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目次

概要編集

イエス・キリスト弟子たちを教え、民衆に語りかけた言葉は、ヘブライ語ではなく、同じ北西セム語派に属するアラム語であったというのが今日の定説になっている。イエスの言葉は後にギリシャ語で『七十人訳聖書』の新約聖書部分としてまとめられ、さらにラテン語に『ヴルガダ聖書』として翻訳されて長い間伝えられてきたが、プロテスタント運動の時期に各言語に翻訳された。

イエスが活躍したローマ帝国時代のユダヤ属州ではヘブライ語はすでに口語として使われる機会は少なくなっていて、アラム語が普遍的に話されており、イエスもアラム語(のガリラヤ地方方言)を話していた可能性が大きい。 [1] ただし、イエスはおもにヘブライ語を話したと主張する人々もいる。 [2]

聖書に現れるアラム語編集

もともとギリシャ語で編纂された新約聖書には、イエスが語った言葉としていくつかのアラム語が直接使われている。

  • (イエスは)「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、わたしはあなたに言う、起きなさい」という意味である。(マルコによる福音書第5章41節: Ταλιθα κουμ/κούμι(Talitha kum/kumi) = Little girl, I say to you, get up! )
  • そして、(イエスは)天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、「エッファタ」と言われた。これは「開け」という意味である。(マルコによる福音書第7章34節:Εφφαθα(Ephphatha) = Be opened)
  • イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。(マタイによる福音書第27章46節: Ελι ελι λεμα σαβαχθανι(Eli Eli lema sabachthani) = My God, my God, why have you forsaken me?、同様な表現がマルコによる福音書第15章34節にもある)

また、「主の祈り」もさまざまな研究(特にアラム語から派生したシリア語への再構築や「私たちの負い目/罪」の部分など)から、これがもともとはアラム語であったろうと推測もされている [3]

ただし、当時ヘブライ語は口語として死語となっていたからではなく、イエスの死後にもパウロ神殿の境内でアジア州から来たユダヤ人たちへは「ヘブライ語で話し始めた。」ことが記録されている。(使徒言行録第21章40節)それでも他の場所では、彼の手紙のしめくくりとして、アラム語で「マラナ・タ(主よ、おいでください)。」という祈りの言葉を残している。(コリントの信徒への手紙一第16章21節)

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 映画「パッション」のアラム語・ラテン語
  2. ^ ダヴィッド・ビヴィン/ロイ・ブリザード著『イエスはヘブライ語を話したか?』(ミルトス)
  3. ^ イエスの話した言語 ―最も有名なアラム語の話し手―(日本人シリア正教徒によるサイト)

外部リンク編集