アデラ・フォン・マイセン

アデラ・フォン・マイセン(Adela von Meißen, ? - 1181年10月23日)は、デンマーク王スヴェン3世の王妃。マイセン辺境伯コンラート1世とリウトガルト・フォン・ラーフェンシュタインの間の娘である。

アデラ・フォン・マイセン
Adela von Meißen
デンマーク王妃
在位 1152年 - 1157年

出生 不明
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
マイセン辺境伯領、マイセン
死去 1181年10月23日
結婚 1152年
1157年以降
配偶者 デンマーク王スヴェン3世
  バレンシュテット伯アーダルベルト3世
子女 男子
ルイトガート
ゲルトルート
家名 ヴェッティン家
父親 マイセン辺境伯コンラート1世
母親 リウトガルト・フォン・ラーフェンシュタイン
宗教 キリスト教カトリック
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生涯編集

アデラはマイセンで生まれた[1]1152年デンマーク王スヴェン3世と結婚した。王妃アデラは人気がなく、夫スヴェン3世がドイツの慣習を好みデンマークの慣習をやめるよう影響を与えたとして批判された。

1157年にスヴェン3世が死去した後、アデラはアスカニア家のバレンシュテット伯アーダルベルト3世と再婚した。

子女編集

スヴェン3世との間に2子をもうけた。

  • 男子 - 早世
  • ルイトガート - イストリアおよびクライン辺境伯ベルトルト3世と結婚

アーダルベルト3世との間に1女をもうけた。

  • ゲルトルート - ヴァルター・フォン・アルンシュタインと結婚

脚注編集

  1. ^ Adela of Meissen (fl. 12th century)”. Women in World History: A Biographical Encyclopedia. Gale Research Inc.. 2013年1月8日閲覧。

参考文献編集

  • Alf Henrikson: Dansk historia (Danish history) (1989) (Swedish)
  • Sven Rosborn (In Swedish): När hände vad i Nordens historia (When did what happen in the history of the Nordic countries) (1997)
  • Biography in Dansk Biografisk Leksikon 1. ed.