アンリ=テオフィル・ブイヨン

アンリ=テオフィル・ブイヨン(Henri-Théophile Bouillon、1864年4月21日 - 1934年)は、フランス彫刻家である。

アンリ=テオフィル・ブイヨン
Henri-Théophile Bouillon
Salon des Cent (29) - mai 1897.jpg
1897年のブイヨンを扱うサロン・デ・サンのポスター
生誕1864年4月21日
 フランス・サン=フロン(Saint-Front)
死没1934年
 フランス・サン=フロン

略歴編集

シャラント県のサン=フロン(Saint-Front)で生まれた。パリ国立高等美術学校に入学し、アントナン・メルシエポール・デュボアらに学んだ。1886年にサロン・ド・パリ(フランス芸術家協会展)に出展し、フランス芸術家協会に加入した[1]。1891年に父親や風刺画家のJules Baricの胸像を出展し、1892年にフランス革命期の政治家、ジョゼフ・ギヨタンの胸像を出展し、国に買い上げられて、ヴェルサイユ宮殿の球戯場に設置されている。1895年に、詩人・小説家のアンリ・ミュルジェール(1822- 1861)の胸像を制作し、国に買い上げられ、リュクサンブール公園に設置された。

1897年5月に一般の美術愛好家にリーゾナブルな価格で美術品を販売する展示会、サロン・デ・サンにデッサンを展示した。1900年のパリ万国博覧会では銅メダルを受賞した[1]。引退後は故郷に戻りそこで亡くなった。

ブイヨンの作品の多くは、没後、遺族からボルドー美術館に寄贈された[2]

作品編集

参考文献編集

  1. ^ a b Édouard-Joseph, Dictionnaire biographique des artistes contemporains, tome 1, « A-E », Art & Édition, 1930, p. 179.
  2. ^ Buste de femme en la base Joconde (en francés) (con imagen). Consulta del 9/10/2012.

外部リンク編集