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アレクサンダー・マッケンドリック

経歴編集

1912年、スコットランド人の両親のもとにボストンで生まれる[3]第一次世界大戦のあとにインフルエンザで父親を亡くした直後、祖父とともにグラスゴーへ引っ越し、母親と生き別れる[2]

1929年、漫画家として広告代理店に就職する[4]。フリーランスで脚本を執筆したのち、イギリス情報省でドキュメンタリーを手がける[4]第二次世界大戦のあいだはイタリアに出張してイギリスの心理戦に携わっていたが、戦後はイーリング・スタジオで脚本執筆やストーリーボード作成を担当する[4]。1949年の初長編映画『Whisky Galore!』をはじめとして、イーリング・スタジオで5本の映画を監督する[3]

1955年にイーリング・スタジオがBBCに売却されたあとはアメリカ合衆国へ渡り、『成功の甘き香り』や『サミー南へ行く』、『海賊大将』などを監督する[4]。1969年から1993年まで、カリフォルニア芸術大学映画学部で教鞭を執る[5]。教え子にはジェームズ・マンゴールドがいた[5]

1993年、妻と3人の息子を残し、ロサンゼルスで肺炎のため死去[6]。81歳没[6]

フィルモグラフィー編集

映画編集

  • Midnight Menace (1937年) - 脚本
  • 死せる恋人に捧ぐる悲歌 Saraband for Dead Lovers (1948年) - 脚本
  • Whisky Galore! (1949年) - 監督
  • Dance Hall (1950年) - 脚本
  • 白衣の男 The Man in the White Suit (1951年) - 監督・脚本
  • Mandy (1952年) - 監督
  • The Maggie (1954年) - 監督
  • マダムと泥棒 The Ladykillers (1955年) - 監督
  • 成功の甘き香り Sweet Smell of Success (1957年) - 監督
  • サミー南へ行く Sammy Going South (1963年) - 監督
  • 海賊大将 A High Wind in Jamaica (1965年) - 監督
  • サンタモニカの週末 Don't Make Waves (1967年) - 監督

テレビ編集

  • 弁護士プレストン The Defenders (1964年) - 監督

ビブリオグラフィー編集

  • マッケンドリックが教える映画の本当の作り方(2009年、フィルムアート社)

脚注編集

  1. ^ a b c d Shipman, David (1993年12月28日). “Obituary: Alexander Mackendrick”. The Independent. 2014年3月17日閲覧。
  2. ^ a b Lee, Marc (2012年10月28日). “Alexander Mackendrick: creator of unsettling films galore”. The Daily Telegraph. 2014年3月17日閲覧。
  3. ^ a b Fielder, Miles (2012年11月20日). “Five reasons to see the films of Alexander Mackendrick”. The List. 2014年3月17日閲覧。
  4. ^ a b c d Grimes, William (1993年12月24日). “Alexander Mackendrick, Director Of Guinness Comedies, Dies at 81”. The New York Times. 2014年3月17日閲覧。
  5. ^ a b King, Susan (2013年2月5日). “Alexander Mackendrick nurtured film and student directors”. Los Angeles Times. 2014年3月17日閲覧。
  6. ^ a b Variety Staff (1993年12月26日). “Alexander Mackendrick”. Variety. 2014年3月17日閲覧。

関連文献編集

外部リンク編集