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イタリアの地震一覧

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1900-2017年の地震分布

本項はイタリアにおける地震の年表(じしんのねんぴょう)である。イタリアで発生した主な地震の記録を年表形式で記載する。

地震の一覧編集

この一覧は未完成です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています
時期 名称 Mw 震源地 備考
62年2月5日 ポンペイ地震英語版 5.2–6.1 カンパニア州付近 ポンペイ等に被害[1]
1117年1月3日 6.4以上 ヴェネツィア、パルマ等に被害
1169年2月4日 シチリア地震 m6.6 20000人以上死亡
1293年9月4日 ナポリ地震 M5.8
1298年12月1日 リエーティ地震 M6.3 リエーティ全域に被害
1315年12月3日 ラクイラ地震 M5.5 コッレマッジョ大聖堂等に被害
1348年1月25日 フリウリ地震 M6.7 10000人近くが死亡
1349年 アペニン地震 M6.7
1352年12月31日 ウンブリア地震 M5.6 死傷者多数
1361年7月17日 プーリア地震 M6.0 約100人が死亡
1458年4月26日 ウンブリア地震 M5.8 数人が死亡
1461年11月26日 ラクイラ地震 M6.4 約150人が死亡
1505年1月3日 ボローニャ地震 Mw5.7 2人死亡
1511年3月26日 フリウリ地震 Mw6.5 およそ10000人が死亡
1517年3月29日 イルピニア地震 Mw5.4 少なくとも数十人、最悪の場合100人が死亡
1542年6月13日 トスカーナ地震 Mw5.8 およそ150人が死亡
1561年8月15日 Mw6.4 およそ500人が死亡
1570年11月17日 Mw5.6 およそ70人から200人が死亡
1599年11月5日 Mw5.9 およそ40人が死亡
1639年10月7日 アマトリーチェ地震 6.2 アマトリーチェ付近 推定死者500人。イタリア中部地震と震源地はかなり近い
1654年7月23日 Val di Comino付近 Mw6.3 2000人以下が死亡
1659年11月5日 Le Serre付近 Mw6.7 1500人以下が死亡
1661年3月22日 Appennino Forivese付近 Mw5.9 少なくとも250人が死亡
1993年1月11日 ヴァル・ディ・ノート大地震 7.4 シチリア島付近 推定死者6万人、カタニアで10000人以上の死者(最悪の場合16000人以上とも言われる)また、1月9日にも前震があった
1695年2月25日 イルピニア(ナポリ周辺)付近 Mw6.6 数百人が死亡し、破滅的な被害が出たとされる
1702年3月14日 イルピニア近郊 Mw4.9 およそ400人が死亡
1703年1月14日 Monte Reatini(リエーティ付近) it: Terremoto_dell'Aquila_del_1703 Mw6.5/6.8 6000人から9000人が死亡したとされ、アスコリピチェーノラクイラなどに被害
1703年2月2日 リエーティ付近 | it: Terremoto_dell'Aquila_del_1703 Mw6.6 6000人以上が死亡したとされ、アスコリピチェーノやラクイラなどに被害
1706年11月3日 アブルッツォ州 Mw6.7 アブルッツォ州モリーゼ州に大きな被害を出し、およそ2400人が死亡
1726年9月1日 パレルモ付近 Mw5.8 250人が死亡
1732年11月29日 イルピニア Mw6.7 およそ1942人が死亡、ナポリ等の67のコムーネに破壊的な被害
1743年2月20日 リボルノ近郊 Mw7.0 112人が死亡したが、最も震源地に近いNardoでは、犠牲者は1名だった
1762年10月6日 Mw6.0 およそ500人が死亡
1781年2月5日 メッシーナ近郊 Mw7.1 50000人が死亡、地震は2分間続き、2月6日、7日、3月1日、28日にも大規模な余震があった
1789年9月30日 テヴぇレ川近郊 Mw5.9 およそ500人が死亡、大規模な余震が相次いだ
1799年7月28日 Mw6.1 およそ100人が死亡、大規模な地震が3回あった
1805年7月26日 ナポリ地震 6.7 5573人死亡
1806年8月26日 5.6 死者多数
