初優勝に貢献、「関西学生史上ナンバーワンQB」と呼ばれた。アサヒビールの社員選手。
関西学院大学出身。1999年度の学生最優秀選手である「ミルズ杯」を獲得。大学卒業後は、TBSアナウンサーとして活動していたが、2004年6月にTBSを退社してチームに参加。現在はシルバースターのヘッドコーチ。所属事務所はグリーンメディア(アスリート部門及び、アナウンサー部門に所属)。
※2008-2009年度はアサヒ飲料チャレンジャーズに移籍。
早稲田大を初の甲子園ボウルに導く。NFLヨーロッパで日本人初のパス成功を記録。
日体大出身。木村拓哉の実弟。日本代表になり、W杯大会日本の連覇に貢献した。アパレルメーカーに勤務している。
同志社大学出身。第2回W杯大会日本代表メンバー。
関西学院大学出身。2007年度の年間最優秀選手(ミルズ杯)と第62回甲子園ボウル最優秀選手をダブル受賞。
ライスボウルパッシングレコードホルダー(第61回大会)。
日本大学出身。1999年日本一チームのキャプテンを務めた。第1回(イタリア)、第2回(ドイツ)W杯大会においても、優勝した日本代表のキャプテンを務めた。

外部リンク編集