クィーンアリア国際空港

ヨルダンの空港
アンマン国際空港から転送)

クィーンアリア国際空港(アラビア語:مطار الملكة علياء الدولي、英語:Queen Alia International Airport)は、ヨルダン首都アンマンにある国際空港。空港の正式名称は、1977年に飛行機墜落事故で死去したアリア王妃(前国王フセイン1世の第3王妃)にちなんで、クィーンアリア国際空港と名付けられた。略称はQAIA。アンマン国際空港とも呼ばれている。

クィーンアリア国際空港
مطار الملكة علياء الدولي
Matar al-Malikah 'Alya' ad-Dowaly
IATA: AMM - ICAO: OJAI
概要
国・地域 ヨルダンの旗 ヨルダン
所在地 Zizya
母都市 アンマン
種類 公共
所有者 AIG group
運営者 ADPグループ
拠点航空会社 ロイヤル・ヨルダン航空
標高 730 m (2,395 ft)
座標 北緯31度43分21秒 東経35度59分36秒 / 北緯31.72250度 東経35.99333度 / 31.72250; 35.99333
地図
クィーンアリア国際空港の位置(ヨルダン)
クィーンアリア国際空港の位置(ヨルダン)
AMM
クィーンアリア国際空港の位置(ヨルダン)
滑走路
方向 ILS 長さ×幅 (m) 表面
08R/26L YES 3,660×61 舗装
08L/26R閉鎖 YES 3,660×61 舗装
統計(2009年)
旅客数 4,770,000
発着回数 57,776
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空港の一覧
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概要 編集

クィーンアリア国際空港は、首都アンマンの南35kmに位置する国際空港であり、アンマン市街地から30分以内の立地である。2つの旅客ターミナルと1つの貨物ターミナルがあり、ヨルダンのメイン空港の役割を果たしており、ロイヤル・ヨルダン航空ハブ空港として使用している。ヨーロッパの各主要都市からの平均所要時間は4時間で、20社以上の国際航空会社が就航している。

歴史 編集

アンマンの市街地近くにあるマルカ国際空港(アンマン・シビル空港英語版)が、増加する旅客機の発着数や地上施設などが限界に達したため、1983年に開港した。

アクセス 編集

 
旅客ターミナル車寄せ

都心から高速道路が通じており、シャトルバスが乗り入れている。

就航路線 編集

航空会社就航地
  ロイヤルヨルダン航空 アカバ,、香港バンコククアラルンプールドバイアブダビドーハリヤドジッダダンマームマディーナクウェートバグダッドバスラナジャフベイルートテルアビブカイロハルツームチュニスアルジェイスタンブールモスクワ(ドモジェドヴォ)アテネウィーンフランクフルトベルリン/テーゲルミュンヘンチューリッヒジュネーヴアムステルダムパリ(ド・ゴール)ロンドン(ヒースロー)ローマ/フィウミチーノ、マドリード、バルセロナラルナカモントリオールニューヨーク(ケネディ)デトロイトシカゴ(オヘア)
季節運航: アルビールスライマーニーヤ
  ヨルダン・アビエーション バグダード、カイロ、シャルム・エル・シェイク
  アルジェリア航空 アルジェ
  エア・アラビア シャールジャ
  エールフランス パリ(ド・ゴール)
  エーゲ航空 アテネ
  オーストリア航空 ウィーン
  ブルーパノラマ航空 [季節運航]: ミラノ(マルペンサ)
  ブリティッシュ・エアウェイズ ロンドン(ヒースロー)
  エジプト航空 カイロ
  エア・アラビア・エジプト英語版 アレクサンドリア(ボルグ・エル・アラブ)
  FlyEgypt英語版 アレクサンドリア、アシュート
  カイロ航空 アレクサンドリア、アシュート、ソハグ英語版
  エミレーツ航空 ドバイ
  エティハド航空 アブダビ
  フライドバイ ドバイ、ドバイ/ジュベル・アリ
  ガルフ・エア バーレーン
  イベリア航空 [季節運航]: マドリード
  イラク航空 アルビール、バグダッド、バスラ
  ジャジーラ航空 クウェート
  クウェート航空 クウェート
  アフリキヤ航空 ベンガジ
  ルフトハンザドイツ航空 フランクフルト
  ミドル・イースト航空 ベイルート
  フライナス ジッダ、リヤド、マディーナ
  ネオス ボローニャ、ミラノ(マルペンサ)
  オマーン・エア マスカット
  カタール航空 ドーハ
  サウディア ジッダ、マディーナ、リヤド
  タルコ航空英語版 ハルツーム
  タロム航空 ブカレスト
  ターキッシュ エアラインズ イスタンブール/アタテュルク
  ペガサス航空 アンカラアンタルヤ
  ウクライナ国際航空 キエフ
  ウクライナ地中海航空 キエフ/ボルィースピリ

貨物便 編集

航空会社就航地
  カーゴルックス航空 ルクセンブルクシンガポール
  ロイヤルヨルダン航空 アカバ、アテネ、ベイルート、ブリュッセル、ブダペスト、ドバイ、ロンドン(スタンステッド)、ロンドン(ガトウィック)、イスタンブール、ニューヨーク(ケネディ)、テルアビブ
  サウジアラビア航空 ジッダ
  ターキッシュ エアラインズ イスタンブール (アタテュルク)

毎日新聞カメラマンによる警備隊員死傷事件 編集

2003年5月1日に、毎日新聞カメラマン五味宏基が戦地取材の記念品にと手荷物として持ち込んだクラスター爆弾の子爆弾の不発弾が空港内で爆発し、空港警備隊員などが死傷するという事件が発生した。[1]

五味はヨルダン警察に逮捕・起訴され、6月1日に実刑判決を受けたが、6月17日に国王アブドゥッラー2世による特赦で釈放され、日本に帰国した。帰国後、毎日新聞社懲戒解雇された。[2][3]

脚注 編集

  1. ^ アサヒ・コム「2003年読者が選ぶ10大ニュース」ヨルダンの空港で毎日記者の荷爆発、死者 イラク戦の武器か?”. asahi.com(現:朝日新聞デジタル. 株式会社朝日新聞社 (2003年). 2017年3月12日閲覧。
  2. ^ 道浦俊彦 (2003年6月25日). “道浦俊彦/とっておきの話 ◆ことばの話1160「手りゅう弾」(追記2)”. 道浦俊彦の平成ことば事情. 讀賣テレビ放送株式会社. 2023年7月13日閲覧。
  3. ^ MANTANWEB編集部: “報道特集:イラク戦争での不発弾爆発事件 元カメラマンの「空白の10年」を追う”. MANTANWEB. 株式会社毎日新聞デジタル(現:株式会社MANTAN) (2013年8月30日). 2023年7月13日閲覧。

外部リンク 編集