1818年2月20日 イオニア海地震 6.3 死者34人
1823年3月5日 シチリア地震 6.1 およそ20人が死亡
1835年10月12日 6.1 およそ115人が死亡し、240人以上がけが
1836年4月25日 カラブリア地震 6.2 200人以上が死亡
1851年8月14日 6.3 およそ1000人が死亡
1857年12月16日 バジリカータ地震英語版 7.0 バジリカータ州付近 死者1万2000人
1905年9月8日 カラブリア地震英語版 7.2 カラブリア州付近 推定死者557~2,500人
1907年10月23日 カラブリア地震 167人が死亡
1908年12月28日 メッシーナ地震 7.1/7.2 メッシーナ海峡 推定死者8万2000人から12万人[2] 近代ヨーロッパにおいて最大の被害を出した地震
1914年5月8日 シチリア島地震 約70人が死亡
1914年10月26日 イタリア北部地震 5.3 1人が死亡、ピエモンテ州トリノ近郊で被害があった
1915年1月13日 アベッツァーノ地震 (1915年)英語版 6.7 ラクイラ付近 推定死者29,978–32,610人 イタリアにおいて死傷者の多い地震のひとつ
1916年8月16日 4人死亡
1917年4月26日 ウンブリア地震 約20人死亡
1918年11月24日 シチリア島地震 100人死亡
1919年6月29日 トスカーナ州地震 6.2 100人以上死亡
1920年9月7日 トスカーナ近郊 6.8 171人が死亡
1927年12月26日 ラツィオ州 4.8 2人死亡
1928年3月27日 フリウリ地震 11人死亡
1930年7月23日 イルピニア地震 (1930年)英語版 6.6/6.7 イタリア南部 死者1,404 人
1930年10月30日 アンコーナ付近 18人死亡
1933年9月26日 アブルッツォ州 12人死亡
1936年10月18日 フリウリ地震 5.9 19人死亡
1943年10月3日 マルケ州 15人死亡
1962年8月21日 イルピニア地震(1962年)イタリア語版 6.4 イタリア南部 死者400 人、1000人以上が負傷
1976年5月6日 フリウリ地震 6.9 ジェモーナ・デル・フリウーリ付近 死者990人[3]
1980年11月23日 イルピニア地震 (1980年) 6.9 イタリア南部 死者2,483–4,900 人[4] 戦後のイタリアで最も規模が大きい地震で、これを機にイタリアの防災対策は変容を強いられた
1997年9月26日 1997年にウンブリア州およびマルケ州で発生した地震英語版 5.7-6.1 イタリア中部 双子地震
2002年10月31日 モリーゼ地震 (2002年)[5] 5.9 モリーゼ州 双子地震
2009年4月6日 ラクイラ地震 6.3 ラクイラ付近 死者309人
2012年5月20日
同5月29日
イタリア北部地震 20日6.1
29日5.8
サン・フェリーチェ・スル・パーナロ付近 死者20日7人、29日20人
2016年8月24日 イタリア中部地震 (2016年8月) 6.2 イタリア中部 死者298人
2016年10月26日
同10月30日
イタリア中部地震 (2016年10月) 6.6 イタリア中部 死者3人
2017年1月18日 イタリア中部地震 5.0-5.5 イタリア中部アブルッツォ州付近 死者29人(ファリンドラで発生した雪崩によるもの)
2017年8月21日 イスキア島地震 4.0 イタリア南部イスキア島付近 死者2人、40人以上が負傷|
死傷者順
震源地か名称 時期 Mw 死者
メッシーナ地震 1908年12月28日 7.24 死者100,000人、津波などによる
ヴァル・ディ・ノート大地震 1693年1月11日 7.41 60.000人が死亡、津波などによる[6]
カラブリア地震 1783年2月5日 6.91 50.000人死亡、震災後の火災などによる[7]
アベッツァーノ地震 1915年1月13日 6.99 30.519人が死亡
ヴェローナ 1117年1月3日 6.49 死者30.000人
イルピニア近郊 1456年12月5日 6.96(Mw) 死者30.000人
カタニア 1169年2月4日 6.60(Mw) 20.000人が死亡
バジリカータ 1857年12月16日 6.96(Mw) 12.000人が死亡
Nicastro(今日のLamezia Terme) 1638年3月27日 7.00(Mw) 10,000人以上の死者
フリウリ近郊 1348年1月25日 6.66(Mw) 死者990人

