アレクサ・ワイルディング

アレクサ・ワイルディング(Alexa Wilding、1847年頃 - 1884年4月25日)は、イギリスの絵画モデル。ラファエル前派の芸術家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティのお気に入りのモデルの1人で、1860年代後半から1870年代の彼の代表作の何作かに登場した。エリザベス・シダルジェーン・モリスファニー・コーンフォースなど、彼の有名なミューズの誰よりも多く完成作品のモデルを務めた[1]

アレクサ・ワイルディング
Alexa Wilding
ワイルディングがモデルの『ラ・ギルランダータ』ロセッティ、1873年。
生誕 Alice Wilding
1847年頃
イングランドの旗 イングランドサリー
死没 1884年4月25日(36-37歳没)
イングランドの旗 イングランドロンドン
国籍 イングランド
職業 絵画モデル
著名な実績 1860年代・1870年代に数多くロセッティによって描かれた。
流派 ラファエル前派
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1860年代のワイルディングの写真
Painting of Alexa Wilding
ヴェロニカ・ヴェロネーゼ英語版』ロセッティ、1872年
『アレクサ・ワイルディング』ロセッティ、1865年
『あずまやのある牧場』ロセッティ、1871–72年、右がワイルディング、左はマリー・スパルタリ・スティルマン

ワイルディングについては、頻繁に取り上げられるロセッティの他のモデルであるシダル、モリス、コーンフォースに比べると殆ど知られていない。ロセッティと他のミューズとの関係に対して、ワイルディングとの間にはロマンチックまたは性的な関係が欠如していたことも原因の一つと推測される[2]

来歴 編集

生い立ち 編集

労働者階級の家族はイングランドのシュロップシャー州シュルーズベリーの生まれであるが、アレクサ自身(出生名はアリス・ワイルディング)は1847年頃にサリーで一人っ子として生まれた。父親はピアノメーカーで、父親の兄弟は肉屋であった。1861年の国勢調査によると、14歳の頃にはロンドンのニューゲート・マーケット近くのワーウィックレーン23に59歳の祖母、2人の叔父、1人のいとこと一緒に住んでいた。彼女は女性労働者であったが、当時の生活水準は過酷なものではなかったと考えられており、読み書きも出来た。ロセッティと関わるまでは叔母と一緒に暮らし、女優になるという野心を持ちながら裁縫師として働いていた。

ロセッティとの時代 編集

1865年のある夕刻、ストランドを歩いていた時に初めてロセッティに見出された。彼は直ちに彼女の美しさに感銘を受けた。翌日、絵画『アスペクタ・メドゥーサ』のためにモデルを務める事に同意したが、約束の日程には現れなかった。当時のモデルに対する背徳的な評判に彼女が躊躇した可能性がある。数週間が経ち、ロセッティは自分が考えていた絵のアイデアをあきらめていた。それ故、通りで彼女を再び見つけたとき、この特定のモデルの容姿が重要だと確信した。彼は乗っていたタクシーから飛び降り、彼女を説得してアトリエに直行させた。他の芸術家も彼女を雇うかもしれないと恐れた彼は、専属のモデルとして彼女に毎週給金を支払った[3]。2人は永続的な絆を共にした。1882年にロセッティが亡くなった後、ワイルディングは経済的にはあまり裕福では無かったが、バーチントン=オン=シー英語版の彼の墓に花輪を捧げるために旅をしたと言われている[4]

1881年の国勢調査によると、34歳のワイルディングは、ケンジントンのレッドクリフロード33に、チャールズとネリー・ワイルディングと言う2人の幼い子供と一緒に住んでいた。チャールズ・ジェームズ・アーネスト・ワイルディングは1876年6月23日にハマースミスで生まれ、エレノア(ネリー)・ワイルディングは1877年9月3日に同じくハマースミスで生まれた。彼らの父親は不明である[5]。この時点でアレクサは地主と財産所有者としての地位を占め、労働者階級の女性にとっては相当な業績を挙げていた。ロセッティは1873年以降のダン英語版に宛てた手紙の中で、ワイルディングの住宅事情について不満を語っている。「きっとA.W.は彼女のこの狂った家を処分するでしょう。」[6]

死去 編集

アレクサ・ワイルディングのために発行された死亡診断書は、1884年4月25日における37歳での死亡を記録している。死因は6日間に亘る腹膜炎と極度の消耗であった。16ヵ月前には脾臓腫瘍と診断されていた。これは、以前にロセッティが彼女は病気だと感じ、座り続けるのを止めさせていた疾患とも思われる[7]

