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イアン・ヒュー・ゴードン・アシュレイ (Ian Hugh Gordon Ashley, 1947年10月26日 - ) は、イギリスレーシングドライバー。トークン、ウィリアムズ、BRM、ヘスケスからF1に出走した。

イアン・アシュレイ
Ian Ashley.jpg
基本情報
フルネーム Ian Hugh Gordon Ashley
国籍 イギリスの旗 イギリス
出身地 西ドイツ,ノルトライン=ヴェストファーレン州ヴッパータール
生年月日 (1947-10-26) 1947年10月26日(72歳)
F1での経歴
活動時期 1974年-1977年
所属チーム トークン, ウィリアムズ, BRM, ヘスケス; ノンワークス ブラバム
出走回数 11 (4 starts)
タイトル 0
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 1974年ドイツグランプリ
最終戦 1977年カナダグランプリ
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経歴編集

西ドイツヴッパータール生まれ[1]

1966年にジム・ラッセル・レーシングスクールに入りレース活動を始める。速さはあるが不安定なドライビングスタイルから、すぐに「クラッシュレイ(Crashley)」と渾名されるようになった[2]。1972年にフォーミュラ5000に参戦、翌1973年にはタイトルを獲得した。

1974年にはF1にデビューし、翌年ウィリアムズに移籍した。70年代中盤には不運が多かった。1975年、ニュルブルクリンクで開催されたドイツグランプリのプラクティスでクラッシュし両足首を骨折。1977年にはモスポート・パークで開催されたカナダグランプリにおいてクラッシュ、バリアーをアーチ状に広げてテレビ塔に激突した。彼はこの年をもってF1を引退した。

1985年にはマイアミグランプリCARTにデビューした。1986年のインディ500にはエントリーしたが、出走しなかった。1986年は3戦に出走、ミッドオハイオでは9位に入り、シーズンランキングは28位となった。残りの2戦はリタイアしている。この年はポコノ・レースウェイでのインディ・ライツにも参戦、6位に入っている。翌1987年もマイアミ戦に出走したが、ドライブトレーンの問題でリタイアした。

F1引退後、アメリカでプライベートジェットのパイロットとなったが、1993年にはレースに復帰し、ボクスホールをドライブしてイギリスツーリングカー選手権に参加した[3]。その後はサイドカー選手権、TVRタスカン・チャレンジなどにも参戦した。

2009年11月、40年以上ぶりにシルバーストンで行われたフォーミュラ・フォードの一戦、ウォルター・ヘイズ・トロフィーにエルデン・MK8で参戦した。

現在はシルバーストン・エクスペリエンスで乗客を乗せて体験走行を行うプロドライバーの1人である。

 
アシュレイがドライブするLDS-アルファロメオ


F1における全成績編集

参照編集

  1. ^ Driver: Ian Ashley”. ChicaneF1.com. 2007年11月27日閲覧。
  2. ^ Drivers: Ian Ashley”. GrandPrix.com. 2007年11月27日閲覧。
  3. ^ Driver: Ashley, Ian”. Autocourse Grand Prix Archive. 2007年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年11月27日閲覧。