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アルヴァン・ウェントワース・チャップマン

アルヴァン・ウェントワース・チャップマン

アルヴァン・ウェントワース・チャップマン(Alvan Wentworth Chapman、1809年9月28日 - 1899年4月6日)はアメリカ合衆国の医師、植物学者である。アメリカ合衆国南西部の植物研究のパイオニアで、1860年に"Flora of the southern United States"を出版した[1]

略歴編集

マサチューセッツ州のサザンプトンに生まれた。アマースト大学で古典を学び卒業した後、ジョージア州フロリダ州で教師として働いた。1839年に結婚した後、1840年代初めに、医師の教育を受け、1946年に医学の学位をえて、1847年からフロリダ州北部のアパラチコラで医師として働きながら、植物学者としても活動した。それまで研究がされていなかったフロリダ州北部の植物相を、一人で研究を行い、1958年までに原稿をまとめ、ハーバード大学のエイサ・グレイのもとで5ヶ月間、研究し、助言をうけて1860年に著書、"Flora of the southern United States"を出版し、1884年、1897年に改訂版を出版した[2]

1866年に、アメリカ芸術科学アカデミーの会員に選ばれた。

マメ科の植物の属名、Chapmannia Torr. et A. Grayに献名されている。アパラチコラにはチャップマンを記念するチャップマン植物園(Chapman Botanical Garden)が作られている。

1899年、死去。

参考文献編集

  1. ^ Makers of American Botany, Harry Baker Humphrey, Ronald Press Company, Library of Congress Card Number 61-18435
  2. ^ Dupree, A. Hunter (1988). Asa Gray, American Botanist, Friend of Darwin. Baltimore, MD: Johns Hopkins University Press. p. 309. ISBN 978-0-801-83741-8.