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インデックス・ケースプライマリー・ケースペイシェント・ゼロ: index case, primary case, patient zero)は、疫学調査の上で集団内最初の患者となった人物を指す言葉である[1][2]。また遺伝学では、原因と目される遺伝要因を家族内で調査するきっかけを作った、最初の発症者(発端者、英: propositus / proband)を指してこう呼ぶ[3]。インデックス・ケースは、前頭葉に大きな損傷を負いながら生還したフィネアス・ゲージの一例など、文献上「古典的な」位置づけを得ることもある。日本語では「初発症例」「発端症例」などの訳語が当てられることがある[4][注釈 1]

インデックス・ケースからは、病気の出所や、考えられる伝染状況、またアウトブレイク中に病気に感染していたリザーバーが誰かなど、様々な情報を得られる可能性がある。また、彼らはアウトブレイクのきっかけとなった最初期の感染例でもあり、第1・第2・第3(英: primary, secondary, tertiary, etc.)とナンバリングされることもある[6]。「プライマリー・ケース」という単語は、ヒト=ヒト感染を起こす感染症にのみ用いられ、この病気を集団内へ最初に持ち込んだ人物のことを指し示す[7]。「ペイシェント・ゼロ」という単語は、北アメリカでのヒト免疫不全ウイルス (HIV)感染のインデックス・ケースと考えられていた人物に対し使われていた単語である[8][9]

この用語は非医療分野でも、ネットワーク上で初めてマルウェアに感染した人など、他人へ蔓延する何か良くないものに初めて感染した個体に対して使われることがある[10]

「ペイシェント・ゼロ」ガエタン・デュガのケース編集

 
現在は誤りと立証されている1984年の論文から引いた図[11]。40人のAIDS患者が性的関係で繋がっている。この患者の中で、デュガは初めてAIDSの症状を呈した人物と目された。この図の中でデュガは、でハイライトされた円で表現されている

AIDS流行の最初期、アメリカ疾病予防管理センター (CDC) のウィリアム・ダロウ英語版らのチームは、「ペイシェント・ゼロ」から伝染が起きたというシナリオを考えていた[12]。発表された疫学研究は、「ペイシェント・ゼロ」がどのようにヒト免疫不全ウイルス (HIV)を複数のパートナーへ感染させたか、そして彼らがさらに別人に感染させ、このウイルスがどれだけのスピードで全世界に広がったかを示すものだった (Auerbach et al., 1984)。CDCは、カナダ人のガエタン・デュガ英語版ヨーロッパからアメリカへウイルスを持ち込んだキャリアで、有料発展場で別の男性へ感染を広げたと特定した[13]

ジャーナリストのランディ・シルツ英語版はダロウの発見に基づいて[12]ペイシェント・ゼロに関して書き、1987年に発行した著書『そしてエイズは蔓延した英語版』の中で、デュガこそがペイシェント・ゼロだと特定した[注釈 2][14][15]。シルツの著書に拠れば、客室乗務員だったデュガは北アメリカの複数の都市で乱交を行っていたという。デュガはゲイ男性間のHIV感染を広めた人物として、長年「マス・スプレッダー」(英: "mass spreader")と中傷された。4年後、ダロウは研究のメソッドと、シルツが結論に至った過程を批判するに至った[12]

2007年に投稿された論文では、遺伝子解析に基づき、現在北アメリカで流行しているHIVの系列は、アフリカからハイチを辿って1969年頃にアメリカへ入ったものと推定され[16][17]、そのソースは1人の移民だったと結論付けられている。しかしながら、ミズーリ州セントルイスでAIDS合併症により1969年に死亡したロバート・レイフォード英語版は、1966年以前にHIV感染したと考えられており、北アメリカのHIV系列最初期のキャリアとされている[18][19]。これにより、デュガが北アメリカにHIVをもたらしたという汚名は晴らされることになった[20]

現在「ペイシェント・ゼロ」の単語は、感染症アウトブレイクが起こった際の初患者や、コンピューター・ウイルスの初感染例を指す言葉としてメディアで使われるほか、より広い意味では、広範な影響を及ぼす企画や行動の源泉を指す言葉としても用いられる[21][22][23][24][25]

ロンドン衛生学・熱帯医学大学院英語版の感染症疫学者であるデイヴィッド・ヘイマンは、ペイシェント・ゼロを見つける重要性について問われ、「ペイシェント・ゼロを見つけることが重要な例もあるが、それは患者がまだ生きていて病気を蔓延させている時に限る。大概の場合、特に病気の大きなアウトブレイクの場合、そういうことは必要無い」と述べている[26]

