アムールトラ (Panthera tigris altaica簡体字中国語: 东北虎) は、ネコ科に属するトラの一亜種。altaicaとは、ロシア西シベリアアルタイ地方の意味[1]。現在はロシア極東沿海地方およびハバロフスク地方の、アムール川および中国東北部を含むウスリー川流域、長白山地区でのみ生息が確認されているが、かつては中国満洲朝鮮半島モンゴルシベリアに広く分布しており、その生息範囲は中央アジア西アジアにまで伸びていた。

アムールトラ
保全状況評価
ENDANGERED
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
* ワシントン条約附属書I
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: ネコ目 Carnivora
: ネコ科 Felidae
: ヒョウ属 Panthera
: トラ P.tigris
亜種 : アムールトラ P. t. altaica
学名
Panthera tigris altaica
和名
アムールトラ
チョウセントラ
シベリアトラ
英名
Siberian tiger
生息域

現存する8つのトラの亜種でも大型の体躯を持ち、ネコ科の中でも最大種の一つである。雄の個体では全長3 m、体重350 kgを超えた例も報告されている[2]2009年に行われた遺伝学的調査で、かつては別の亜種とみられていた西アジアのカスピトラ(絶滅)が、現在生息しているアムールトラとほぼ同一であることが判明した[3]

形態 編集

雄の個体では体長(頭胴長)2.5 m(長さの比較資料1 E0 m)、体重300 kgにも達する。しかし近年では、生息地における獲物の不足により痩せた個体が多く見られ[4]、現状での野生個体の体格面ではベンガルトラの方が大型と指摘もされることも多い[注 1]。飼育個体は野生個体よりも大きくなる傾向があり、中には体重450 kgを超える個体もいる[5][6]。ベンガルトラに比べて体長は長いが、体高ではベンガルトラより低くなる傾向が強い。

現生のネコ科の最大種であるが、2013年に発表された研究ではイエネコDNAの95.6%を共有していることが指摘された[7]

極めて寒冷な地域、シベリアタイガ (針葉樹林) 等を主な生息域としていることから、他の亜種に比して深く長い体毛をそなえている。冬毛は夏毛の3倍以上の長さになる。

生態 編集

 
母子のアムールトラ

昼夜行性で、獲物の動きが低下する夜間に盛んに活動する場合があり、気温が零下を下回る真冬であっても、夜間には活発に動いている事が観察されている。

 
タイリクシカを追撃するアムールトラのジオラマ

主にイノシシアカシカノロジカジャコウジカヘラジカツキノワグマヒグマなどを捕食する。狩りは待ち伏せ型で、背丈の高い草や、低木や灌木のような場所に身を潜めて獲物が通りかかるのを待ち、獲物が間合いに近付いた際に襲いかかる。狩りの成功率は高くはなく、20%以下だといわれ、ヒグマ相手の場合では、失敗したら深傷を負ったり、逆に殺されるリスクも伴う。キジ科や、カモ科などの大型鳥類、水辺ではカワカマスソウギョのような大型魚類を狙うこともある。

夏場は水辺を好み、そこで水浴びや泳いで体温を下げたり、寄生虫や吸血昆虫から身を守る。冬場は雪と林の中に紛れて獲物を待ち伏せる。メスは自分の夫となるオスの隣接する縄張り部分を住処とし、オスは単独生活で付かず離れずで妻と子供を守り、子育てはもっぱらメスだけが行う。オスは自分の子供には寛容だが、他の個体や、その子供には容赦なく攻撃し、殺してしまう事もある。これはメスにも度々起こるが、メスは体格差からオスとの争いは避ける事が多い。

子供が成長して独り立ちするのに約2年かかる。子離れはベンガルトラと同様にメスの方が早い。成獣は人間以外に天敵は殆どいないが、獲物を競合する関係では、タイリクオオカミやアムールヒョウがいる。飼育下での寿命は、約15〜20年。

生息 編集

主な生息域は、ロシア中国東北部の国境を流れるアムール川ウスリー川(アムール川の支流)周辺のタイガ (針葉樹林) である。また、北朝鮮での生息も確認されている。北朝鮮での生息状況の詳細は不明だが、白頭山周辺が本種の生息地域として紹介されることが多い。

生息の現状 編集

近年、アムールトラの個体数は500頭程度にまで落ち込んでいると推測され絶滅が危惧されている。一時期は自然破壊のために絶滅寸前まで追い込まれていたものの、冷戦終結後にアメリカを中心とした西側の動物保護団体による保護活動が進み生息環境も改善されつつあるため、徐々にではあるが個体数は回復傾向にある。しかし、今度は逆にアムールトラの生息拡大が、アムールヒョウの生息を脅かすという事態も起きており、新たな課題となっている。

