イタズ 熊』は、1987年に公開されたこぶしプロダクションによる日本映画。イタズとはクマの方言。『マタギ』を撮影した後藤俊夫が再びマタギものを撮った。人の手で子熊を育て、野に放ったものの、成長し、大人になったゴン太とは、闘わねばならない運命が待っていた…。丹念な自然描写で綴られた動物映画であり、悲劇である。[5][6] 1987年、第42回毎日映画コンクール・日本映画優秀賞。文部省特選。

イタズ
The Forest of the Little Bear
監督 後藤俊夫
脚本 小野竜之介
出演者 田村高廣
桜田淳子
辰巳柳太郎
音楽 佐藤勝
撮影 山崎尭也
公開 日本の旗 1987年9月5日
上映時間 117分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示
画像外部リンク
『イタズ 熊』チラシ
ぴあ映画生活 公表[1]
『イタズ 熊』チラシ裏
ぴあ映画生活 公表[2]
映画ビデオパッケージ
スリーエス・コーポレーション 公表[3]
主人公の自宅となった茅葺き民家。映画『釣りキチ三平』にも用いられる
内陸線トコトコ隊 公表[4]

目次

ストーリー編集

「一発銀蔵」と異名をとるほどの鉄砲射ちの名人の銀蔵だが、酒癖の悪さと気性の激しさからケンカ沙汰を起こし、収監されていた。 1928年(昭和3年)、銀蔵は10年ぶりに、戦死した息子の嫁キミと孫の一平の住む秋田県阿仁村の我が家へ戻る。 鉱山景気にわく村では、マタギは人数を減らしていた[7]。 そんなさなか、「片耳」と呼ばれる人喰い熊が村を襲った。村長は20円の賞金を出し、クマ狩りを行わせるが、成功するマタギがいない。

狩人たるマタギの誇りをかけた銀蔵が追跡して三日目、渓谷で片耳を見つけ、村田銃で射とめる。しかしその晩、それはマタギの掟(山立根本之巻:やまだてこんぽんのまき)で殺すことを禁じられている子持ちの母熊だったと銀蔵は気が付く[5][6]。 銀蔵は銃を退け、罪ほろぼしの意味で、その子熊「ゴン太」を自分で育てることにすると、孫の一平がゴン太の世話を買って出た[5][7]。 1年たったころ、子熊のゴン太はすくすくと成長していた。 孫の一平はゴン太を可愛がり、一緒に過ごしていたが、ゴン太のいたずらはエスカレートし、田畑や鶏小屋まで荒すようになったため、銀蔵はゴン太を自然の中に帰すことにし、目隠ししたゴン太を山奥へと連れて行った。

それから又1年。鉱山の技師長たちが山へ猟に出たとき、突然巨熊が現われる。それは成長したゴン太だった。鉱山の人たちは銃で応戦し、ゴン太は頭部に傷を負う。 やがて冬になると、人を恐れぬ巨熊ゴン太が村にまで現れる。キミが襲われたり、死者も出る惨事が起きた。 その時、銀蔵は喧嘩をし留置場に入れられていたが、「巨熊を仕留める」という条件で釈放されることに。 翌朝、銀蔵は約束通り雪山へ入った。標的がゴン太だと判っている銀蔵は葛藤を抱えるも、銃をひきゴン太を倒すことに成功する。しかし、銃声によって雪崩が起こり、銀蔵は呑み込まれて死ぬ。

[7][5]

映画の撮影編集

映画は秋田県の阿仁町(現北秋田市)で撮られた。阿仁町を舞台にしたマタギ映画は他に『マタギ』(1982)もある[8]。 クマは北海道のぼりべつクマ牧場の160頭(当時)の中から面相や毛並みの良い個体を選び、子熊は成長段階に合わせて6頭を使った[6]。 映画撮影のあとのゴン太は、阿仁熊牧場にて飼育され余生を過ごした(阿仁マタギの里熊牧場も参照)。

少年「岩田一平」役は1,500人のオーデションから選んでいる[9]

スタッフ編集

[10]

キャスト編集

[10]

脚注編集

外部リンク編集