アルコールハラスメント

アルコールハラスメント和製英語: alcohol harrassmentアルハラ)とは、アルコール飲料に絡む嫌がらせ全般を指す言葉で、アルコール類の多量摂取の強要など対人関係の問題や、酩酊状態に陥った者が行う各種迷惑行為などの社会的なトラブル(迷惑行為)を含む。日本では、アルコールハラスメントが原因での死亡者がでたことをきっかけとして1980年代以降に急速に問題視されはじめた[1]

この問題に関する日本の代表的な組織である、特定非営利活動法人アルコール薬物問題全国市民協会(ASK)は、アルハラ行為を次の5つに規定している。

  1. 飲酒の強要
  2. 一気飲ませ
  3. 意図的な酔いつぶし
  4. 飲めない人への配慮を欠くこと
  5. 酔ったうえでの迷惑行為

目次

概要編集

古くから酒類はコミュニケーションの道具として用いられてきた。軽度の飲酒は気分を楽しくし人間関係を円滑にする潤滑剤の役目を担ってきたと言ってもよい(飲みニケーションも参照)。

しかし、度を過ぎて飲酒すると眩暈吐き気といった不快な症状を招き、また判断力を失った酔漢の常軌を逸した行動は、しばしば周囲の人間に不快感を催させ、しかも当人が常識の埒外にあるため、余計に事態を悪化させる場合がある。また、急激・大量の飲酒(いわゆるイッキ飲み)は、急性アルコール中毒の原因となり、それによりを招くことも珍しくない。

特に日本人は遺伝的に下戸(アルコールの解毒能力が弱く、急性アルコール中毒に陥りやすい人)が多く、約45%程の人がいわゆる下戸、約5%の人は体質的に一切アルコール類を受け付けないと言われている。これらの人にまでアルコール飲料の飲用を無理強いすることは「殺人行為」に等しく、アルコールハラスメントに関する最も深刻な問題として認識されている。

この問題は特に、1980年代以降に急性アルコール中毒で死亡する20代の若者が続出したことから注目されるようになった。なおアルコールハラスメントという語は、「セクシャルハラスメント」が日本で一般的に用いられるようになって以降、1990年代から用いられるようになった造語和製英語である。特に1980年代から1990年代にかけて大学生などのイッキ飲みが急性アルコール中毒死の原因として注目され、社会問題として取り沙汰されるようになると、死亡した大学生の遺族らによる呼び掛けによって、社会運動のキーワードとしてこの語は広まっている。(→後述参照)

中には被害を公表せず、「隠れた死」のような扱いを受けた遺族もいるのだという。無理強いした側およびその関係者が、公的に訴えられることを恐れて内々に示談金で済ませ、コンパなどの飲み会があったという事実、ひいては無理強いした・その結果として死亡したという事実を隠蔽したとされる事例も報じられており、同種事件の深刻さが窺われる。

アルコールハラスメントの社会的背景編集

古くより様々な文芸作品や商業娯楽において、飲酒は楽しい物というイメージが繰り返し吹聴され、飲酒を拒むことは禁欲的であるとか、厭世的であるとすら言われ、勧められた杯を返すことは、敵対的な行為とすら考えられてきた。実際、歴史上においても、敵意の表明として、杯を叩き返した事例は多い。

慣用句で「杯を返す」というと、関係を絶つという意味を持つ。ただしこれはやくざ社会において、組織同士・もしくは上下関係を持つ儀式で、杯を与えて酒を飲むという様式に由来するもので、一般社会ではやくざ社会ほどに「杯を返す」行為に深い意味がない場合が多い。一般に相互に酒を注ぎ、飲み干し合う返杯とは意味が異なる。

会社社会と飲酒編集

特に社会的な対人関係において、酒の席や歓待行為に絡むトラブルは根強い。歓待のつもりで酒宴を行い、酒を飲めない相手が余計に気分を害することもしばしばで、特に日本の会社社会では役職の上下関係から、上司から勧められた杯を返すことは礼を失する行為であると長らく思われてきたため、酒に弱い体質であったり、酒癖が悪いために自重している者が、無理に飲酒して健康を害したり、後々まで悔恨する事故を起こす例は多かった。

日本では黒田節にて、酒豪で知られた戦国時代黒田長政配下の武将母里友信が大杯を傾け、宴会主催者の福島正則の感嘆を呼ぶ話がよく知られており、酒豪を一種の驚嘆をもって称える文化が見られる。この延長で下戸の者を軽蔑する者が少なくないため、本来飲酒に不適である者が杯を重ねることもあると言われる。特に日本の古い会社社会では、女性社員や平社員が酌をして回る、あるいは上司が部下に労をねぎらう意図で酒を飲むことを勧めるという風習も見られ、これらでは勧める側が飲酒を要求した場合に、勧められた側が断ることを良しとしない・恥をかかされたと感じるなどの風潮もみられ、このような件でのアルコールハラスメントは、文化的土壌やパワーハラスメントとしての側面を含んで根絶しにくいとの指摘もある。

