アリックス・ド・トゥアール
アリックス・ド・トゥアール(Alix de Thouars、1200年頃 - 1221年10月21日)は、ブルターニュ女公(在位:1203年 - 1221年)、リッチモンド女伯(在位:同)。
アリックス・ド・トゥアール Alix de Thouars | |
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ブルターニュ女公 | |
在位 | 1203年 - 1221年 |
出生 |
1200年頃 ブルターニュ公国 |
死去 |
1221年10月21日 |
埋葬 | ブルターニュ公国、ノートルダム・ド・ヴィルヌーヴ修道院 |
配偶者 | ピエール・ド・ドルー |
子女 |
ジャン1世 ヨランド アルテュール |
家名 | トゥアール家 |
父親 | ギー・ド・トゥアール |
母親 | ブルターニュ女公コンスタンス |
生涯
編集ブルターニュ女公コンスタンスと、ブルターニュ総督であるその夫ギー・ド・トゥアールの長女として生まれた。ブルターニュ公女アリエノール(エレノア)は異父姉、ブルターニュ公でイングランド王ジョン(欠地王)に殺害されたアルテュール1世(アーサー)は異父兄にあたる。1201年にコンスタンスは次女カトリーヌを出産し急逝した。
最初パンティエーヴル伯アンリ2世・ド・アヴォグールと婚約したが、フランス王フィリップ2世の介入によって解消し、カペー家の傍系ドルー伯の次男であるピエール・ド・ドルーと結婚した。1213年よりピエールはブルターニュ摂政の称号を与えられた。ピエールとの間に以下の3子をもうけた。
- ジャン1世(1217年頃 - 1286年) - ブルターニュ公
- ヨランド(1218年 - 1272年) - ラ・マルシュ伯およびアングレーム伯ユーグ11世(ユーグ10世・ド・リュジニャンの子)の妻
- アルテュール(1220年 - 1224年)
異父兄アーサーの後を継いでブルターニュ女公、リッチモンド女伯となったが、一方で異父姉エレノアもリッチモンド女伯を名乗り続けていた。アリックスは1203年から死去までリッチモンド女伯位を用いた。
アリックスは1221年に亡くなり、1225年に母コンスタンスと同じナント近郊のノートルダム・ド・ヴィルヌーヴ修道院に埋葬された。
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