アンドレア・イアンノーネ

アンドレア・イアンノーネ (Andrea Iannone, 1989年8月9日 - ) は、イタリアヴァスト出身のオートバイレーサー。2019年までロードレース世界選手権MotoGPクラスに参戦していた。

アンドレア・イアンノーネ
2016年
生年月日 (1989-08-09) 1989年8月9日(34歳)[1]
ヴァスト, イタリア
レースでの経歴
ロードレース世界選手権 MotoGPクラス
活動期間2013年2019年
マニファクチャラードゥカティスズキアプリリア
チャンピオン0
2019年 順位16位 (43 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
118 1 11 2 3 705
ロードレース世界選手権 Moto2クラス
活動期間2010年2012年
マニファクチャラースピードアップ-ホンダ, スッター-ホンダ
チャンピオン0
2012年 順位3位 (194 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
51 8 19 5 13 570
ロードレース世界選手権 125ccクラス
活動期間2005年2009年
マニファクチャラーアプリリア
チャンピオン0
2009年 順位7位 (125.5 pts)
出走回数 勝利数 表彰台 PP FL 総ポイント
77 4 5 3 1 292.5
2009年 カタルニアGP

経歴 編集

ミニバイクレースで活躍した後、アブルッツォ・ジュニア・チームからイタリア・スペインの国内ロードレース選手権、ヨーロッパ選手権に参戦し、安定した成績を残した。2005年には同チームからロードレース世界選手権125ccクラスにフル参戦を果たし、第15戦トルコGPでベストリザルトとなる10位に入賞、シリーズランキング19位に入った。

2006年はカンペテーラ・レーシングに移籍するが、シーズン途中に解雇されてしまった。第13戦マレーシアGPではWTRブラウエル・チームから出場の機会を得たが、腰骨を骨折してしまい、残りシーズンを欠場することになった[2]。結局この年は11レースの出場でシリーズ22位に終わる。2007年は同じくWTRチームからステファノ・ビアンコのチームメイトとしてフル出場を果たしたが、トルコGPでの9位がベストリザルト、シリーズ20位と成績は伸び悩んだ。

2008年はI.C. チームに移籍すると、ウェットレースとなった第4戦中国GPで初優勝を遂げた。また第17戦マレーシアGPでは初のポールポジションを獲得し、シリーズランキングは10位と大きく成績を伸ばした。

2009年も同チームに残留(チーム名はオンガッタ・チーム I.S.P.A.に改称)、ワークスマシンのRSA125を得たイアンノーネは開幕戦カタールGP第2戦日本GPと2連勝、第6戦カタルニアGPではトップを走行していたフリアン・シモンがファイナルラップに周回数を勘違いしてスローダウンしたおかげで3勝目を挙げるなどの活躍を見せ、シーズン中盤まではチャンピオン争いのトップに立っていた。しかしシーズン後半、第13戦サンマリノGPではファイナルラップにトップを走行中にポル・エスパルガロを巻き込んで転倒するなどリタイアが重なり、最終的なランキングは7位にまで落ちてしまった。またそのサンマリノGPでの転倒後、冷静さを失ったイアンノーネはエスパルガロに頭突きを食らわせてしまい、罰金のペナルティを受けている[3]

2010年は元グランプリライダーのルカ・ボスコスクーロが率いるスピードアップ・チームからガボール・タルマクシをチームメイトに、新しく始まったMoto2クラスに参戦した[4]。イアンノーネは第4戦イタリアGP第6戦ダッチTT第13戦アラゴンGPと、この年のチャンピオンとなるトニ・エリアスの次に多いシーズン3勝を挙げる活躍を見せた。いずれのレースもポールポジションからスタートし、独走で逃げ切る圧倒的な勝利だった。しかし第7戦カタルニアGPでは黄旗区間での追い越し、第12戦サンマリノGPではフライングスタートでペナルティを受けるなどのミスが祟り、年間ランキングでは未勝利ながら安定した成績を残したフリアン・シモンに2ポイント差で競り負けて3位に終わった。

2011年シーズンはイアンノーネの父親と、バレンティーノ・ロッシのアシスタントである“ウーチョ”ことアレッシオ・サルッチが中心となり結成されたスピードマスター・チームに移籍、Moto2クラスに継続参戦する[5]。年間3勝をあげ年間ランキング3位で終了する。

2012年シーズンは再びスピードアップ・チームへ復帰し、第5戦カタルーニャGPでは2011年14戦日本GP以来となる優勝を逆転で果たす。母国開催の第9戦イタリアGPではポル・エスパルガロとの一騎討ちを制し2回目のイタリアGP勝利を果たし、3年連続シーズン年間ランキング3位となった。

2013年シーズンはMotoGPクラスにステップアップし、ドゥカティのサテライトチームであるプラマック・レーシングより参戦する。ドゥカティでの参戦から活躍が注目されていたものの本人としても自分自身に対する期待が大きかったためか、なかなか思うような結果は残せないレースが続きチームメイトのアンドレアドビツィオーゾとの数回にわたる接触転倒や2016年カタルーニャでは、バックストレートエンドのヘアピン進入のブレーキングをミスしてその時点でシーズンのポイントリーダーのホルヘロレンソを巻き込んで転倒リタイヤした。「危険なライダー」とのレッテルも貼られかねないアクシデントが数回あったことやそれら全てが、偶然にもレースのライブ映像として全世界に発信されてしまうという不運な面もあった。それによって開発が進んでこれから成績が上向くところであったドゥカティでのシートを失った。