解説編集

主な原因
 
イタリア周辺のユーラシアプレートとアフリカプレートの図
 
地中海周辺のM5.5以上の地震(1900-2016)

イタリア付近は、アフリカプレートユーラシアプレートが衝突し、互いに押し合っている地域で、テクトニクス的にも地質学的にも複雑な地域であり、地震活動が活発にみられる[8]。イタリアは同じヨーロッパのギリシャ(南部)やトルコ(北西部)と同様に地震の多い国であり、古代・中世以降の地震被害の記録が数多く残されている。イタリアで地震が多いのは、端的に言えばユーラシアプレートアフリカプレートの収束境界部分にあたり断層が多いためであり、プレートが年間4-10mmのペースで動いているからであるが、この地域は地質構造が日本以上に複雑で、単純なプレートの沈み込みなどでは説明できない。[9]イタリアでは、中生代以降の地殻変動により現在のイタリア半島西岸に当たる地殻が今のコルシカ島付近から東に移動してきた。この地殻の東縁では古期地中海に当たる海洋プレートがこの地殻(アフリカプレート)に向かって沈み込み、付加体火山帯を作りながら、現在のイタリア半島東岸に当たる地殻へと接近していった。やがて両者が衝突すると沈み込みは緩んで衝突・圧縮に変わり、アペニン山脈を形成した[10]。現在のイタリアの地震の分布をみると、アルプスの南西端からアペニン山脈へと長い弓のように連なっており、山脈と地震帯が一致している。[11]ただし、イタリアにおいては日本のように規模の大きな地震は少ない[12]

研究と防災

イタリアの自然災害研究は従来から地震研究よりも火山研究に重点がおかれているものの[13]、地震発生帯の研究などは行われている[14]。イタリアでは古い文献など地震についての資料が数多く残され原因などを想像し関心を寄せていたが、地震の原因などの研究に関心が持たれたのは15世紀ごろからで、地震学の発展とともに地震の原因と地理的分布に関する研究が行われるようになったのは19世紀ごろとなる。近年は地震観測ネットワークなどが発展し、さまざまな観点から災害管理を行い都市計画や重要施設の建設や保護に活かされている[15]。また、1992年に設置された「災害防護国民サービス」(イタリア語: servizio nationale della protezione civile)により、イタリア市民保護局つまり全国的な組織を中心とした迅速で広域的な対応が可能となっている[16][17]

法律

イタリアは1974年に初めて地震対策法が制定され、それは鉄筋やコンクリートなどで建物を補強することを定めたものだったが[18][19]、南部のシチリア、カラブリア州が対象だった。その後、イルピニア地震 (1980年)や2002年のモリーゼ地震[20]を経て、全土を危険度で4地域に分け耐震建築を義務づける改正法が2003年3月20日に導入された[21][12][22][23]。イタリアでは新たに耐震に関する法律の起草が2003年に始まった。その実行力を持つ法律の発布というのは、EUに参加する国の中で、共通に規定されている構造設計に関する法律であるユーロコードにしたがって調査されて2008年に制定された[24]

その一方、歴史的地域では耐震基準の順守が免除されており、新築の場合でも耐震構造が取り入れられないことが多い[25]。また、地震対策法は負担が増えると予測される建設業界への配慮から、2010年までの猶予を設けていた。[26]さらに、2016年8月の地震では耐震補強を施された建物が倒壊しており、手抜き工事などの指摘もされている[27]また、新築の建物でも耐震性の少ない建物が多く存在している[12][28]。さらに、北部のフリウリなどはフリウリ地震の経験から耐震建築が広がったが、中部や南部では耐震建築は広がっていない。新築の建物でも、1割から3割ほどである。[29]2009年4月現在、学校や病院などの公的機関のうち、約8万か所が「高危険度」とされており、イタリア全土に2万2000項ある学校のうち、耐震基準を満たしているのは9000校である。[30]

