イアサント・コラン・ド・ヴェルモン

イアサント・コラン・ド・ヴェルモン(Hyacinthe Collin[1] de Vermont、1693年1月19日 - 1761年2月16日)はフランスの画家である。

イアサント・コラン・ド・ヴェルモン
Hyacinthe Collin de Vermont
誕生日 1693年1月19日
出生地 ヴェルサイユ
死没年 1761年2月16日
死没地 パリ
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略歴 編集

ヴェルサイユで、宮廷音楽家、ニコラ・コランの息子に生まれた。兄のフランソワ・コラン(François Collin de Blamont:1690-1790)は作曲家、宮廷音楽家となり、1750年に貴族に叙せられた。イアサント・コランは王立絵画彫刻アカデミージャン・ジュヴネイアサント・リゴーに学んだ[2]

ローマで修業し、帰国後、1725年に王立絵画彫刻アカデミーの会員に選ばれ、1740年にアカデミーの教授に任じられ、亡くなるまでその職を務めた。

教会などの装飾画を描いた。

弟子にはジャン=バティスト・デエがいる。

作品 編集

脚注 編集

参考文献 編集

  • Joseph-François Michaud, Louis-Gabriel Michaud, Biographie universelle, ancienne et moderne, t. 9, Paris, Michaud frères, 1813, p. 265.