女性が酌をして回る行為では広義のセクシャルハラスメントとされ、近年の性差による業務上での役割分担の衰退に追従する傾向がある。しかしこれらの勧められた杯を断ることを良しとしない・タブー視とする考えはやや減じていると見る向きもあるが、まだまだ根絶が難しいようである。

韓国など、日本同様に儒教思想の色濃い地域では、このヒエラルキーを重視する同思想の関係から目上の者が目下の者に飲酒を勧めた場合、社会通念上でも固辞することをタブーのように捉える・あるいは固辞されると面目が潰されたと感じる傾向がある。この問題は爆弾酒のような飲酒方法にも絡む。ただし、日本や韓国におけるアルコールハラスメント以外にも、アメリカでも新入生の歓迎会でのアルコールハラスメントがあるため、儒教思想だけで説明できるものではない。

酔っ払い編集

酔漢の起こす騒動はしばしば喜劇などに好んで用いられる題材ではあるが、これが現実問題ともなると、様々な軋轢を生む。日本においては「酒に酔つて公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法律」が存在し、酩酊者の行為規制や保護について規定する一方、同法第2条において、「すべて国民は、飲酒を強要する等の悪習を排除し、飲酒についての節度を保つように努めなければならない」としている。

しかし飲酒をして酩酊した挙句に、住宅街で奇声を発するものは後を絶たず、公共交通機関でもしばしば酔っ払いによる奇行が見られる。この中には痴漢万引き器物損壊・辺り構わぬ嘔吐排泄といった、実質的に他の犯罪行為(公共の場所での粗野な言動等も、軽犯罪法違反である)に発展することもあり、中には金銭のトラブルに発展することもある(金を貸して欲しいとか物を買いたいから金を出して欲しい等を強引に頼む)。 警察では過度の酩酊で犯罪行為に及ぶ者を逮捕勾留する場合がある。また、仮に犯罪には至らずとも、自己や他人の身体や財産に危害を及ぼす恐れがある場合には保護(警察官職務執行法)する場合がある。

日本では一般に、酩酊状態で迷惑をかける者を動物トラになぞらえ、「大トラ」と評する場合がある。その心は「危ないから、近づき難し」である。[2]

イッキ飲み編集

イッキ飲み(一気飲みとも)は、1980年代頃から大学生らの間で流行した、一息に酒を飲み干す行為のことで、当初はビールなどのアルコール度数の低い酒を大ジョッキで飲み干す、一種のお座敷芸だった。しかしこれが次第に、場を盛り上げるために「コール」(英:callと同義)と呼ばれる囃し立てと共に他人に強要されるようになってくると、場をしらけさせているとして下戸までもがイッキ飲みを強要されるようになってきた(→場の空気)。

イッキ飲みが一種の度胸試しのようになってくると、次第にアルコール度数の高い酒を飲み干すことを求められるケースも多くなってきた。中には飲んだら強引に吐かせ、さらに飲ませるという行為まで横行し、飲食店や飲み屋側は酒が売れるならと見て見ぬ振りをすることもあったことが、問題を深刻化させた。

特に、進学シーズンともなると、毎年のように新入生がコンパなどでこのイッキ飲みを強要された挙句、急性アルコール中毒で救急病院に担ぎ込まれるケースが続発し、毎年のように死亡者が多数出る[3]。そのため、今日では店側がイッキ飲みを禁止、制止している場合も少なくない。さらに、未成年者飲酒禁止法により、20歳未満の飲酒と購入、20歳未満への販売・提供が禁止されているが、新入生の多くは18~19歳と未成年者で飲酒経験もない者がほとんどであり、もし未成年者に上記のような事態が発生した場合は、酒を販売・提供した店側の責任も問われることになる。最近では、来店者に年齢確認が可能な公的書類(≒身分証明書)の提示を求め、持っていない人や確認出来た未成年の入店自体を断る店も増えてきている。

塩川正十郎の甥が大学で一気飲みを強要されて急性アルコール中毒で急死し、当時官房長官だった塩川は朝日新聞への投書でこの風潮に問題提起している。

備考・酩酊と嘔吐編集

気分が悪いなど意識があって自発的に嘔吐できる場合は、それ以上の酩酊を抑える上で吐かせる行為も、対処としては誤りではない。飲料のアルコール分は胃で20%、腸で80%が吸収されるため、飲んですぐ現れる酔いは胃内容物によって引き起こされ、放置すればさらに泥酔しかねないためである。

しかし泥酔して意識がはっきりしていない場合は、応急処置のつもりで無理に吐かせると、吐瀉物で窒息する危険性がある。この場合は回復体位(横向け寝の一種)を取らせて万が一吐いてしまっても安全なように備えて目を離さないようにし、最寄病院への搬送や救急車を呼ぶなどの、救急医療に引き継ぐことを選択するほうが適切である。

