アンドレアス・イヴァンシッツ

オーストリアのサッカー選手

アンドレアス・イヴァンシッツAndreas Ivanschitz, 1983年10月15日 - )は、オーストリアアイゼンシュタット出身の元サッカー選手。元オーストリア代表。現役時代のポジションはMF

アンドレアス・イヴァンシッツ
名前
愛称 アンディ、イヴ
ラテン文字 Andreas Ivanschitz
基本情報
国籍  オーストリア
生年月日 (1983-10-15) 1983年10月15日(40歳)
出身地 アイゼンシュタット
身長 183cm
体重 79kg
選手情報
ポジション MF
利き足
ユース
1989-1998 オーストリアの旗 ASK Baumgarten
1998-2000 オーストリアの旗 SKラピード・ウィーン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1999-2005 オーストリアの旗 SKラピード・ウィーン 147 (25)
2005-2006 オーストリアの旗 レッドブル・ザルツブルク 13 (1)
2006-2011 ギリシャの旗 パナシナイコス 67 (10)
2009-2011 ドイツの旗 1.FSVマインツ05 (loan) 47 (9)
2011-2013 ドイツの旗 1.FSVマインツ05 57 (13)
2013-2015 スペインの旗 レバンテUD 49 (4)
2015-2017 アメリカ合衆国の旗 シアトル・サウンダーズFC 34 (4)
2017-2018 チェコの旗 FCヴィクトリア・プルゼニ 13 (3)
代表歴
オーストリアの旗 オーストリア U-16 10 (0)
オーストリアの旗 オーストリア U-17 7 (1)
オーストリアの旗 オーストリア U-18 5 (1)
2001-2003 オーストリアの旗 オーストリア U-21 10 (1)
2003-2014 オーストリアの旗 オーストリア 69 (12)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴 編集

クラブ 編集

14歳で地元クラブASKバウムガルテンの育成部門よりオーストリア・ブンデスリーガに所属する名門SKラピード・ウィーンの育成部門へ移籍。同クラブの歴史上最年少となる16歳でトップチームでのデビューを果たした(正式にはセカンドチームに所属)。17歳でトップチームに昇格。当時のトップチームには元ACミランデヤン・サビチェビッチや元FCバイエルン・ミュンヘンアンドレアス・ヘルツォークらが所属していたが、18歳の頃から攻撃の主力選手としてチームに定着する。当時のチームメートにはギョルギ・ガリッチローマン・キーナストマーティン・ヒデンヘルゲ・パイヤー等がいた。

SKラピード・ウィーンではオーストリア・ブンデスリーガの公式戦で147試合に出場し25得点39アシストを記録、「10年に一人の才能」と評価される。2005年にはオーストリア・ブンデスリーガで優勝、オーストリア・カップで準優勝を果たし、翌年にはUEFAチャンピオンズリーグ本大会にも出場した。

2006年1月に同リーグのレッドブル・ザルツブルクへ移籍するものの8月にはギリシャ1部パナシナイコスFCへ移籍。再びレギュラーに定着し、同リーグでの準優勝やUEFAチャンピオンズリーグUEFAヨーロッパリーグへの出場等に貢献している。

2009年7月19日よりドイツ・ブンデスリーガに属する1.FSVマインツ05に在籍。トーマス・トゥヘル監督の下、トップ下、左右の中盤、ボランチなど様々なポジションでプレーした。UEFAヨーロッパリーグ予選を含む公式戦113試合に出場し24得点20アシストを記録した。1.FSVマインツ05での初得点はFCバイエルン・ミュンヘンを相手に決めた決勝点であった。

2013年6月10日、スペイン・プリメーラ・ディビシオンレバンテUDに移籍した。主に左の中盤及びトップ下でプレーし、公式戦51試合に出場し5得点10アシストを記録した。

2015年8月4日、メジャーリーグサッカーシアトル・サウンダーズFCに移籍した。「欧州以外でプレーを経験したかったし、特にアメリカでプレーすることはかなえたい夢の一つであった」とこの移籍について自ら語っている[1]。同チームでは主に左の中盤及びトップ下でプレーし、公式戦39試合に出場し5得点10アシストを記録。

