イルドガルド・ド・ブルゴーニュ

イルドガルド・ド・ブルゴーニュHildegarde de Bourgogne, 1056年頃 - 1104年9月9日)は、フランスの貴族[1]女性で、ガスコーニュ公及びアキテーヌ公ギヨーム8世と結婚し3人目の妻となり、ガスコーニュ公妃兼アキテーヌ公妃となった。

イルドガルド・ド・ブルゴーニュ
Hildegarde de Bourgogne
ガスコーニュ公妃
アキテーヌ公妃
配偶者 アキテーヌ公ギヨーム8世
子女 ギヨーム9世
アニェス
ベアトリス
ユーグ
家名 ブルゴーニュ家
父親 ブルゴーニュ公ロベール1世
母親 エルマンガルド・ダンジュー
出生 1056年
死亡 1104年9月9日
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ブルゴーニュ公ロベール1世と2番目の妃エルマンガルド・ダンジューガティネ伯ジョフロワ2世未亡人)の間に生まれた唯一の娘である[2]

ガティネ家のイルドガルド・ド・シャトー=ランドン、アンジュー伯ジョフロワ3世フルク4世は異父姉・異父兄に当たる。

生涯編集

 
イルドガルドの長男、ギヨーム9世

かなり年上の又従兄に当たるアキテーヌ公ギヨーム8世 と結婚し3人目の妃となり[3]、以下4人の子をもうけた。

公子ギヨームの誕生はアキテーヌの公室で盛大に祝われるが、教会からはイルドガルドとギヨーム8世血縁ゆえに非嫡出子とみなされた。

ギヨーム8世ローマ教皇グレゴリウス7世よりイルドガルドとの結婚の祝福を得るために間もなくローマへの巡礼をすることを強いられた。

脚注編集

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  1. ^ Hildegarde of Burgundy”. Encyclopedia of Things (2012年3月12日). 2012年5月2日閲覧。
  2. ^ Halphen, L. & Poupardin, R. (eds.). 1913. Chroniques des Comtes d´Anjou et des Seigneurs d´Amboise, p. 247.
  3. ^ Herbert Stoyanによる系図データベース
  4. ^ Chronicon Regum Legionensium
  5. ^ D'après l'article Alphonse VI de León, citant Salazar y Acha, Jaime de (1993). “Contribución al reinado de Alfonso VI de Castilla: algunas aclaraciones sobre su política matrimonial” (スペイン語). Real Academia Matritense de Heráldica y Genealogía (Madrid) II: 301–336. ISSN 1133-1240. https://books.google.com/books?id=4vYu4DcPqnoC&lpg=PP1&pg=PA303#v=onepage&q&f=false.