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アトッサ(Atossa)は、アケメネス朝の女王であり、キュロス2世カッサンダネの娘である。紀元前550年から紀元前475年まで生き、恐らくペルシア王カンビュセス2世の姉妹であった。

アトッサ
ペルシア王妃
Atusa (Daughter Of Cyrus The Great).jpg
イラン国立博物館が収蔵するアトッサの胸像
配偶者 ペルシア王カンビュセス2世
  ペルシア王ダレイオス1世
子女 クセルクセス1世
父親 ペルシア王キュロス2世
母親 カッサンダネ
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アトッサは、紀元前522年にダレイオス1世がカンビュセス2世の弟バルディヤを自称する人物の反乱を鎮圧した後に、ダレイオス1世と結婚した[1]

ヘロドトスは、『歴史』の中で、胸に出血性のこぶを抱えていたと記している。彼女は自分自身をシートで包んで隔離を求めた。結局、ギリシアの奴隷デモセデスが腫瘍を切除するよう、彼女を説得した[2]

クセルクセス1世はアトッサとダレイオス1世の長男である。アトッサは、紀元前480年のクセルクセス1世によるギリシア侵略まで見届けた。アトッサはキュロス2世の直系であり、アケメネス朝において大きな存在であった。アトッサの特別な地位により、ダレイオス1世の長男ではなかったクセルクセス1世が後を継ぐことになった[1]

文学での言及編集

 
『ペルシア人』の一場面に登場する、アトッサの前に現れたダレイオス1世の幽霊

アイスキュロスは、アトッサを主要な登場人物として悲劇『ペルシア人』を書いた。また、ゴア・ヴィダルの小説Creationでも主要な登場人物である。

その他編集

シアトルのヘルスケア企業Atossa Geneticsは、創業者のDr. Steven Quayにより、2009年にアトッサに因んで名付けられた。NASDAQ公開企業で、早期腫瘍治療薬の開発を通じて、乳癌の女性を支援することを目的としている。会社のロゴは、イラン国立博物館が収蔵するアトッサの胸像を図案化したものである[3]

出典編集

  1. ^ a b Schmitt, Rudiger (1989). “Atossa”. Encyclopaedia Iranica. vol. 3. Encyclopaedia Iranica Foundation. ISBN 0-7100-9121-4. http://www.iranicaonline.org/articles/atossa-achaemenid-queen. 
  2. ^ Mukherjee, The Emperor of All Maladies, p.41. See Herodotus, The Histories, OUP, 1998, pt. VIII
  3. ^ Atossa - The Celestrial and Terrestrial Lady of Ancient Iran”. Iran Chamber Society. 2018年3月31日閲覧。
  • Mukhjerjee, Siddhartha (2011). The Emperor of All Maladies: A Biography of Cancer. Harper Collins. ISBN 978-0-00-725092-9.