アナ・マリア・カタリナ・エンリケータ・デ・ロレーナ

アナ・マリア・カタリナ・エンリケータ・デ・ロレーナ(Dona Ana Maria Catarina Henriqueta de Lorena, duquesa de Abrantes, 1691年9月3日 - 1761年6月)は、ポルトガルの貴族女性、宮廷女官。第3代アブランテシュ侯爵英語版、第9代ペナギアオ伯爵英語版だが、それらの襲爵以前にアブランテシュ公爵位を授けられた。

寓意画でアテナ女神に扮したアブランテシュ女公爵、アンドレ・ゴンサルヴェシュ英語版による版画、1752年

教皇特使・在スペイン大使を務めた初代アブランテシュ侯爵英語版と、初代カダヴァル公爵の娘イザベル・エンリケータ・デ・ロレーナ(1672年 - 1699年)の間の長女。母から「ロレーナ」の姓を引き継ぐが、母の外祖父でフランス貴族のアルクール伯爵に由来するもので、カダヴァル家がロレーヌ公国公家の血筋を引くことを強調するためのものである。

1711年、母の異母弟の1人ドン・ホドリゴ・アルヴァレシュ・ペレイラ・デ・メロ(1688年 - 1713年)と結婚するが、間に一人娘マリア・マルガリーダを授かったのみで死別する。娘はアナ・マリア自身の弟で唯一の男兄弟だった第2代アブランテシュ公爵ジョアキン・フランシスコに嫁ぐが、娘夫婦の間に子が生まれなかったため、1756年弟の死で実家の爵位・資産を相続した。

その3年前の1753年12月9日、女官の最高位である王妃女官長(衣装係主任女官、Camareira-Môr)に就任する際、国王ジョゼ1世の特旨によって終身爵位(vitalício)のアブランテシュ女公爵を受けた。1757年、女官長の地位を娘に引き継いで引退した。

参考文献編集

  • ”Nobreza de Portugal e do Brasil" – Vol. II, page 205. Published by Zairol Lda., Lisbon 1989.

外部リンク編集