アメリカン・ニューシネマ

アメリカ映画のジャンル

アメリカン・ニューシネマとは、1960年代後半から1970年代半ばにかけてアメリカにおける映画のムーブメントである。多くの場合、社会や政治に対する反体制的なメッセージや批判的な視点を取り入れている。この時代のアメリカは、ベトナム戦争や公民権運動、カウンターカルチャーなど、多くの社会的・政治的変動が起こっていたため、その影響は映画にも反映された。

アメリカ本国(および英語圏)で「New Hollywood」「The Hollywood Renaissance」「American New Wave」と名付けられた映画のムーブメントである。日本でのみこれが「アメリカン・ニューシネマ」と題され[1]、当時の日本で紹介されたものである[1]。1967年8月にアメリカで『俺たちに明日はない』が公開されたとき、辛口の映画評論家ポーリン・ケイルが褒め、他の批評家もその流れになり、『TIME』で「ニューシネマ 暴力…セ〇クス…芸術!自由に目覚めたハリウッド映画」という見出しで特集が組まれた[1]。それが日本で「アメリカン・ニューシネマ」と紹介され、日本では「アメリカン・ニューシネマ」というネーミングで定着している[1]。代表作品には『俺たちに明日はない』『イージー・ライダー』などがある。

ニューヨークを中心とした芸術潮流である「New American Cinema」とは別物。

歴史 編集

1940年代までの黄金時代のハリウッド映画は、観客に夢と希望を与えることに主眼が置かれ、英雄の一大叙事詩や、正義の味方による勧善懲悪、夢のような恋物語が主流であり「ハッピー・エンド」が多くを占めていた。1950年代以降、スタジオ・システムの崩壊やテレビの影響などにより、ハリウッドは製作本数も産業としての規模も低迷し、またジョセフ・マッカーシーの「赤狩り」が残した後遺症の傷も深かった。映画界ではウォルト・ディズニーロナルド・レーガンたちが赤狩りに全面協力した。アルフレッド・ヒッチコックチャールズ・チャップリンフリッツ・ラングウィリアム・ディターレダグラス・サークといった戦前戦後を通じてヨーロッパから移住、亡命してきた映画作家たちや、ニコラス・レイアンソニー・マンサミュエル・フラーらいわゆる「B級映画(B movie)」とよばれる中小製作会社の低予算映画作家のなかにその萌芽はあった。

一方、ヨーロッパにおいては、戦後イタリアのネオレアリズモシネマ・ヴェリテの手法が各国の若者に深い影響を与え、1950年代中期ロンドンフリー・シネマに始まり、1950年代末期から、フランス、パリヌーヴェルヴァーグ[2]、ロンドンのブリティッシュ・ニュー・ウェイヴプラハチェコ・ヌーヴェルヴァーグ、ドイツのニュー・ジャーマン・シネマ、映画『灰とダイアモンド』に代表されるポーランド派、スイス、ジュネーヴを中心とするヌーヴォー・シネマ・スイス、そして南米ブラジルシネマ・ノーヴォニューヨークニュー・アメリカン・シネマ東京羽仁進大島渚ら)まで飛び火し、世界に広がるニューシネマ運動が起きていた。

いずれも若い監督による新しい感覚や手法を特徴としている。当時ニューヨークには、ヨーロッパからの移民であったジョナス・メカスD・A・ペネベイカーリチャード・リーコックらのドキュメンタリー作家や、現代美術作家アンディ・ウォーホルスタン・ブラッケージジャック・スミスら実験映画作家、ネオレアリズモの影響を色濃く受けたジョン・カサヴェテスらがそれに呼応していた。またカリフォルニア州にも、10代にしてビアリッツの「呪われた映画祭」(1949年)に参加したケネス・アンガーなどの実験映画作家がいた。60年代の代表的なニュー・シネマには『イージー・ライダー』[3]『ウッドストック』や、『俺たちに明日はない』などがあった[4]