その他のインデックス・ケース編集

 
マローンについて報じた当時の記事

「チフスのメアリー」(英: "Typhoid Mary")として知られるメアリー・マローンは、ニューヨークで起きた1900年代初頭の腸チフスアウトブレイクのインデックス・ケースである。無症候性キャリアだった彼女は、料理人として働く間に50人近くへ感染を広げた。インデックス・ケースとして特定後、死亡までニューヨークノース・ブラザー島英語版にある病院へ強制隔離された[27][28]

 
メトロポール・ホテル9階の見取り図。緑の箇所に宿泊した男性からアウトブレイクが発生した。

広東省の医者だった64歳の男性は、重症急性呼吸器症候群 (SARS)治療に携わった後香港へ向かい、メトロポール・ホテル9階に宿泊してアウトブレイク英語版を引き起こした[29][30]。同じ階に宿泊した客が多く感染し、この病気が世界中に広まるきっかけを作ったことが指摘されている[31]

1854年ロンドンブロード・ストリート英語版で起きたコレラ流行英語版では、ブロード・ストリート40番地のルイス・ハウス(英: the Lewis House at 40 Broad Street)の乳児がインデックス・ケースと考えられている(スティーヴン・ジョンソン英語版、『感染地図―歴史を変えた未知の病原体英語版』、2005年)[32]

2009年に起きた新型インフルエンザの世界的流行では、エドゥガル・エンリケ・エルナンデス(スペイン語: Édgar Enrique Hernández)がペイシェント・ゼロと考えられており[33]、後に回復したことから、彼を讃える像が建立された[34]。同時期にウイルスに接触したマリア・アデラ・グティエレス(スペイン語: Maria Adela Gutierrez)が、公式に確認された最初の死者である。

2014年の西アフリカエボラ出血熱流行では、1人の2歳児がインデックス・ケースになったと考えられている[35]

非医療分野での利用編集

この単語は、ネットワークであるマルウェアに初めて感染し、その後他のシステムへ感染を広げたコンピュータ・ユーザを指して使われることがある[10][36]モニカ・ルインスキーは、インターネット上で大勢からの嫌がらせを受けた最初の人物だとして、自身を「ペイシェント・ゼロ」と表現した[37]

フィクションで編集

映画『アウトブレイク』では、インデックス・ケース探しが物語の大筋となっている。スマートフォン・ゲーム『Plague inc.』では、プレイヤーの作ったウイルスについて情報を集めるため、CDCにペイシェント・ゼロを探させることができる。映画『コンテイジョン』では、グウィネス・パルトロー演じるエリザベス・エンホフが、登場する致死性ウイルスMEV-1のインデックス・ケースとなる。ゲーム『Prototype』では、主人公のアレックス・マーサーが、研究所で開発されたウイルスのペイシェント・ゼロとなってしまう。

関連項目編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 但し「初発症例」の単語は、癌治療の現場では「ある病気を初めて発症した人」の意味で、「これまでに癌発症経験が無く、ある部位の癌を発症した患者」を指す言葉として使われることも多い[5]
  2. ^ この本は、後に『運命の瞬間/そしてエイズは蔓延した』として映画化された。

