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アレクサンドル・マルクンツォフ

アレクサンドル・マルクンツォフロシア語: Александр Маркунцев[1]1982年2月21日 - )は、ロシア出身の男性フィギュアスケート選手。パートナーは川口悠子など。

アレクサンドル・マルクンツォフ
Alexander Markuntsov
Figure skating pictogram.svg
基本情報
生年月日 (1982-02-21) 1982年2月21日(37歳)
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of the Russian Soviet Federative Socialist Republic.svg ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国レニングラード
身長 181 cm
選手情報
パートナー 川口悠子
元パートナー Valentina Razskazova
コーチ タマラ・モスクビナ
振付師 タマラ・モスクビナ
所属クラブ 新松戸DOSC
 
獲得メダル
フィギュアスケート
世界ジュニア選手権
2001 ソフィア ペア
ジュニアグランプリファイナル
2000 エア ペア
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経歴編集

ロシアのサンクトペテルブルクに生まれ、5歳のころにスケートを始めた。のちにヴァレンチーナ・ラズスカゾワとペアを結成し、1997-1998年シーズンのISUジュニアグランプリに初参戦し、JGPウクライナ記念に出場。ショートプログラムで3位につけていたものの、フリースケーティングを棄権した。翌1998-1999年シーズン、JGPサン・ジェルヴェに出場し4位に終わり、ペアは解散する。

1999年より川口悠子とペアを結成し、日本所属となった。2000-2001年シーズンから再びISUジュニアグランプリに参戦を果たし、JGPメキシコ杯で優勝。JGPファイナルでは3位、2001年世界ジュニア選手権では、日本ペア史上初の銀メダルを獲得した。また、同シーズンにはシニアクラスの2001年四大陸選手権2001年世界選手権にも出場を果たした。

2001-2002年シーズンより本格的にシニアに参戦。第71回全日本選手権で2年連続の優勝を果たし、四大陸選手権ならびに世界選手権へも3年連続で出場を果たしたが、2003年5月にペアは解散。

主な戦績編集

大会/年 1999-00 2000-01 2001-02 2002-03
世界選手権 15 13 14
四大陸選手権 8 9 7
全日本選手権 1 1
GPスケートアメリカ 6 5
GPエリック杯 6
GPNHK杯 棄権 5
世界Jr.選手権 2
全日本Jr.選手権 1
JGPファイナル 3
JGPハルビン 3
JGPメキシコ杯 1

主な競技会の詳細編集

2002-2003 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2003年3月24日-30日 2003年世界フィギュアスケート選手権ワシントンD.C. 12 14 14
2003年2月10日-16日 2003年四大陸フィギュアスケート選手権北京 6 7 7
2002年12月19日-22日 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) 1 1 1
2002年11月28日-12月1日 ISUグランプリシリーズ NHK杯京都 6 5 5
2002年10月23日-27日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカスポケーン 5 5 5
2001-2002 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2001年12月21日-23日 第70回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) 1 1 1

脚注編集

  1. ^ ロシア語ラテン翻字: Alexander Markuntsov

外部リンク編集