まだジャーナリズムの熱意が高かった60年代には、アメリカ市民がベトナム戦争の実態を目の当たりにすることで、ホワイトハウスへの信頼感は音を立てて崩れていった。戦争に懐疑的になった国民は、アメリカ政府の矛盾点に目を向け、若者のヒッピー化、反体制化が見られ、人種差別、ドラッグ、エスカレートした官憲の暴力性などの現象も顕在化した。そして、それを招いた元凶は、政治の腐敗というところに帰結し、アメリカの各地で糾弾運動が巻き起こった。アメリカン・ニューシネマはこのような当時のアメリカの世相を投影していたと言われる。1967年12月8日付『タイム』は、『俺たちに明日はない』を大特集し、「ニューシネマ 暴力…セックス…芸術! 自由に目覚めたハリウッド映画」という派手な見出しの記事の中で、この新しい米国映画の動向をレポートした。

ニューシネマと言われる作品は、反体制的な人物(若者であることが多い)が体制に敢然と闘いを挑む、もしくは刹那的な出来事に情熱を傾けるなどするのだが、最後には体制側に圧殺されるか、あるいは悲劇的な結末で幕を閉じるものが多い。つまり「アンチ・ヒーロー」「アンチ・ハッピーエンド」が一連の作品の特徴と言えるのだが、それはベトナム戦争や大学紛争、ヒッピー・ムーブメントなどの騒然とした世相を反映していた。それと同時に、映画だけでなく小説や演劇の世界でも流行していたサルトルの提唱する実存主義を理論的な背景とした「不条理」も一部反映していたとする説もある。

低予算映画の流れにはロジャー・コーマンらがおり、アメリカン・ニューシネマの底辺部を、彼ら独立系の映画作家、映画プロデューサーが支えた。そこにはピーター・ボグダノヴィッチデニス・ホッパージャック・ニコルソンピーター・フォンダアーサー・ペンマーティン・スコセッシフランシス・フォード・コッポラらがいた。

終焉 編集

ベトナム戦争の終結とともに、アメリカ各地で起こっていた反体制運動も下火となっていき、それを反映するかのようにニューシネマの時代も徐々に終焉することになる。1979年の『地獄の黙示録』がニュー・シネマの最後の作品との説もある。

70年代の半ばになると、『タワーリング・インフェルノ』(1974年)を筆頭に、『ジョーズ』(1975年)、『ロッキー』(1976年)、『スター・ウォーズ』(1977年)、『スーパーマン』(1978年)といった明るい商業主義的な映画が人気を博すようになり、スティーヴン・スピルバーグジョージ・ルーカスのような作家たちをハリウッド・ルネサンス(Hollywood Renaissance)とも呼ぶようになった。

町山智浩は、敗戦により落ち込んでいたアメリカ国民が、”明るく希望のあるエンタメ作品”を求めたと、ニュー・シネマの終焉を良いことであると記述した[5]

