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歴史編集

初代子爵に叙されるウィリアム・ウォルドーフ・アスター(1848–1919)は、アメリカの財閥アスター家の一族でニューヨーク州議会の下院議員や上院議員を務めていたが、1899年イギリスに帰化してイギリス臣民となった[1]。イギリスでは『ペル・メル・ガゼット英語版』と『ペル・メル・マガジン英語版』を所有しつつ、慈善事業に尽くした[1]。その功績で1916年1月26日には連合王国貴族爵位カウンティ・オブ・ケントにおけるヒーヴァー城のアスター男爵(Baron Astor, of Hever Castle in the County of Kent)、ついで1917年6月23日には連合王国貴族爵位カウンティ・オブ・ケントにおけるヒーヴァー城のアスター子爵(Viscount Astor, of Hever Castle in the County of Kent)に叙せられた[2][3]

初代子爵の長男で2代子爵を継承するウォルドーフ・アスター英語版(1879–1952)は、統一党(保守党)の政治家で襲爵前から庶民院議員を務め、襲爵後の1918年から1919年まで食糧省(Ministry of Food)の政務次官、1919年から1921年まで厚生省(Ministry of Health)の政務次官などを務めている[3][4]。また初代子爵の三男ジョン・ジェイコブ・アスター(1886-1971)も保守党の政治家で1956年にヒーヴァーのアスター男爵に叙せられている[5]

2代子爵の息子の3代子爵ウィリアム・ウォルドーフ・アスター英語版(1907–1966)も襲爵前に保守党の庶民院議員を務めた[3][6]

3代子爵の息子の4代子爵ウィリアム・ウォルドーフ・アスター英語版(1951-)も保守党の政治家として貴族院で活動しており、1999年に世襲貴族の議席が92議席に限定された後も世襲貴族枠の貴族院議員に選び残されている。2017年現在の当主も彼である[3][7]

本邸はオックスフォードシャーワンテジ英語版にあるジンジ・マナー英語版である[3]

現当主の保有爵位編集

現当主ウィリアム・ウォルドーフ・アスター英語版は以下の爵位を保有している[3][7]

  • ケント州におけるヒーヴァー城の第4代アスター子爵 (4th Viscount Astor, of Hever Castle in the County of Kent)
    (1917年6月23日勅許状による連合王国貴族爵位)
  • ケント州におけるヒーヴァー城の第4代アスター男爵 (4th Baron Astor, of Hever Castle in the County of Kent)
    (1916年1月26日の勅許状による連合王国貴族爵位)

歴代当主一覧編集

アスター男爵 (1916年)編集

アスター子爵 (1917年)編集

脚注編集

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出典編集

  1. ^ a b   "Astor, William Waldorf" . Collier's New Encyclopedia. 1921.
  2. ^ Lundy, Darryl. “William Waldorf Astor, 1st Viscount Astor” (英語). thepeerage.com. 2017年12月16日閲覧。
  3. ^ a b c d e f Heraldic Media Limited. “Astor, Viscount (UK, 1917)” (英語). Cracroft's Peerage The Complete Guide to the British Peerage & Baronetage. 2017年12月16日閲覧。
  4. ^   "Astor, William Waldorf Astor, 1st Viscount" . Encyclopædia Britannica (12th ed.). 1922.
  5. ^ Lundy, Darryl. “Lt.-Col. John Jacob Astor, 1st Baron Astor of Hever” (英語). thepeerage.com. 2017年12月16日閲覧。
  6. ^ Lundy, Darryl. “William Waldorf Astor, 3rd Viscount Astor” (英語). thepeerage.com. 2017年12月16日閲覧。
  7. ^ a b Lundy, Darryl. “William Waldorf Astor, 4th Viscount Astor” (英語). thepeerage.com. 2017年12月16日閲覧。

関連項目編集