メインメニューを開く

イギリスの内閣の要職(イギリスのないかくのようしょく)はイギリス政府において最も上級かつ威信のある4つの閣僚ポストである[1][2]。英語ではGreat Offices of Stateと呼ばれ、首相財務大臣外務大臣内務大臣を指す(以下、本項では便宜上「四大閣僚」と記す)。慣例によれば、総選挙後の組閣か任期途中の内閣改造かのいずれかにおいて、首相が閣僚を指名するとき、最初に発表されるのが財務大臣、外務大臣、そして内務大臣である[1][3][4]

目次

現職編集

役職 現職者 就任日
首相   テリーザ・メイ 2016年7月13日
財務大臣   フィリップ・ハモンド 2016年7月13日
外務大臣   ジェレミー・ハント 2018年7月9日
内務大臣   サジド・ジャビド英語版 2018年4月30日

沿革編集

これまでのところ、これら4つの役職全てに就いたことがあるのはジェームズ・キャラハンのみである[1][5]。過去100年間に、この栄誉ある偉業の達成にあと一歩のところまで迫った人物が幾人かいた:ハーバート・ヘンリー・アスキスウィンストン・チャーチルの両名は財務大臣、首相および内務大臣を歴任し、ハロルド・マクミランジョン・メージャーは首相、財務大臣および外務大臣を歴任した。ラブ・バトラーサー・ジョン・サイモンは財務大臣、外務大臣および内務大臣を歴任した。四大閣僚のうちの2つの役職を一人で同時に務めることはしばしばあり、直近では1924年にラムゼイ・マクドナルドが首相と外務大臣を兼任したほか、ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーウェリントン暫定内閣において、四大閣僚のうち、首相、内務大臣および外務大臣の3つの役職を同時に務めたことのある唯一の人物である。

現代における庶民院に限られた性質編集

イギリスの政治的憲法のために、庶民院が権限の大部分を保持しているため、四大閣僚の地位を保持する者が貴族院議員であることは、もはや事実上受け容れられていない。貴族院は伝統的に財政法案の通過を制止してきており、これは財務大臣職が実質的には庶民院議員に限られていることを意味する。そのほかの役職について貴族院議員が四大閣僚の地位に就いた最後の例は次の通り:

  • 首相:保守党ヒューム伯爵(1963年10月20日–23日): ヒューム伯爵は首相に指名された後、自身の爵位を返上し、庶民院議員に選出された。首相の在任期間を通して貴族院議員であり続けた最後の首相は、保守党のソールズベリー侯爵(1895年6月25日 – 1902年7月11日)である。
  • 財務大臣:ホイッグ党デンマン卿英語版(1834年11月14日–12月15日):デンマンは首席判事英語版としての職権上の職務として代理でポストを保持しただけであった。彼以前には、保守党の貴族院議員テンターデン卿英語版(1827年8月8日–9月3日)もそのようにした。常任で財務大臣を務めた最後の貴族院議員は、ホイッグ党のスタンホープ子爵(1717年4月15日 – 1718年3月20日)である。
  • 外務大臣:保守党のキャリントン卿(1979年5月5日 – 1982年4月5日):キャリントン卿は四大閣僚ポストの一つを保持した貴族院議員の直近の例である。
  • 内務大臣:保守党のケイヴ子爵英語版(1918年11月14日 – 1919年1月14日):サー・ジョージ・ケイヴは1918年に内務大臣を務めていたときにケイヴ子爵の爵位を授けられた。

四大閣僚の地位を保持する者が、庶民院にも貴族院にも、全く議会に議席を持たないなどということは非常に珍しい。1963年の一時期、アレック・ダグラス=ヒュームが首相に指名されたときのことである:ヒュームは10月23日に自身の爵位を返上してから、庶民院に鞍替えして11月7日の補欠選挙で議員に選出されるまでの間、首相の地位にありながら国会議員ではなかったという状況が発生した。より実質的な例としては、パトリック・ゴードン・ウォーカー英語版は、1964年の総選挙で敗北を喫してスメスウィック選挙区の議席を失ったにもかかわらず、1964年に外務大臣に指名され、1965年1月に辞任するまでの3カ月間、地位を保持した。

女性の進出編集

四大閣僚のいずれかの役職に就いたことのある女性は5名のみである。4つの役職のうち、3つは女性が務めたことがあるが、財務大臣のみ女性が就いたことはない。2016年7月に首相に昇進したために、テリーザ・メイは2つの異なる四大閣僚の役職を経験した最初の女性となり、さらに第1次メイ内閣でアンバー・ラッドが内務大臣に指名されたことにより、史上初めて2名の女性が同時期に2つ以上の四大閣僚の役職を占めた。

関連項目編集

脚注・出典編集

  1. ^ a b c McKie, David (2005年3月28日). “Lord Callaghan”. politics.guardian.co.uk (London: Guardian Unlimited). http://politics.guardian.co.uk/labour/story/0,,1446862,00.html 2008年6月10日閲覧. "He had held all four of the great offices of state" 
  2. ^ Eason, Gary (2005年3月27日). “Callaghan's great education debate”. BBC News. http://news.bbc.co.uk/1/hi/education/4386373.stm 
  3. ^ “Open Politics”. news.bbc.co.uk (BBC News). http://news.bbc.co.uk/hi/english/static/in_depth/uk_politics/2001/open_politics/foreign_policy/diplomacy.stm 2007年7月26日閲覧。 
  4. ^ “Article by John Rentoul”. comment.independent.co.uk (London: The Independent). (2004年12月5日). http://comment.independent.co.uk/columnists_m_z/john_rentoul/article23242.ece 2007年7月26日閲覧。 
  5. ^ “Lady Callaghan of Cardiff”. The Independent (London). (2005年3月30日). http://www.independent.co.uk/news/obituaries/lady-callaghan-of-cardiff-530403.html