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アドボカタスラテン語: advocatus、派生英語Advocate(アドボケイト、派生フランス語avoué、派生ドイツ語Vogt)とは、中世ヨーロッパにおいて、一般表現として、個人を代弁(代言・弁護)するための人物が広く求め(at~へ、声、ad vocatus)(「召喚」させ)られて、その役につく(代弁するために呼ばれた=アドボカタス)人物の事を表した。

通常は、個人弁護人または(後述する)アドボカタス・エクレシアつまり特定の教会や修道院を守護する責を負った人物がその任にあたった。その後、フランス、ドイツ、イギリスなどヨーロッパ各国でそれぞれの制度の元で発展していくことになる[1][2][3]

司法における役員としてのアドボカタスが登場するのがのは、「ローマ法の再発見」と同じころの12世紀と13世紀になってからである[4]

アドボカタス・エクレシア編集

アドボカタス・エクレシアという言葉は、ラテン語で文字通り「教会のアドボケイトをする者」との称号で、与えられた条件下において、特定の教会や修道院を代表し、その権利を擁護することが義務である特定の人々のことを指す。

これらの「アドボケイトをする者」は、世俗的な裁判において依頼者を代表するべく義務により拘束されていた。彼らは教会または修道院の範囲内で民法管轄権を行使し、実際の攻撃などを受けた際には教会を武器で保護する義務もあった。最後に、教会や修道院の名のもとに武装勢力を導き、戦時において指揮することも彼らの義務だった。これらの奉仕と引き換えに、「アドボケイトをする者」は、彼が要求することができる物資や奉仕の形で、あるいは教会の財産に対する先取特権の形で、教会の所有物から一定の収入を得ていた。

そのような「アドボケイトをする者」はローマ時代にさえ遡ってみつけることが出来る。401年にカルタゴの集会は、皇帝が司教たちと協力して、教会を守護することを要求されるべきであると宣言した[5]。さらに、5世紀の終わり頃には、イタリアのそのような守備組織 defensores ecclesiæ の証拠があるが、 ローマ教皇グレゴリウス一世は聖職者に限定した。その義務は貧しい人々を守り、教会の権利と財産を守ることだった。

脚注編集

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  1. ^   One or more of the preceding sentences incorporates text from a publication now in the public domainChisholm, Hugh, ed. (1911). "Advocate" . Encyclopædia Britannica. 1 (11th ed.). Cambridge University Press. pp. 241–242. This cites:
  2. ^ Constance B. Bouchard, "Advocatus/Avoué", in Medieval France: An Encyclopedia (Garland, 1995), pp. 16–17.
  3. ^   One or more of the preceding sentences incorporates text from a publication now in the public domainChisholm, Hugh, ed. (1911). "Advocate" . Encyclopædia Britannica. 1 (11th ed.). Cambridge University Press. pp. 241–242. This cites:
  4. ^ Jean-Louis Gazzaniga, "Advocate", in André Vauchez (ed.), Encyclopedia of the Middle Ages (Oxford University Press, 2002).
  5. ^ Hefele, Conciliengeschichte, 2d ed., I, 83.

関連項目編集

参考文献編集

  この記事にはパブリックドメインである次の百科事典本文を含む: Herbermann, Charles, ed. (1913). "Advocatus Ecclesiæ" . Catholic Encyclopedia. New York: Robert Appleton. "アドボカタス・エクレシア"   カトリック百科事典 ニューヨーク:Robert Appleton。

  • チャールズ・ウェスト、「カロリンガ派支持者の意義」、 中世初期ヨーロッパ 17(2009)、pp。   186–206