関連項目編集

外部リンク編集

中世に起きた地震の紹介

参考資料編集

  • イタリアにおける大規模災害と公共政策―2009年アブルッツォ州震災の事例を中心に―
  • 吉井博明、イタリアの防災体制とボランティアの役割 総合都市研究第47号, 121-133, 1992-12-25
  • 齋藤和樹 ほか、イタリア中部地震における心理・社会的支援 日本赤十字秋田看護大学・日本赤十字秋田短期大学紀要 = Journal of the Japanese Red Cross Akita College of Nursing and the Japanese Red Cross Junior College of Akita (14), 29-34, 2010-03-31, NAID 110009544852

脚注編集

  1. ^ Patterns of Reconstruction at Pompeiiヴァージニア大学人文科学先進技術研究所)
  2. ^ it:Terremoti in Italia nel XX secolo
  3. ^ Friuli. 40 anni dal terremotoイタリア放送協会ニュース)
  4. ^ USGS (September 4, 2009), PAGER-CAT Earthquake Catalog, Version 2008_06.1, United States Geological Survey, http://earthquake.usgs.gov/data/pager/catalogs/ 
  5. ^ 2002年イタリア南部の地震関連情報(一般社団法人 日本地震工学会事務局)
  6. ^ [1]シチリア・ノートの 1693 年ヴァル・ディ・ノート大地震からの復興—移転再建をめぐって(日本建築学会大会学術講演梗概集)
  7. ^ en:1783 Calabrian earthquakes
  8. ^ 世界の主な地震気象庁
  9. ^ Why Italy gets so many earthquakes, and how to survive one (The Independent)
  10. ^ News Archive - The Earth Institute, Columbia University(2010年6月24日時点のアーカイブ
  11. ^ Fourth earthquake rattles Italy: Are more dangerous tremors on the way?(CNN 2016/10/31)
  12. ^ a b c 中村功、「防災体制のありかたについての一考察:イタリア・ラクイラ地震を発端に」『松山大学論集』 2010年 21巻 4号 p.233-264, NAID 110009456617, 松山大学総合研究所
  13. ^ イタリアの火山監視・研究体制(暫定版)文部科学省
  14. ^ Zonazione sismogenetica ZS9(地震発生帯)イタリア国立地球物理学火山学研究所
  15. ^ Description of the seismic risk(イタリア市民保護局)
  16. ^ 野村直人、佐藤滋、「イタリアにおける震災復興プロセスに関する研究」 『都市計画論文集』 2015年 50巻 3号 p.387-393, doi:10.11361/journalcpij.50.387
  17. ^ 1992年2月24日 法律第225号
  18. ^ 朝日新聞2009/4/11外報より。2017年3月に閲覧。
  19. ^ 2 febbraio 1974, n. 64 Provvedimenti per le costruzioni con particolari prescrizioni per le zone sismiche. (GU Serie Generale n.76 del 21-03-1974) 地震対策法の全文(イタリア語)。
  20. ^ “朝日新聞「外報」”. 朝日新聞. (2009年4月11日). 2009-04-11 
  21. ^ DEL PRESIDENTE DEL CONSIGLIO DEI MINISTRI 20 marzo 2003, 地震対策法の全文(イタリア語)
  22. ^ Ordinanza PCM 3274 del 20/03/2003(イタリア官報
  23. ^ O.P.C.M._20_marzo_2003_n.3274(イタリア市民保護局)
  24. ^ イタリアでの耐震設計の取り組み ウンブリア州立新緊急避難センターを例に関東学院大学アルベルト・パルドゥッチ教授)
  25. ^ 【イタリア地震】政府が非常事態宣言 余震で救助難航(BBC)
  26. ^ “朝日新聞「外報」”. 朝日新聞. (2009年4月11日). 2009-04-11 
  27. ^ イタリア地震、手抜き工事・耐震偽装疑惑多数
  28. ^ 毎日新聞2009年4月10日
  29. ^ 毎日新聞2009年4月10日
  30. ^ 朝日新聞2009年4月11日