2017年シーズンより2年間スズキエクスターチームにてMotoGPクラスに参戦する契約を交わした[6]

2019年、アプリリアからMotoGPに参戦。同年11月3日、第18戦マレーシアグランプリの際に行われたドーピングテストによってアナボリック・ステロイドが検出され、同年12月17日から暫定的に出場停止となっている。

2020年、前年と同様にアプリリアから参戦が決定するも、昨年のドーピング違反にかかる国際懲罰法定(CDI)の審理の結果、翌2021年6月16日までの18か月間出場停止処分が為される(2020年5月現在、控訴中)。なお、同審理について、禁止薬物検出の原因は汚染された食品が原因という選手側の訴えに対しては、その主張が一部認められている。

ロードレース世界選手権 戦績 編集

 
2011年 チェコGP
  • 凡例
  • ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
シーズン クラス バイク 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 順位 ポイント
2005年 125cc アプリリア SPA
21
POR
26
CHN
18
FRA
23
ITA
16
CAT
11
NED
26
--- GBR
Ret
GER
Ret
CZE
11
JPN
13
MAL
18
QAT
19
AUS
Ret
TUR
10
VAL
15
20位 20
2006年 125cc SPA
15
QAT
13
TUR
15
CHN
13
FRA
9
ITA
Ret
CAT
17
NED
Ret
GBR
17
GER
24
--- CZE MAL
Ret
AUS JPN POR VAL 22位 15
2007年 125cc QAT
15
SPA
12
TUR
9
CHN
11
FRA
Ret
ITA
Ret
CAT
17
GBR
15
NED
20
GER
24
--- CZE
Ret
SMR
14
POR
18
JPN
10
AUS
20
MAL
18
VAL
20
20位 26
2008年 125cc QAT
14
SPA
18
POR
11
CHN
1
FRA
5
ITA
12
CAT
Ret
GBR
Ret
NED
8
GER
11
--- CZE
9
SMR
6
IND
Ret
JPN
Ret
AUS
4
MAL
10
VAL
6
10位 106
2009年 125cc QAT
1
JPN
1
SPA
19
FRA
7
ITA
Ret
CAT
1
NED
4
--- GER
7
GBR
Ret
CZE
3
IND
Ret
SMR
Ret
POR
Ret
AUS
8
MAL
8
VAL
Ret
7位 125.5
2010年 Moto2 スピードアップ QAT
19
SPA
Ret
FRA
4
ITA
1
GBR
12
NED
1
CAT
13
GER
2
--- CZE
3
IND
4
SMR
Ret
ARA
1
JPN
13
MAL
3
AUS
3
POR
21
VAL
2
3位 199
2011年 Moto2 スッター QAT
2
SPA
1
POR
13
FRA
Ret
CAT
15
GBR
16
NED
12
ITA
5
GER
14
--- CZE
1
IND
11
RSM
3
ARA
2
JPN
1
AUS
8
MAL
9
VAL
11
3位 177
2012年 Moto2 スピードアップ QAT
2
SPA
14
POR
5
FRA
4
CAT
1
GBR
4
NED
2
GER
16
--- ITA
1
IND
9
CZE
4
RSM
3
ARA
4
JPN
18
MAL
6
AUS
Ret
VAL
11
3位 193
2013年 MotoGP ドゥカティ QAT
9
AME
10
SPA
Ret
FRA
11
ITA
13
CAT
Ret
NED
13
GER
DNS
USA IND
11
CZE
9
GBR
11
RSM
Ret
ARA
10
MAL
Ret
AUS
8
JPN
14
VAL
Ret
12位 57
2014年 MotoGP QAT
10
AME
7
ARG
6
SPA
Ret
FRA
Ret
ITA
7
CAT
9
NED
6
GER
5
IND
Ret
CZE
5
GBR
8
RSM
5
ARA
Ret
JPN
6
AUS
Ret
MAL
DNS
VAL
22
10位 102
2015年 MotoGP QAT
3
AME
5
ARG
4
SPA
6
FRA
5
ITA
2
CAT
4
NED
4
GER
5
IND
5
CZE
4
GBR
8
RSM
7
ARA
4
JPN
Ret
AUS
3
MAL
Ret
VAL
Ret
5位 188
2016年 MotoGP QAT
Ret
ARG
Ret
AME
3
SPA
7
FRA
Ret
ITA
3
CAT
Ret
NED
5
GER
5
AUT
1
CZE
8
GBR
Ret
RSM
DNS
ARA
WD
JPN
AUS
MAL
Ret
VAL
3
9位 112
2017年 MotoGP QAT
Ret
ARG
16
AME
7
SPA
Ret
FRA
10
ITA
10
CAT
16
NED
Ret
GER
5
CZE
8
AUT
11
GBR
Ret
RSM
Ret
ARA
12
JPN
4
AUS
6
MAL
17
VAL
6
13位 70
2018年 MotoGP スズキ QAT
9
ARG
8
AME
3
SPA
3
FRA
Ret
ITA
4
CAT
10
NED
11
GER
12
CZE
10
AUT
13
GBR
C
RSM
8
ARA
3
MAL
11
JPN
Ret
AUS
2
MAL
Ret
VAL
Ret
10位 133
2019年 MotoGP アプリリア QAT
14
ARG
17
AME
12
SPA
DNS
FRA
Ret
ITA
15
CAT
11
NED
10
GER
13
CZE
17
AUT
16
GBR
10
RSM
DNS
ARA
11
THA
15
JPN
Ret
AUS
6
MAL
DSQ
VAL
DSQ
16位 43

脚注 編集

外部リンク 編集