代表的作品 編集

タイトル/原題 公開年 監督 出演 あらすじ、補足等
俺たちに明日はない
Bonnie and Clyde
1967年 アーサー・ペン ウォーレン・ベイティ
フェイ・ダナウェイ
世界恐慌時代の実在の銀行強盗カップル、ボニーとクライドの無軌道な逃避行。
卒業
The Graduate
マイク・ニコルズ ダスティン・ホフマン
アン・バンクロフト
年上の夫人に肉体を翻弄される若者の精神的葛藤と自立。サイモン&ガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」や「サウンド・オブ・サイレンス」も有名。
暴力脱獄
Cool Hand Luke
スチュアート・ローゼンバーグ ポール・ニューマン フロリダの刑務所を舞台に、社会のシステムに組み込まれることを拒否する囚人を描く。
泳ぐひと
The Swimmer
1968年 フランク・ペリー バート・ランカスター
真夜中のカーボーイ
Midnight Cowboy
1969年 ジョン・シュレシンジャー ジョン・ヴォイト
ダスティン・ホフマン
ニューヨークの底辺で生きる若者2人の固く結ばれた友情とその破滅に向う姿を描く。
ワイルドバンチ
The Wild Bunch
サム・ペキンパー ウィリアム・ホールデン
ロバート・ライアン
西部を荒らしまわる強盗団「ワイルドバンチ」の壮絶な最期。
イージー・ライダー
Easy Rider
デニス・ホッパー ピーター・フォンダ
デニス・ホッパー
社会的束縛を逃れて自由な旅を続ける若者たちが直面する社会の不条理と無残な最期。冒頭のテーマ曲が有名。
明日に向って撃て!
Butch Cassidy and the Sundance Kid
ジョージ・ロイ・ヒル ポール・ニューマン
ロバート・レッドフォード
西部を荒らしまわった実在の強盗の友情と恋をノスタルジックに描く。ラストシーンと主題歌が著名。
ひとりぼっちの青春
They Shoot horses, Don't They?
シドニー・ポラック ジェーン・フォンダ 存在しない賞金のために狂ったようにダンス大会で踊り続けるカップルを描く。
M★A★S★H マッシュ
M*A*S*H
1970年 ロバート・アルトマン ドナルド・サザーランド
エリオット・グールド
朝鮮戦争での野戦病院の人々を描いたブラックコメディー。
小さな巨人
LITTLE BIG MAN
アーサー・ペン ダスティン・ホフマン
フェイ・ダナウェイ
121才の主人公がその生涯を語るアメリカ先住民として、また白人として生きた男のアメリカ史。
いちご白書
The Strawberry Statement
スチュワート・ハグマン ブルース・デイヴィスン
キム・ダービー
学園紛争に引き裂かれていく男女2人の恋。
ソルジャー・ブルー
Soldier Blue
ラルフ・ネルソン キャンディス・バーゲン
ピーター・ストラウス
白人が無抵抗の先住民の村に対して行った、無差別虐殺であるサンドクリークの虐殺を扱う作品。
ファイブ・イージー・ピーセス
Five Easy Pieces
ボブ・ラフェルソン ジャック・ニコルソン 裕福な音楽一家に育ちながら、他の兄弟とは異なる流転の青春を送る男の心象を淡々と描く。エンディングが印象的な作品。
モンテ・ウォルシュ
Monte Walsh
ウィリアム・A・フレイカー リー・マーヴィン
ジャック・パランス
文明の波が西部に押し寄せてきた西部開拓時代末期、花形だったガンマンやカウボーイたちが辿る哀れな末路を描く。
フレンチ・コネクション
The French Connection
1971年 ウィリアム・フリードキン ジーン・ハックマン
ロイ・シャイダー
麻薬組織に執念を燃やす刑事の活躍。若者や反体制側でなく、体制側の視点から社会病理を描く。
バニシング・ポイント
Vanishing Point
リチャード・C・サラフィアン バリー・ニューマン
クリーヴォン・リトル
デンバーからカリフォルニアまで、15時間で陸送する賭をした男の「消失点」を描いた物語。
ダーティハリー
Dirty Harry
ドン・シーゲル クリント・イーストウッド 殺人を犯しながら無罪放免になった犯人と刑事との攻防を描き、加害者と被害者の人権問題を提起している。
時計じかけのオレンジ
A Clockwork Orange
スタンリー・キューブリック マルコム・マクダウェル 近未来のイギリスを舞台に、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描く風刺的作品。
愛の狩人
Carnal Knowledge
マイク・ニコルズ ジャック・ニコルソン
アート・ガーファンクル
優等生と不良の二人の男子大学生が、人生や愛について考え、様々な女性との関係が描かれる。
さすらいのカウボーイ
The Hired Hand
ピーター・フォンダ ピーター・フォンダ
ウォーレン・オーツ
相棒とともに西部を旅した流れ者が、かつて捨て去った妻子の元に帰るが、受け入れてもらえるはずもなく…。
断絶
Two-Lane Blacktop
モンテ・ヘルマン ジェームズ・テイラー
ウォーレン・オーツ