また、後述するような、人間の自然開発による人里への接近や、人や家畜を襲う事件もまた、昔から避けられない無視出来ない問題である。

絶滅の危機に瀕するアムールトラ 編集

ロシアでシベリアトラを放す

アムールトラ1頭あたり1,000平方キロ(東京都の面積の半分)の森林が必要だとされるが、沿海地方では森林伐採が進みタイガの面積が30%も減少するなど、その生息地が脅かされている。また、トラのなどが高級酒の原料として高値で取引されているため、密猟も数多い。これらの原因で個体数は激減し、国際自然保護連合が発表しているレッドリストでも絶滅危惧種に指定され、対策が必要と指摘されている。ウラジオストク郊外のラズドリノエ (沿海州)ロシア語版では、地元住民がボランティアで、親と死別してさまよう幼いアムールトラを保護飼育し、野生復帰を試みているものの、現状では厳しくサーカスなどに送られる個体も多い[8]

飼育の現状 編集

日本では2019年現在、24の動物園でアムールトラが飼育されており[9]繁殖にも力を入れている。

清正の虎退治 編集

日本の戦国時代武将加藤清正朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の陣中にあったとき虎退治をしたとの逸話があるが、この虎はアムールトラであったと考えられる。

文学 編集

アムールトラを描いた文学作品で最も有名なのは、ニコライ・A・バイコフ(Nikolaĭ Apollonovich Baĭkov)の『偉大なる王(ワン)』が挙げられる。バイコフ自身のハンターとしての経験と、トラの生態調査によって創作され、日本でも戦後児童誌などで出版されている。

関連文献 編集

  • 福田俊司1995年『ウスリートラを追って-シベリア5年間の撮影記録-』偕成社
  • 千葉県立中央博物館編2000年『知られざる極東ロシアの自然-ヒグマ・シベリアトラの大地を旅する-平成12年度特別展解説書』
  • 関啓子2009年『ユーラシア・ブックレットNo.144 アムールトラに魅せられて-極東の自然・環境・人間-』東洋書店
  • あんずゆき2009年『いのちかがやけ!タイガとココア-障がいをもって生まれたアムールトラのきょうだい-』文溪堂
  • 林るみ(文)・釧路市動物園(写真)2009年『タイガとココア-障がいをもつアムールトラの命の記録-』朝日新聞出版
  • 山根正伸2009年「木材-アムールトラの棲む森はいま-」窪田順平編『モノの越境と地球環境問題-グローバル化時代の〈知産知消〉-(地球研叢書)』昭和堂
  • 高麗美術館編2010年『朝鮮虎展-2010年庚寅高麗美術館新春特別展-』
  • 福田俊司2010年「SUPER VISION ついに撮影成功!野生のアムールトラ」『Newton』30(10)ニュートンプレス

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ ただし動物園等の飼育個体では、アムールトラがベンガルトラより一周り大きくなる傾向がある。

出典 編集

  1. ^ 来年の干支の動物「トラ」について”. 仙台・宮城ミュージアムアライアンス(SMMA)事務局. 2019年3月22日閲覧。
  2. ^ SIBERIAN TIGER”. 2019年3月22日閲覧。
  3. ^ Driscoll CA, Yamaguchi N, Bar-Gal GK, Roca AL, Luo S, et al. 2009. Mitochondrial Phylogeography Illuminates the Origin of the Extinct Caspian Tiger and Its Relationship to the Amur Tiger. PLoS ONE 4(1): e4125. doi:10.1371/journal.pone.0004125. Plosone.org
  4. ^ Table 1. Location, physical status, size and circumstances of deaths of Amur tiger males in the Russian Far East, 1970-1994.”. 2012年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月22日閲覧。
  5. ^ Chubby tigers seen at China zoo ”. Telegraph Media Group Limited. 2019年3月22日閲覧。
  6. ^ SABRE Foundation”. OpenBeast. 2019年3月22日閲覧。
  7. ^ 『ネコ前史 君たちはなぜそんなに愛されるのか』日経ナショナル ジオグラフィック〈ナショナル ジオグラフィック 別冊〉、2023年7月14日、12頁。ISBN 978-4-86313-584-0 
  8. ^ 松尾 2010.
  9. ^ 森林保全と生物多様性”. 国際環境NGO FoE Japan. 2019年3月22日閲覧。

参考文献 編集

外部リンク 編集