アンナ・マリーア・ドルレアンス

後にサルデーニャ王となるヴィットーリオ・アメデーオ2世の妃

アンナ・マリーア・ドルレアンス(Anna Maria d'Orléans, 1669年8月27日 - 1728年8月26日)は、サヴォイア公、のちサルデーニャ王となるヴィットーリオ・アメデーオ2世の妃。フランス語アンヌ・マリー・ドルレアン(Anne Marie d'Orléans)。

アンナ・マリーア・ドルレアンス
Anna Maria d'Orléans
サルデーニャ王妃
French School - Anna Maria d'Orléans - Royal Palace, Turin.jpg
在位 シチリア王妃
1713年9月22日 - 1720年2月17日
サルデーニャ王妃
1720年2月17日 - 1728年8月26日

出生 (1669-08-27) 1669年8月27日
フランス王国、サン・クルー城
死去 (1728-08-26) 1728年8月26日(58歳没)
サルデーニャ王国トリノ
埋葬 サルデーニャ王国トリノ、スペルガ大聖堂
結婚 1684年4月10日 ヴェルサイユ
配偶者 サルデーニャヴィットーリオ・アメデーオ2世
子女 マリーア・アデライデ
マリーア・アンナ
マリーア・ルイーザ
ヴィットーリオ・アメデーオ
カルロ・エマヌエーレ3世
エマヌエーレ・フィリベルト
家名 オルレアン家
父親 オルレアン公フィリップ1世
母親 アンリエット
テンプレートを表示

生涯編集

フランスルイ14世の弟であるオルレアン公フィリップ1世と、最初の妃アンリエットイングランドチャールズ1世の末娘)の次女として、サン・クルー城で生まれた。1684年4月10日、ヴェルサイユでヴィットーリオ・アメデーオと結婚した。2人の間には6子が生まれた。

アンナ・マリーアは、夫に先立ってトリノで1728年に亡くなった。 

ジャコバイトの継承問題編集

アンナ・マリーアの死後約80年を経た1807年枢機卿ヘンリー・ベネディクト・ステュアートが死んだ。この人物はアンナ・マリーアの叔父ジェームズ2世の男系最後の子孫だった。ジャコバイトたちは、チャールズ1世の子孫で最も年長の者を、イングランドスコットランドの正当な王位継承者とすることにした。当時この条件に最も当てはまったのは、アンナ・マリーアとヴィットーリオ・アメデーオ2世の曾孫、サルデーニャ王カルロ・エマヌエーレ4世だった。以後、アンナ・マリーアの子孫がジャコバイトの認める王位継承者となった。

 
サヴォイア公妃アンナ・マリーア
アンナ・マリーア・ドルレアンス

1669年8月27日 - 1728年8月26日

イタリア王室
先代
マリア・ルイーザ・ディ・サヴォイア
シチリア王妃
1713年9月22日 – 1720年2月17日
次代
エリーザベト・クリスティーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル
先代
エリーザベト・クリスティーネ・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル
サルデーニャ王妃
1720年2月17日 – 1728年8月26日
次代
ポリッセナ・ダッシア=ローテンブルグ