ハロルドとモード 少年は虹を渡る
Harold and Maude
1972年 ハル・アシュビー ルース・ゴードン
バッド・コート
19歳の自殺を演じることを趣味としている少年と、79歳の天衣無縫な老女との恋を描く。
破壊!
Busting
1973年 ピーター・ハイアムズ エリオット・グールド
ロバート・ブレイク
麻薬組織と癒着した警察に反旗を翻す刑事2人の活躍と挫折。
ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー
Dirty Mary Crazy Larry
ジョン・ハフ ピーター・フォンダ
ヴィック・モロー
カーレース用の車を手に入れるために現金強奪に成功した若者3人組と、それを追う警察とのカー・アクション。
スケアクロウ
Scarecrow
ジェリー・シャッツバーグ ジーン・ハックマン
アル・パチーノ
偶然出会った二人の男のロードムービー。荒くれ者のアウトローと「スケアクロウ」な生き方をする陽気な男。正反対の二人が織り成す奇妙な交流と友情、そして悲劇。
地獄の逃避行
Badlands
テレンス・マリック マーティン・シーン
シシー・スペイセク
ロング・グッドバイ
The Long Goodbye
ロバート・アルトマン エリオット・グールド 探偵のフィリップ・マーロウが友人の死をきっかけにある事件に巻き込まれていくレイモンド・チャンドラーハードボイルド小説の映画化。
さらば冬のかもめ
The Last Detail
ハル・アシュビー ジャック・ニコルソン
ランディ・クエイド
窃盗を犯した若い水兵を護送する2人のベテラン海軍下士官。3人に間に奇妙な友情が芽生える。
ミーン・ストリート
Mean Streets
マーティン・スコセッシ ハーヴェイ・カイテル
ロバート・デ・ニーロ
セルピコ
Serpico
シドニー・ルメット アル・パチーノ
カンバセーション…盗聴…
The Conversation
1974年 フランシス・フォード・コッポラ ジーン・ハックマン
チャイナタウン
Chinatown
ロマン・ポランスキー ジャック・ニコルソン
ハリーとトント
Harry and Tonto
ポール・マザースキー アート・カーニー ニューヨークのアパートを立ち退かされた老人が愛猫を連れてシカゴへ向かうロードムービー。道中で様々な人々と出会う。
続・激突!/カージャック
The Sugarland Express
スティーヴン・スピルバーグ ゴールディ・ホーン
ベン・ジョンソン
子供の養育権を取り上げられた夫婦の逃走劇。スティーヴン・スピルバーグ作品で、唯一のアメリカン・ニューシネマ。
カッコーの巣の上で
One Flew Over the Cuckoo's Nest
1975年 ミロス・フォアマン ジャック・ニコルソン
ルイーズ・フレッチャー
精神異常を装って刑期を逃れた男と、患者を完全統制しようとする看護婦長との確執。
狼たちの午後
Dog Day Afternoon
シドニー・ルメット アル・パチーノ 無計画に銀行を襲い人質を取って立て籠もった銀行強盗がマスコミによってヒーローのように祭り上げられていく。実際の銀行強盗事件を題材にした作品。
タクシードライバー
Taxi Driver
1976年 マーティン・スコセッシ ロバート・デ・ニーロ 社会病理に冒され、異常を来した男の憤り。
ネットワーク
Network
シドニー・ルメット ピーター・フィンチ
フェイ・ダナウェイ
ニュースの司会者が自殺予告をしたことで、視聴率に踊らされて放送倫理を歪めていくテレビ業界を描く。
ディア・ハンター
The Deer Hunter
1978年 マイケル・チミノ ロバート・デ・ニーロ ベトナム戦争に駆り出された男たちの悲劇。最後のアメリカン・ニューシネマと言われている。
地獄の黙示録
Apocalyptic Now
1979年 フランシス・フォード・コッポラ マーロン・ブランド
マーティン・シーン
ベトナム戦争映画の金字塔。『ディア・ハンター』と並んで最後のアメリカン・ニューシネマとされる。

関連項目 編集

参考文献 編集

DVD、ナウオンメディア、2004年11月26日
  • Peter Biskind, Easy Riders, Raging Bulls, Bloomsbury Publishing, 1998年ISBN 0747590141
  • 別冊太陽「アメリカン・ニューシネマ60-70」、1988年

脚注 編集

  1. ^ a b c d 荒井晴彦森達也白石和彌井上淳一『映画評論家への逆襲』小学館小学館新書 399〉、2021年、10–37頁。ISBN 9784098253999 
  2. ^ a b http://bookandfilmglobe.com/film/the-french-new-wave-at-60/
  3. ^ https://www.allcinema.net/cinema/1702
  4. ^ https://moviewalker.jp/mv1543/#!
  5. ^ 町山智浩『映画の見方が分かる本』(洋泉社、2002年)のロッキーの章[要ページ番号]