泥酔者を放置して致死させた場合などには、保護責任のある関係者(酒宴の責任者など)に遺棄罪が問われることもあり(後述)、アルコールハラスメントでは、飲酒の無理強いと並んで、急性アルコール中毒に陥った者を放置した側の責任も、問題の一端に挙げられている。

アルハラの法的責任編集

  1. 飲酒を強要する行為は、強要罪。なお、未遂処罰規定があるため、強要された側が毅然と断っても強要した側は犯罪となる。
  2. 被害者を酔い潰す行為は、意図的なものでなくとも過失傷害罪または重過失傷害罪。酔い潰す結果を意図していた場合には傷害罪
  3. 酔い潰した被害者が死亡した場合、過失致死罪または重過失致死罪。ただし、飲酒強要の態様によっては傷害致死罪も成立しうる。
  4. 酔いつぶれた被害者を放置した場合、保護責任者遺棄罪。放置の結果死亡した場合保護責任者遺棄致死罪。
  5. 直接飲酒を強要したわけではなくとも、周囲ではやし立てるなどしていた結果被害者が酔い潰れた場合には、傷害罪#現場助勢罪。また、直接強要した者の共同正犯ないし幇助犯とされることもあり得る。
  6. 死亡・後遺症等の結果が発生すれば、直接強要した者や、同席の上ではやし立てていた者などにも民事上の賠償責任が発生する。特に大学進学した新入生が死亡ないし重篤な後遺症を残した場合、余命が長く将来の収入が高く見込まれることから、損害賠償が億単位になることもあり得る。

対処策編集

酒が飲める者と飲めない者が、双方とも宴席を楽しみたいのであれば、一定のガイドラインを設けるべきだという向きも多い。酒を断ることは一種の人権幸福追求権など)である。

一般的には、以下の配慮が必要である。

  1. 酒を飲む側は、自身の酒の適量を知り、常軌を逸しない程度に抑える
  2. 上下関係・伝統・暴力など、本来飲酒とは無関係な理由で飲酒を強要しない
  3. 体質的に飲めない人がいることを理解する(飲めないことを理由に侮辱しない)
  4. 飲酒を何かの芸であるかのように・自分が楽しむために、他人に飲酒を強要しない
  5. イッキ飲み、イッキ飲ませの禁止
  6. 泥酔した人の世話:死亡するのはアルコール濃度が高くなるより、吐物が気道に詰まることによると考えられる

酒はコミュニケーションツールとして人間関係の導入に用いられることも多いため、特に歓迎会の席では酒を断る意思表示が困難なケースが少なくないのが課題であったが、バッジやシールを配布し、それを着用することで意思表示をしようといったキャンペーンを毎年開催し全国の大学620校にポスター・チラシとともに予防対策を促す要望書を送付している。飲まザル及びアルハラ・ヤダピョンも参照。

飲まザル編集

アルコール薬物問題全国市民協会(ASK)は「イッキ飲み・アルハラ防止キャンペーン2006」として、「飲まザル」というキャラクターを使用したポスターチラシコースターでアルハラにストップを呼びかけている。「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿モデルである。

なお、コースターは飲料メーカーなどの協力を得て作られ、グラス置きの他にグラスの蓋になり場をしらけさせずに断ることができるようにと工夫がされている。

種類

飲まザルには4種類あり、状況ごとに使う。

  • イッキは飲まザル(赤)
  • 体質的に飲まザル(緑)
  • クルマだから飲まザル(青)
  • これ以上飲まザル(黄)
発祥までの背景

2006年のキャンペーンが好評だった模様で、2007年春からも「飲まザル第2弾」として、デザインを変えたチラシやコースターなどを配布するキャンペーンを行っている。

アルハラ・ヤダピョン編集

「イッキ飲み・アルハラ防止キャンペーン2008」からは、カエルをモチーフとしたキャラクター、「アルハラ・ヤダピョン」が「飲まザル」の後を継ぐ形で登場。こちらもチラシやコースターによってアルハラの抑止を訴えている。チラシでは酒を持ったヘビがカエルに絡みついている。

種類

アルハラ・ヤダピョンも飲まザル同様4種類あり、状況ごとに使う。

  • イッキは飲めません!味わいたい派なので・・・。(桃色)
  • 体質的に飲めません!DNAには逆らえません・・・。(空色)
  • 車なので飲めません!君の口車にも乗らないよ!(青紫)
  • 限界なので飲めません!一杯でいっぱいいっぱい。(山吹)

脚注編集

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  1. ^ 『世界の酒日本の酒ものしり辞典』 外池良三、東京堂出版、2005年8月15日、初版、22ページ。ISBN 4-490-10671-8
  2. ^ 「ささ」(酒の異称)と「笹」をかけ、笹にはトラがつきものであることを語源とする説もある。
  3. ^ 急性アルコール中毒などによる死者数 ASK

関連項目編集

外部リンク編集