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イグレシア・ニ・クリスト

イグレシア・ニ・クリスト(Iglesia ni Cristo、INC、日本の別名「キリストの教会」)は、フィリピンフェリックス・マナロが1914年に創設したキリスト教系の新宗教。名称はタガログ語で「キリストの教会」を意味するが、「キリストの教会」の名前を擁する全く別の団体も複数存在する。キリスト教の概念である三位一体の教義を否定し、特にカトリック教会に対する強い批判を伴った伝道を行い、フィリピン国内ではカトリック教会から離脱した集団として最大の教勢に急成長した[1][2]。また、シンボルとして「十字架」を用いない[3]

イグレシア・ニ・クリスト(Iglesia ni Cristo)
分類 キリスト教系の新宗教三位一体の否定
地域 70カ国以上[1]
創設者 フェリックス・マナロ
創設日 1914年
創設地 フィリピン
信徒数 300万人から1000万人[1]
別名 Church of Christ、キリストの教会
公式サイト iglesianicristo.net

創立者フェリックス・マナロ編集

フェリックス・マナロは1886年にフィリピンのマニラ近郊(現在のリサール州)で生まれ、生後まもなくカトリック教会で洗礼を受けた。10歳で父が死去後、叔父にあたるカトリック司祭に預けられた。1904年、カトリック司祭を論駁したプロテスタント牧師に感銘を受け、聖書を熱心に学び始め、メソディスト教会に加入し同教会の神学校で学んだ。1910年クリスチャン・ミッション教会、1911-12年にはセブンスデー・アドベンチスト教会に属し伝道活動に従事し、1913年に同教会の教義等を批判し同派から離脱した。そして同年に結婚し、1914年にイグレシア・ニ・クリストを創立した[4]。1922年には自らを「神の最後の使い」と宣言し、1963年に胃癌で死去した[5]

歴史編集

1914年7月27日、フェリックス・マナロは彼の指導下の教会を「イグレシア・ニ・クリスト」としてアメリカ植民地政府に登録した。これにより正式な認可を受けた宗教団体となる。登録時の正式な信徒数は不明であるが、洗礼を受けた者は50名以内と証言されている。1917年末の時点で約500名の信徒数となった。1918年には他の教会からの改宗者を受入れ、同年末には12支部、約1000名の信徒数に成長した。 1920年にイグレシア・ニ・クリスト(以下、INC)は日曜日の午前中と木曜日の夜、週2度の礼拝を行うようになった。 しかし、1922年、内部分裂により創立以来の指導者テオフィロ・オラとパシリオ・サンチアゴが派遣されていたブラカン州ギギント町で組織を離脱するなどの危機を迎えた。 組織の危機を乗り越えるための権威の確立が必要とされ、マナロは自らを「神の最後の使い」と宣言するINCの中心的教義が確立された[6]

1922年の時点ではINCは29支部、3000名の信徒数となった。その後、農村地帯での伝道にも力を入れ、地域ネットワークで信徒を獲得していった。 1939年信徒向け刊行物「パスーゴ」の刊行が開始され、一時休刊するも現在まで刊行されている。 1941年12月以降、第二次世界大戦の下で日本軍がフィリピンに侵攻し、キリスト教団体やINCは軍政当局に説教や財政を報告する義務を負った。信徒らは戦火を逃れ地方へ離散したが、これが戦後の教勢拡大の基盤となった[7]

第二次世界大戦終結後は、先述の基盤をもとに信徒数の拡大が進み、1948年にはINC信徒数は88,125名(国民の約0.5%)にまで達した[8]。 1950年代に入り、INC以外の教会も戦後の復興を遂げるにつれ、INCへの反対活動が露骨になっていき、カトリック教会指導層が中心となりINCを共産主義に類似した洗脳運動とみなすキャンペーンが行われる[9]

1953年にマナロの後継者として彼の三男、エラーニョ・マナロが牧師会議で選出された。1963年に創立者の父が死去すると、エラーニョが監督の地位を継承。その後伝道だけでなく生活保障の組織化や社会奉仕活動も行うようになっていった[10]

最初の正式な海外支部は1968年ハワイ州エワに設立され、1979年末までに31カ国に支部が置かれた。 日本国内では6か所(三沢・東京・横須賀・横浜・岩国・沖縄)に祈祷会があり、主に在日米軍基地に勤務するフィリピン人を主な対象としている。 1970年の統計ではフィリピン国内の信徒数475,407名(国民の約1.3%)である。カトリック教会、フィリピン独立教会につぐ第3の教会として成長しつつある[11]

組織編集

組織の特徴として以下がある[3][1][12]

  • 日曜日の午前中と木曜日の夜、週2度の礼拝を行う。
  • シンボルとしての「十字架」を用いない。
  • 日曜礼拝において、すべての説教者が同じ概要でメッセージを行う。
  • 中央集権化され、高度な献身と忠誠が求められる。
  • 人目を引く礼拝所を特徴とする。
  • ヘルス・ケア、教育、放送活動により、フィリピン社会に定着している。
  • 選挙においては、指導者の支持する政党へ投票する為、フィリピンにおける重要な政治勢力である。

教義編集

教義の特徴として以下がある[13][1][14]

  • 三位一体の否定
  • キリストは人であり、神ではない。
  • キリストの血は、「キリストを受入れた者=INCの信徒」のためだけに流された。
  • 真なる教会の復興であり、この教会以外では救いはない。
  • フェリックス・マナロは「神の最後の使い」であり、「ヨハネの黙示録」に登場する「東から来た天使」とされる。
  • 救いは信仰、洗礼、教会への参加、善行で実現する。
  • 動物の血を用いたフィリピンの伝統料理などを食べることを禁じている。

脚注編集

参考文献編集

  • 寺田勇文 (1982年3月). “<資料・研究ノート>イグレシア・ニ・クリスト : フィリピンの新宗教運動の一事例 (PDF)”. 京都大学東南アジア研究センター. pp. 426-441. 2019年6月13日閲覧。
  • クリストファー・パートリッジ(編著)、井上順孝(監訳) 『現代世界宗教事典』 悠書館、2009年、71頁。ISBN 978-4-903487-31-1 

関連項目編集