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インデペンディエンテ・サンタフェ

インデペンディエンテ・サンタフェ (スペイン語: Independiente Santa Fe) は、コロンビアの州都ボゴタに本拠地を置くサッカークラブである。カテゴリア・プリメーラA(1部)に所属している。コロンビア国内では単にサンタフェとも呼ばれる。

インデペンディエンテ・サンタフェ
原語表記 Independiente Santa Fe, S.A.
愛称 Los Cardenales(カルディナレス:緋色
El Expreso Rojo(エスプレソ・ロホ:赤い急行)
Los Leones(レオネス:ライオン)
El Primer Campeón(プリメール・カンペオン:初代王者)
創設年 1941年
所属リーグ コロンビア・サッカーリーグ
所属ディビジョン カテゴリア・プリメーラA
ホームタウン ボゴタ
ホームスタジアム エル・カンピン
収容人数 41,343[1]
代表者 コロンビアの旗 セサル・パストラーナ (52%)
監督 ウルグアイの旗 ギジェルモ・サンギネッティ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

コロンビアでもっとも歴史がありもっとも重要なクラブのひとつとされている。カテゴリア・プリメーラAでは初開催となった1948年大会で初優勝し、2012年には7回目の優勝を飾った。1948年以来カテゴリア・プリメーラAから降格したことのない3クラブのひとつである。ホームスタジアムはエル・カンピンである。

目次

歴史編集

ロサリオ大学の学生とギムナジウムの卒業生、二つの学校で法学を学ぶ学生によってインデペンディエンテ・サンタフェの設立が決定された。当初はギムナジウムの卒業生のみで選手が構成されたが、やがて他の学校から選手を補強し、初年度にはボゴタスポーツ協会 (ADB) リーグで準優勝した。1942年、イングランド人のジャック・グリーンウェル監督の下、サンタフェはクンディナマルカの決勝に到達し、全国選手権創設前におけるクラブ初の栄誉となった。

2013年にはコパ・リベルタドーレスに出場し、グループリーグではレアル・ガルシラーソ(ペルー)、デポルテス・トリマ(コロンビア)、セロ・ポルテーニョ(パラグアイ)と同組となった。ブラジルまたはアルゼンチンのクラブがいない唯一のグループで4勝2分の成績を残し、勝ち点14でグループ1位となった。決勝トーナメントでは16クラブ中2番目のシード順であり、決勝トーナメント1回戦ではグレミオ(ブラジル)に2試合合計2-2(アウェーゴール差で勝ち上がり)で勝利し、準々決勝ではグループリーグでも対戦したレアル・ガルシラーソに2試合合計5-1で勝利した。

サポーター編集

 
スタジアムの南側に陣取るサポーター

1990年代後半、「ラ・グアルディア・アルビ=ロハ・スル」(白赤の南部衛兵)という悪名高いサポーターグループが結成された。彼らはサポーター主導で組織されたコロンビア初のサポーターグループのひとつであり、現在では6000人以上のメンバーがいる。グアルディアはスタジアムの一角を埋めてチームを援護する雰囲気を生み出しており、選手がピッチに入った際の壮大な誇示行動には注目すべきである。2005年には、エル・カンピンで彼らが陣取る南端部の半分を覆うことのできる、幅350mで高さ38mの世界最大のフラッグが作成された。グアルディアのメンバーの多くはコロンビアの他都市で行なわれるアウェーゲームにもバスで駆け付ける。サンタフェはボゴタ市内に多くのファンを抱えるだけでなく、コロンビアの各地に多くのファンが存在する。

ライバル編集

プロリーグ化以来、サンタフェはミジョナリオスFCに対してライバル意識を抱いており、両クラブの対戦はエル・クラシコ・カピタリーノ(首都ダービー)と呼ばれる。

スタジアム編集

40,343人収容のエル・カンピンをホームスタジアムとしている[2]。サンタフェのサポーターは伝統的にスタジアムの最南端部に座る傾向がある。エル・カンピンは連邦区によって所有され、スタジアムが立地している一帯の所有者であるネメシオ・カマーチョに敬意を表して名付けられた。

エル・カンピンは1935年、ホルヘ・エリエセル・ガイタン市長の発議で建設が決定。フレデリック・レデール・ミュラーが指揮を取って建設が行なわれ、1938年8月10日に10,000人収容のスタジアムが完成した。竣工記念試合はコロンビア代表エクアドル代表の試合であり、コロンビアは1-2でエクアドルに敗れた。サンタフェがエル・カンピンをホームスタジアムとして使用し始めたのは1951年であり、エスタディオ・アルフォンソ・ロペスでホームゲームを行なう前には収容人数が39,000人に拡張された。1952年には2度目の拡張が行なわれ、収容人数が62,500人まで劇的に増加したが、実質的には警備の都合で48,000人に制限されている。2010 FIFAワールドカップ・南米予選の開催前に最後の大規模改修が行なわれ、2011年にはFIFA U-20ワールドカップの開催スタジアムのひとつとなった。

タイトル編集

現所属メンバー編集

歴代監督編集


歴代所属選手編集

脚注編集

  1. ^ [1] FIFA.com
  2. ^ FIFA, Web. “Stadiums of 2011 FIFA U-20 World Cup”. FIFA. 2012年7月20日閲覧。

外部リンク編集