代表 編集

各アンダーカテゴリーでの代表歴があり、オーストリアA代表でデビューを果たしたのは19歳の時の2003年。数ヵ月後、当時のハンス・クランクル代表監督は19歳のイヴァンシッツをその将来性とインテリジェンスの高さを評価して代表チームの主将に任命、オーストリアA代表の歴史上最年少代表主将が誕生した。その後にオーストリア代表を率いたヨーゼフ・ヒッケルスベルガーUEFA EURO 2008に出場)及びカレル・ブリュックナー監督の下でも主力として常に招集され攻撃の核として活躍。

ディートマー・コンスタンティーニが代表監督在任中は招集されなかったが、マルセル・コラー現代表監督の下では2011年から2014年6月まで再び招集された。以降はミッドフィールダーのポジションでプレーするダヴィド・アラバマルコ・アルナウトヴィッチマルセル・ザビッツァー等の台頭により招集されていない。代表での10番はズラトコ・ユヌゾヴィッチに譲った形になった。

エピソード 編集

  • アンドレアス・イヴァンシッツ本人もオーボエピアノ演奏の教育を受けている。

タイトル 編集

クラブ 編集

SKラピード・ウィーン
シアトル・サウンダーズFC
FCヴィクトリア・プルゼニ

所属クラブ 編集

  1.FSVマインツ05 2009-2011

個人成績 編集

下記表のその他にはUEFAチャンピオンズリーグUEFAヨーロッパリーグCONCACAFチャンピオンズリーグメジャーリーグサッカーのプレーオフが含まれる

クラブ シーズン リーグ カップ リーグカップ その他 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
オーストリア リーグ カップ リーグカップ その他 期間通算
SKラピード・ウィーン 1999-2000 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0
2000-01 14 2 2 0 0 0 2 0 18 2
2001-02 24 1 1 0 0 0 5 0 30 1
2002-03 36 5 2 0 0 0 0 0 38 5
2003-04 25 7 2 1 0 0 0 0 27 8
2004-05 29 5 3 1 0 0 4 0 36 6
2005-06 18 5 0 0 0 0 8 0 26 5
通算 147 25 10 2 0 0 19 0 176 27
レッドブル・ザルツブルク 2005-06 12 1 0 0 0 0 0 0 12 1
2006-07 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0
通算 13 1 0 0 0 0 0 0 13 1
ギリジャ リーグ カップ リーグカップ その他 期間通算
パナシナイコス 2006-07 26 4 6 1 0 0 7 0 39 5
2007-08 24 3 0 0 0 0 8 3 32 6
2008-09 17 3 0 0 6 1 5 0 28 4
通算 67 10 6 1 6 1 20 3 99 15
ドイツ リーグ カップ リーグカップ その他 期間通算
マインツ05 2009-10 27 6 1 0 0 0 0 0 28 6
2010-11 20 3 2 0 0 0 0 0 22 3
2011-12 26 6 1 1 0 0 2 0 29 7
2012-13 31 7 3 1 0 0 0 0 34 8
通算 104 22 7 2 0 0 2 0 113 24
スペイン リーグ カップ リーグカップ その他 期間通算
レバンテ 2013-14 29 3 2 1 0 0 0 0 31 4
2014-15 20 1 0 0 0 0 0 0 20 1
通算 49 4 2 1 0 0 0 0 51 5
アメリカ リーグ カップ リーグカップ その他 期間通算
シアトル・サウンダーズ 2015 6 1 0 0 0 0 3 1 9 2
2016 28 3 0 0 0 0 3 0 31 3
通算 34 4 0 0 0 0 6 1 40 5
オーストリア 160 26 10 2 0 0 19 0 189 28
ギリジャ 67 10 6 1 6 1 20 3 99 15
ドイツ 104 22 7 2 0 0 2 0 113 24
スペイン 49 4 2 1 0 0 0 0 51 5
アメリカ 34 4 0 0 0 0 6 1 40 5
総通算 414 65 25 5 6 1 47 6 492 77

脚注 編集

外部リンク 編集