彼女は祖母のメアリー・アンと姪のマリーと共にブロンプトン墓地に埋葬されている。死亡診断書には死亡日は4月25日と記載されているが、墓石には1884年4月24日と記載されている[8]

ロセッティの芸術において 編集

ロセッティの絵画においてワイルディングのエレガントなルックスと空気のような美しさは、ロセッティの別のモデルである官能的なファニー・コーンフォースとは対照的であった。ワイルディングのより洗練された特徴によって、ロセッティのパトロンであり『レディ・リリス』(1864–1868年)の所有者であるフレデリック・レイランド英語版がオリジナルがあまりにも世俗的であると言った際に、コーンフォースの頭部は塗り潰されてワイルディングに置き換えられた[9]。同様に、元々は身長6フィート近い料理人をモデルとした絵画[10]、『魔性のヴィーナス英語版』(1864-68年)は、1868年1月にワイルディングの顔で塗り直された。ロセッティは彼女の多様な特質が、たとえば『シビラ・パルミフェラ』のような美徳と、以前はコーンフォースのために予定されていた悪徳の双方の役割に十分な汎用性を有していると考えていたと推測される[11]

ワイルディングの表現能力については同時代の人々でも意見が異なる。ロセッティの助手であるヘンリー・トレフリー・ダン英語版は、彼女について「...表現の多様性は乏しい。彼女はスフィンクスのように座り、質問されるのを待っていて、いつも漠然とした返事を返した...しかし、彼女は一見平淡な外面の中に深い愛情を持っていた。」と述べている。一方でロセッティの弟であるウィリアム・マイケル・ロセッティ英語版は、彼女を「多彩な表現ができる」と見なしていた。 ダンはワイルディングを「すべての特徴が美しく成形され、彼の構想に見事に合致した静かで柔和で神秘的な安らぎに満ちた美しい顔をしている...彼は彼女の美しい顔と金褐色の髪に打たれた。彼が長年求めていた非常に好みの顔だった。」と語った[12]

ワイルディングの特徴はロセッティの絵画から簡単に見い出すことができる。赤い髪、長い首、完璧なキューピッドの弓の唇、そしてエリザベス・シダルの有名な広いまぶたと比較するとやや柔らかい目。しかし『祝福されし乙女』では、ロセッティが亡くなった妻の目で描いたためにワイルディングの特徴はあまり識別できない。さらにワイルディングをモデルとしたロセッティの2点の絵画『レジーナ・コルディウム』、『聖杯の乙女』は最初のモデルである亡妻シダルに似ている[13]。彼の親友で美術評論家のフレデリック・ジョージ・スティーブンス英語版によると「彼が彼女を描いた作品は描写が多様であったが、正確に似ているとは思えなかった。」

ワイルディングを描いた作品 編集

ロセッティの絵画

ロセッティの素描

脚注 編集

  1. ^ Jiminez 2001, p. 569.
  2. ^ Lee 2006, p. 41.
  3. ^ Dunn, Henry Treffry, ed. Rosalie Glynn Grylls Mander (1984) Recollections of Dante Gabriel Rossetti and his circle (Westerham) p. 46.
  4. ^ Spencer-Longhurst, Paul (2000) The Blue Bower: Rossetti in the 1860s (London).
  5. ^ Rossetti, Dante, ed. Fredeman, William (2006) The Correspondence of Dante Gabriel Rossetti, Volume 6 (Brewer).
  6. ^ Lee 2006, pp. 41–42.
  7. ^ Lee 2006, p. 43.
  8. ^ Lee, Jennifer (2008) ′The Forgotten Muse: Alexa Wilding′, The Pre-Raphaelite Society Newsletter of the United States, Number 19, Spring 2008.
  9. ^ Spencer-Longhurst.
  10. ^ a b Surtees 1971, p. 99.
  11. ^ Lee 2006, p. 17.
  12. ^ Spencer-Longhurst.
  13. ^ Lee 2006, pp. 22–23.

参考文献 編集

  • Surtees, Virginia (1971). The Paintings and Drawings of Dante Gabriel Rossetti: A Catalogue Raisonné. Oxford 
  • Jiminez, Jill Berk (2001). The Dictionary of Artists' Models. London; Chicago 
  • Lee, Jennifer J (2006). Venus Imaginaria: Reflections on Alexa Wilding, Her Life, and Her Role as Muse in the Works of Dante Gabriel Rossetti. MA thesis, University of Maryland 

外部リンク 編集