ウィリアム・ウォートン

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ウィリアム・フィッシャー・ウォートン(William Fisher Wharton, 1847年 - 1919年)は、アメリカ合衆国政治家1889年から1893年まで第18代アメリカ合衆国国務次官補を務めた[1]

生涯編集

1847年、ウォートンはマサチューセッツ州において誕生した。1889年4月2日、ウォートンはベンジャミン・ハリソン大統領から国務次官補に任命され、同年4月11日に着任した。ウォートンは国務次官補を1893年3月20日までを務めた[2]。この間ウォートンは、1892年6月4日から6月29日まで、および1893年2月24日から3月6日まで、国務長官代行も務めた[3]

1892年8月、ウォートンは共和党の連邦下院議員候補の1人に挙げられた[4]。共和党ではマサチューセッツ州第8選挙区の公認候補としてウォートンのほか、州下院議員サミュエル・マッコールと州上院議員エドワード・クラインズが挙げられた。1892年9月、共和党大会において公認候補を確定する5回の投票が行われ、ウォートンは州下院議員マッコールに敗れた[5]。マッコールはその年の選挙で民主党の現職連邦下院議員ジョン・アンドリューを破り、連邦下院議員に当選した。

出典編集

  1. ^ U.S. Department of State - Principal Officers of the Department and U.S. Chiefs of Mission
  2. ^ U.S. Department of State - Assistant Secretary of State
  3. ^ U.S. Department of State - Secretary of State ad interim
  4. ^ The Washington Post - Aug 13, 1892
  5. ^ The Washington Post - Sep 13, 1892
公職
先代:
ジョージ・ライヴス
アメリカ合衆国国務次官補
1889年4月2日 - 1893年3月20日
次代:
ジョサイア・クィンシー