出典編集

  1. ^ Diseases – Activity 1 – Glossary, page 3 of 5”. science.education.nih.gov. 2010年11月3日閲覧。
  2. ^ WordNet Search – 3.0”. Princeton University, wordnetweb.princeton.edu. 2010年11月3日閲覧。
  3. ^ Definition of index case”. The free medical dictionary by farlex. 2017年9月27日閲覧。
  4. ^ 小西友七; 南出康世 (2001-04-25). “index case”. ジーニアス英和大辞典. ジーニアス. 東京都文京区: 大修館書店 (2011発行). ISBN 978-4469041316. OCLC 47909428. NCID BA51576491. ASIN 4469041319. 全国書誌番号:20398458. 
  5. ^ 斎藤 典男ほか (1995). “直腸癌における骨盤内臓器全摘術の適応と予後”. 日本大腸肛門病学会雑誌 (日本大腸肛門病学会) 48 (5): 381-388. doi:10.3862/jcoloproctology.48.5_381. https://doi.org/10.3862/jcoloproctology.48.5_381. 
  6. ^ Sporadic STEC O157 Infection: Secondary Household Transmission in Wales”. Centers for Disease Control and Prevention, USA, www.cdc.gov (1994年1月1日). 2010年11月3日閲覧。
  7. ^ Giesecke, Johan. “Primary and index cases”. The Lancet 384 (9959). doi:10.1016/s0140-6736(14)62331-x. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(14)62331-X. 
  8. ^ Davis, Nicola (2016年10月27日). “Gaétan Dugas: 'patient zero' not source of HIV/Aids outbreak, study confirms”. The Guardian. 2017年9月27日閲覧。
  9. ^ Patient Zero – definition of Patient Zero in the Medical dictionary – by the Free Online Medical Dictionary, Thesaurus and Encyclopedia”. medical-dictionary.thefreedictionary.com. 2010年11月3日閲覧。
  10. ^ a b “Search for patient zero: uncovering malware infection at the source”. Infosecurity Magazine. (2012年7月10日). https://www.infosecurity-magazine.com/news/search-for-patient-zero-uncovering-malware/ 2017年3月31日閲覧. ""Medical researchers look for patient zero to find out where a virus outbreak started and what places and people patient zero came into contact with in order to contain the outbreak and prevent further infections. Similarly, infosec researchers need to look for the user who first introduced the malware into the network, which application was carrying the malware, and the files that are causing it to spread in order to contain it, eliminate it, and prevent reinfection, explained Huger, vice president of development at Sourcefire's cloud technology group."" 
  11. ^ Auerbach, D.M.; W.W. Darrow; H.W. Jaffe; J.W. Curran (1984). “Cluster of cases of the acquired immune deficiency syndrome. Patients linked by sexual contact”. The American Journal of Medicine英語版 76 (3): 487–92. doi:10.1016/0002-9343(84)90668-5. PMID 6608269. 
  12. ^ a b c The Origin of HIV and the First Cases of AIDS”. AVERT, www.avert.org. 2010年11月3日閲覧。
  13. ^ Pence, G. E. (2008). Preventing the Global Spread of AIDS. In Medical Ethics Accounts of the Cases That Shaped and Define Medical Ethics (p. 331). New York, USA, McGraw-Hill.
  14. ^ 遺伝:HIVがニューヨーク市に上陸した時期ブックマーク”. ネイチャー (2016年10月27日). 2017年9月27日閲覧。
  15. ^ 宮田一雄 (2005-06-04). “AIDSと報道―ゆるやかに拡大する危機にどう対応するか”. 医学のあゆみ 213 (10). http://www.jcie.org/japan/j/pdf/fgfj/07/c06.pdf 2017年9月27日閲覧。. 
  16. ^ Bowdler, Neil (2007年10月30日). “Key HIV strain 'came from Haiti'”. BBC News. http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/7068574.stm 2010年5月5日閲覧。 
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  18. ^ Ben Andrew Henry (2016年10月26日). “HIV Spread from Haiti to NYC in 1970, “Patient Zero” Not to Blame”. The Scientist. 2017年9月27日閲覧。
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  20. ^ HOOD, Marlowe (2016年10月27日). “「ペイシェント・ゼロ」、米エイズ流行の起源ではないと証明 研究”. AFP通信. 2017年9月27日閲覧。
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  22. ^ Researchers trawl for Conficker's 'Patient Zero' – Techworld.com”. news.techworld.com. 2010年11月3日閲覧。
  23. ^ Patient Zero”. TV.com (2006年3月20日). 2010年11月3日閲覧。
  24. ^ Lemos, Robert. “Witty worm traced to 'Patient Zero'”. The Register. 2017年9月27日閲覧。
  25. ^ That Man in the White House”. The Weekly Standard (2003年11月28日). 2010年11月3日閲覧。
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  27. ^ NOVA | The Most Dangerous Woman in America | In Her Own Words”. PBS (1938年11月11日). 2010年11月3日閲覧。
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  32. ^ Molecular Interventions – CLOCKSS”. 2014年10月14日閲覧。
  33. ^ Have Doctors Found Swine "Patient Zero?"”. CBS News (2009年4月29日). 2010年11月3日閲覧。
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  35. ^ Finding Ebola's 'patient zero'”. The Guardian. 2014年11月28日閲覧。
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  37. ^ Merica, Dan (2014年10月21日). “Lewinsky makes emotional plea to end cyberbullying”. CNN. http://www.cnn.com/2014/10/20/politics/lewinsky-cyber-bullying/index.html 2014年10月22日閲覧。 

外部リンク編集