イエンス・ユール

イエンス・ユール(Jens Juel、1745年5月12日 - 1802年12月27日)はデンマークの画家である。18世紀のデンマークの主導的な肖像画家とされる。多くのユールのコレクションはフレデリクスボー城に展示されている[1]

イエンス・ユール
Jens Juel
Jens Juel 1.jpg
自画像
生誕1745年5月12日
デンマーク,Balslev
死没1802年12月27日
デンマーク,コペンハーゲン

略歴編集

フュン島のBalslev Sognに生まれた。Vilhelmine Elisabeth Juelの婚外子で、一歳の時母親はガンボー(Gamborg)の教員と結婚し、ガンボーで育った。

幼い頃から絵に興味を示し、両親はハンブルクの画家、ゲーマン(Johann Michael Gehrman)の見習いとして送り、5-6年、そこで働いて、肖像画、風景画、風俗画の腕を磨き、特に肖像画家として評価を高めた[1]。20歳を越えてから、コペンハーゲンに移り、デンマーク王立美術院に学び、宗教画を描き、1767年で賞(small gold medal)を得、1771年にgreat gold medalを得た[1]

1772年に国外に出てローマに移り、4年間、ニコライ・アビルゴールらのデンマーク人芸術家たちと滞在した。ローマから、当時、肖像画が盛んだったパリを訪れた。1777年にジュネーブを訪れ、友人となった博物学者、哲学者のシャルル・ボネの家に滞在し、彼の肖像画を描いた。1780年にコペンハーゲンに戻った。

デンマークでは、宮廷画家に任じられ、王族や貴族らの肖像画を描き、風景画も描いた。1782年にデンマーク王立美術院の会員に選ばれ、1784年に准教授、1786年にヨハン・マンデリベリ(Johan Mandelberg)の後任として教授となった。1795年からと1799年からの2度、美術院の校長も務めた[1]

1790年に結婚し、娘は画家で、後に王立美術院の校長になるクリストファー・エカスベアと結婚した。

作品編集

脚注編集

  1. ^ a b c d Jens Juel”. The Royal Danish Collections. 2012年3月13日閲覧。

参考文献編集

  • Hamburgisches Künstler-Lexikon, Die bildenden Künstler Bd. 1, bearb. von einem Ausschusse des Verein für Hamburgische Geschichte|Vereins für Hamburgische Geschichte, Hoffmann und Campe, Hamburg, 1854, S. 124, (online Hamburg Staats- und Universitätsbibliothek).